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ガラス越しに見えた嘘、俺は全てを捨てて歩き出す  作者: ledled


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第3話:静かなる決別

誠司が「もう続けられない」と奈緒に告げたのは、通知を見てから三週間後の、日曜日の昼下がりだった。


特別な場所を選ぼうとは思わなかった。二人が住んでいるマンションのリビング。奈緒がソファでスマホを見ていて、誠司がコーヒーを持ってきて、テーブルの前に立った。


「奈緒、話があるんだけど」


奈緒は顔を上げた。誠司の顔を見て、何かを察したのか、少し表情が固まった。


「……何?」


「別れよう」


三文字。それだけだった。


奈緒は一秒、動かなかった。それから、ゆっくりとスマホをテーブルに置いた。


「……急に、どうして」


「いろいろ考えて、そう思った」


「いろいろって何。理由も教えてもらえないの」


誠司はコーヒーカップをテーブルに置き、ソファの前の椅子に座った。奈緒の顔を、まっすぐ見た。


「俺が疲れた、それだけでいい」


「そんな、そんな理由で……。誠司、最近なんか変だと思ってたけど、何か私がしたの? ちゃんと話してよ」


「話すことはない」


「何で。付き合って三年になるんだよ? 急に別れるって言われても、私、納得できない」


奈緒の声が震えていた。目に涙が滲んできた。誠司は、その顔を見ながら、胸が痛いとは思った。しかし、揺らがなかった。


「大輔とのことは、知ってる」


一言だけ、言った。


奈緒の表情が、一瞬で変わった。青白くなった、と思ったら、すぐに「何もない」と口が動いた。


「何もないって、私たちは……」


「聞かなくていい。説明もしなくていい。俺が決めたことだから」


「待って、誠司、聞いて。本当に何もないの。ただ相談に乗ってもらってただけで、やましいことなんて何も──」


「奈緒」


静かな声で、一度だけ名前を呼んだ。


「俺は怒ってないし、責めるつもりもない。ただ、もうここには居られない。それだけのことだよ」


奈緒は口を開けたまま、何も言えなかった。


誠司は立ち上がり、コーヒーを飲み干した。「来月中には出ていく」と言って、自分の部屋へ引っ込んだ。


翌日、大輔から電話が来た。


出ると、大輔はすぐに「聞いた。本当に申し訳ない」と言った。声は沈んでいた。


「謝るなら奈緒に言えばいい。俺には必要ない」


「でも、誠司、俺は……」


「大輔。お前のことを憎んでるわけじゃない。ただ、もう関わりたくないだけだ」


「……それが、一番きつい」


「そうかもな」


それだけ言って、誠司は電話を切った。


その夜、一人でビールを飲みながら、誠司は不思議なほど静かな気分でいた。


大輔のことが好きだった。本当に、親友だと思っていた。だから余計に、怒る気にはなれなかった。怒れば、まだ何かが残っているということになる。誠司が感じていたのは、それとは違う。何か大切なものが、静かに消えていく感覚だった。


奈緒への気持ちも、同じだった。三年間、誠司なりに大切にしてきたつもりだった。でも今は、その気持ちの輪郭が、ぼんやりと霞んでいる。それが何を意味するのか、自分ではよく分からなかった。


一ヶ月後、誠司は広島を離れた。


荷物の大半はコンパクトにまとめて宅急便で送り、自分はキャリーケース一つで新幹線に乗った。会社には二ヶ月前に退職を伝え、後任への引き継ぎも終えた。フリーランスとしての初契約は、名古屋の知人・田村が紹介してくれたWeb制作会社との案件だった。


新幹線の車窓から、広島の街が遠ざかっていく。誠司は特に感傷的にはならなかった。ただ、この街で生きていた時間が確かにあったことを、静かに認めた。


良い時間もあった。しかし、それが続かなかった。それだけのことだ。


名古屋駅に降り立ったとき、秋の風が少し温かく感じた。


「さて」


誠司は小さくつぶやいて、スマホでタクシーアプリを開いた。まず、部屋を見にいく。それから、近くのスーパーで食材を買う。明日から仕事が始まる。


やるべきことが、目の前にある。それで十分だと思った。


奈緒からはその後、何度かMINEが来た。「ちゃんと話せなくてごめん」「元気にしてる?」「誕生日おめでとう」──誠司は全てに短く「ありがとう」とだけ返し、それ以上は続けなかった。


大輔からの連絡は、一度きりだった。「いつかまた話せる日が来ると思ってる」という一文に、誠司は何も返さなかった。


どちらを憎む気にも、惜しむ気にも、今はなれなかった。


名古屋の夜は、想像より静かだった。


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