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ガラス越しに見えた嘘、俺は全てを捨てて歩き出す  作者: ledled


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サイドストーリー:木村咲の視点

北山誠司さんが初めてさきかぜに来たのは、秋の終わりに近い夕方だった。


「一人です」という短い言葉。どこか「置き場所を探している人」のような目が印象に残った。


この辺に引っ越してきたと知って、私は近所の話をした。余計なことは聞かなかった。初対面の人に「どこから来たんですか」「なんでこっちに」と聞くのは、私は好きじゃない。


コーヒーを飲んで、静かに仕事をして、帰っていった。また来てくれるかもしれないし、来ないかもしれない。そう思っていたら、週に二、三度来るようになった。


誠司さんは、話す日と話さない日がはっきり分かれていた。ノートパソコンを開いているときは仕事モードで、スマホだけを持ってぼんやりしているときは、何か考えている。そういうときに、私はよく声をかけた。


「昔のことが出てきました」と言ったある日、誠司さんのスマホが伏せられた。何かを見て、何かを感じて、それをしまったのだと分かった。


「目の前に来たってことは、それだけ遠くなったってことでもあるかもしれない」


私が言ったのは、自分自身の経験からだった。数年前、私にも人に話せない過去があった。捨てたつもりが忘れられなくて、ある日ふと思い出して、でもそのとき「あ、もう遠くなってる」と気づいた瞬間があった。


誠司さんは「ありがとうございます」と言った。何かが少し解けたように見えた。


私は、誠司さんのことが好きだと気づくのに、あまり時間はかからなかった。ただ、言えなかった。常連のお客様に自分から気持ちを伝えるのは違う気がした。


閉店後に一緒にご飯を食べるようになって、映画を観るようになって、それでもまだ、どちらも何も言わなかった。


「俺と付き合ってもらえますか」


買収が決まった夜に、誠司さんが言った。


私は少し目を丸くした。こういう人が、こういう夜に言うのか、と思った。でも嬉しかった。迷わずに「はい」と答えた。


後から聞いたわけではないが、誠司さんが広島で何かに傷ついていたことは、長い付き合いの中でなんとなく分かっていた。でも、誠司さんはそれを背負って前を向いていた。誰かのせいにしていなかった。


それが、私にはとても誠実に見えた。


さきかぜのカウンターで、コーヒーを二つ並べる日が増えた。それだけのことが、私にはとても大切だった。


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