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アイの魔法教室

そもそも、魔法とは何か。

魔力を使い、超自然的な現象を起こす術とされている。

生活に活用されるものもあれば、戦闘向けに使われる場合もある。

魔法を発動するうえで重要なのは、起こしたい現象を鮮明にイメージすること。

炎を出す魔法であれば、その形や熱さ、飛んでいく軌道まで鮮明に思い描く。

鮮明であればあるほど、発動した術は鋭さを増し、強力なものとなる。


その魔法の源となる魔力。

魔力とは、人の体に備わる力。

その源となるのは、人の思い。

感情、願い、信念。

心に宿るそれらの思いが、魔力へと変わる――


「ってことだね?」


講義が始まる際に用意された移動式の黒板にはびっしりと文字が書かれていた。

それにしても、アイの講義は面白い。

難しい話のはずなのに、すんなり頭に入ってくる。


「まぁ、もっと深掘りすれば精霊使いだったり、特殊な体質だったり、いろいろあるんだけど、

今回は省略ってことで。」

アイは黒板を一度消し、再度文字を書きながら講義を続ける。


「じゃあ、今回の本題。聖女とは何者か?

聖女とは、通常の魔力ではなく、聖魔力を体に宿す者のこと。

その力を使って、聖魔法と呼ばれる特殊な魔法を扱えるのよ。


聖魔法は、魔王や魔物を討伐するために生まれたとされているの。

傷の治癒、魔を払う結界、闇の浄化。

こうした、人や魔に干渉する術が多いわ。」


「ちなみに、この街の結界も担当しているのはアイなのよ。

アイのおかげでこの街は守られているの。」


隣で聞いていたシアが耳打ちで教えてくれた。


「へぇ……」


思わず声が漏れた。

まさか、この街を守っているのが彼女だったとは。


「ただし、聖魔法には一つ欠点があるの。

聖女になると、通常の魔法がほとんど使えなくなってしまうのよ。

って言っても、日常で使う分は問題ないわ。

あくまで、少し規模の大きい魔法は使えなくなるだけよ。

聖魔力を体に蓄えるには、まず体質を変える必要があるの。

その鍵になるのが、これよ。」


杖を僕に見せる。

さっきは鈍器として、そして施術にも使っていた身の丈ほどの杖。

確か、アリアさんも持っていたっけ。

アリアさんのは豪華な装飾が付いていたけど、アイのはとても質素なものだ。

所々欠けていたり、傷がついている。少し曲がってないか?

杖の先端には、拳ほどの大きさの紫色の宝石がはめ込まれている。

宝石は透明なガラスに覆われ、本体とは対照的に傷一つついていなかった。

ただの装飾とは思えない。


「これは聖魔石。実はこれ、私の魔力の結晶体なの。」


「えっ!? 魔力って石になるの?」


「そう。聖女になるときは、まず体内の魔力をすべて取り出して、こうして結晶化させるのよ」


アイは杖の先端を指で軽く叩いた。


「当然、すべての魔力を石に変えたのだから、体の中は空っぽになるわ。

そして、空になった体に聖魔力を注ぎ込む。これで聖女の完成ってわけ。」


アイは聖魔石を僕の前に掲げた。

紫色に光るそれは、見ていると吸い込まれそうになる魅惑的なオーラを放っている。


「じゃあ聖魔法を司る聖魔力とは何か?ここでユス君に問題です。

聖女にとって、最も大事なことはなんでしょうか?」


「え?聖魔法の精度とか?あと、優しさだったり?」


「残念、ハズレ!」


アイは黒板に大きく文字を書き、チョークを置いた。

そして、書いたばかりの文字を杖の先でコンコンと叩く。


「聖女に必要なもの。それは、他人から自分に向けられる『信仰心』よ。」


「信仰心…?」


「聖魔力とは、他人から自分に向けられる思いが力となったものなのよ。

自分に向けられた尊敬、信頼、憧れ。どれだけの信者が自分を崇めているか、どれだけ信者が深く信仰しているか。それらが聖魔力の源となるの。そして、集めた信仰の量によって、扱える聖魔法の規模も変わってくる。まぁ、人気商売ってところね。


