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ガラス越しに見えた嘘、俺は全てを捨てて歩き出す  作者: ledled


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サイドストーリー:藤田奈緒の視点

「もう遅い」


たった四文字だった。


私は何度もその文字を読み返した。画面が暗くなって、また点けて、また読んだ。


分かってた。分かってたけど、やっぱり息ができなくなった。


誠司が私に「別れよう」と告げたのは、一年以上前のことだった。あの日のリビングを、今でも鮮明に思い出せる。テーブルの上のコーヒーカップ。誠司の静かな目。私の必死の弁解を、ただ穏やかに聞き流していた誠司の顔。


「大輔とのことは、知ってる」


あの一言が、今も胸に刺さっている。


何を知っているのか。どこまで知っているのか。私には分からなかった。でも、その言葉が出た瞬間に、私は全部が終わったと悟った。


誠司は怒らなかった。泣かなかった。責めなかった。ただ「もうここには居られない」と言って、一ヶ月後に広島を離れた。


私が正直に全部話せていたら、と何度も思った。あの頃、大輔とのことは「何もなかった」が、「何もないとは言えない気持ち」があったことは確かだ。誠司への気持ちが冷めていたわけじゃない。ただ、誠司がどんどん仕事に向かっていくのが寂しくて、大輔が側にいてくれるのが心地よくて、それだけで。


あのMINEを誠司に見られたとき、大輔からの「また二人で会いたい」という文を、私はなぜ消さなかったのだろう。消すべきだと分かっていたはずなのに、どこかで流していた。それが、全てを終わらせた。


誠司が去った後、大輔とは一年ほど一緒にいた。でも、幸せではなかった。大輔の中にも罪悪感があった。私の中にも後悔があった。二人の間にあるのは、誠司への申し訳なさで、それは愛情とは違った。


大輔の仕事の問題が出てきたとき、私たちは揉めて別れた。泣いた。でも、誠司を失った日ほどは泣けなかった。


誠司がWebサービスを大手に売却したらしいと聞いたのは、共通の友人からだった。名古屋で独立して、すごいことになってるって。新しい彼女もできたらしいって。


その夜、私は久しぶりに誠司にMINEを送った。


後悔してる、ちゃんと話したい、あなたのことが忘れられない──今思うと、自分勝手な言葉だった。誠司が成功したと聞いて、急に気持ちが揺れ動いた。あの人を手放したくなかった、という感情が今更溢れてきた。


でも、誠司の返信は四文字だった。


「もう遅い」


それは正しい言葉だった。


私が間違えた。誠司は何も悪くなかった。あの人は誠実だった。ただ静かに、でも確実に、私を大切にしてくれていた。それに甘えて、私は壊してしまった。


もう遅い──その言葉は優しくもなければ、冷たくもなかった。ただ、真実だった。


広島の夜道を、一人で歩きながら私はようやく泣いた。誠司が去った日には泣けなかったのに、この日は涙が止まらなかった。


自分が何を失ったか、今になってようやく分かった気がした。でも、気づいたときにはもう、あの人の隣は別の誰かのものだった。


当たり前だ、と思った。


誠司は動いた。私は止まっていた。それだけの差だった。


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