人気がなければ、かすり傷も塞げない。逆に信仰心さえあれば魔王すら退けることもできる。

まぁ、そんな聖女見たことないけど。」


なるほど、それが聖女というものなのか。

その時、彼女の顔が浮かんだ。


「じゃあ、アリアさんはたくさんの人に信仰されているってこと?」


アイが黒板から振り返る。

その視線は、痛いほど冷たかった。


「あれが聖女?冗談でしょ。」


アイが鼻で笑う。


「あいつは人を救うためじゃなく、自分が聖女であり続けるために力を使っているのよ。」


今まで聞いたことのない低い声。

隠しきれない怒りが滲んでいた。


「そんな風には見えなかったけど…」


「じゃあ、あんたの傷が完治していなかったのはどうして?」


「え?」


「それに、あんなに酷いのに痛みがないのは?」


確かに、不思議ではあった。

あれほどの傷を負っているのに、痛みはほとんど感じなかった。


「傷を見たとき、あいつの魔力を感じたわ。おそらく、痛みだけを抑える術を施していたんでしょうね」


「でも、どうしてそんなことを…?」


「さあね。何度も治療して、健気な聖女様を演じたかったんじゃない?」


使っていた用具を片付けながら、アイは吐き捨てるように言った。


「そもそも、私が治せる傷を国のトップが治せないなんておかしいでしょ?

ま、問いただしても言い訳して逃げるだろうけど。」


思わずシアに目を向けた。彼女は何も言わず、俯いている。

そうか、シアもそれを知ってて…。


「お姉様、お疲れ様です!こちらも部屋の清掃が終わりました!」


重苦しい空気を破るように、

明るく無邪気な声が響き渡る。


「さすがティアちゃん!ありがとうね〜!あんな女より、ティアちゃんこそ!この国の聖女よ!!」


両腕で彼女を高く持ち上げてクルクル回る。

なんとも微笑ましい光景だ。

というより、ティアの服がドロドロだ…

どんな部屋に住んでんだ…。


「じゃ、治療も掃除もちょうど終わったし、メシに行きますか!もちろん、シアの奢りでね。」


「はぁ、まぁいいわ。前はあんたの奢りだったしね。ティアちゃんも行く?」


「いいのですか?お願いします!」


「ほらユスもいくよ。」


「あ、うん」


賑やかなやり取り。

けれど、僕は一人、

胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚を覚えていた。

店に向かう道中、ふと先ほどの講義を思い出した。


「そういえば、男でも聖女になれるって言ってたけど?」


忘れてた、と言わんばかりの表情でアイが答える。


「まぁ、簡単な理由よ。

男より女の方が人気を得やすいの。

聖女の世話になる冒険者や貴族も、男が多いしね

元々は『聖人』って呼ばれてたんだけど、いつの間にか女性ばかりになってね。

それで呼び名も『聖女』に変わっていったのよ」


「でもね、ちゃんと修道院で訓練して儀式を受ければ、

男でも聖女になることはできるわ。

まあ、女性だらけの中で共同生活を数年することになるけど。」


アイがからかうような目を向けてくる。


「さすがにそれはちょっと…」


「でしょーね」


アイは満足そうに前へ向き直った。


「でも、確か男の訓練生が一人いたでしょ?

史上初の男性聖女が誕生するかもって話題になった……

えっと、ミテ……なんだっけ?」


シアが思い出したかのように尋ねる。


「あー、ミテルカのこと。

あいつなら、最近ほかの訓練生と関係を持ったのがバレて、除名になったわ。」


「あ、そうなの。」


「今は古巣の冒険者に戻って活動を再開したみたいよ。」


そんな雑談を聞きながら歩いているうちに、僕たちは目的の店へとたどり着いた。


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