聖女 アイ
シアがアイに説教をしている。
しかし、アイはどこ吹く風、適当に受け答えしている。
「誰よあんた。見世物じゃないんだけど……
これがもしかして、噂の勇者様?」
ようやく僕に気付いたのか、
眉を顰めつつ、問いかけてきた。
警戒されているのか、少しトゲのある言い方だ。
「その、どうも、ユスと言います。よろしく。」
「なんだか、至って普通の人ね。」
そう言いながら、僕を見定める。
ふと、あるところで視線が止まる。
包帯を巻いている腕だった。
「そう、私はアイ。よろしくね。
じゃあ、そこ適当に座って、準備するから。」
投げやりな挨拶をして、後ろの棚の引き出しから何かを探している。
僕とシアは並べてあった椅子に座った。
「なんか冷たくない……?」
シアに耳打ちする。
あはは……と苦笑いをして誤魔化された。
「まぁ、かなり人見知りの激しい子なんだけど。
今日はいつもより厳しいわね。
ごめんなさいね。」
「いや、大丈夫だよ。」
とは言ったものの、朝であったアリアと比べてしまう。
すると、アイが器具を揃えて戻ってくる。
「そうだ、アイ、さっきの女の子は誰?
お姉様って呼んでたけど。あなた妹がいたの?」
シアが思い出したように尋ねる。
「いや、私に妹はいないわよ。
あの子はティア。訳あってうちでお世話しているの。
お姉様はティアがそう言ってるだけ。
かわいいでしょ。」
アイはティアを呼び、後ろのドアからティアが出てくる。
手には雑巾を持っている。
あの部屋を掃除しているのか。
「お姉様がいつもお世話になっています。」
ティアは可愛らしくお辞儀をする。
幼い体からは想像もできない話し方。
どこかのお嬢様だったのだろうか。
「あぁこの可愛さ、尊さ。
まさに私だけの聖女!!」
その様子を見ていたアイが満面の笑みで過剰なまでに頭を撫でる。
お姉様やめてください、とティアは照れ笑いしながら返す。
なんとも微笑ましい風景だ。
「聖女はあんたでしょうが。」
少し呆れながらも、シアは少し微笑んでいる。
ティアは再度お辞儀をして、奥の部屋に消えていく。
「早速だけど、ユスの怪我を見てくれる?」
「はいはい、このアイさんに任せなさい。
でも、お代は持ってきた?」
「はい。これでいい?」
ここにくる途中に購入していた、少し豪華そうなお酒を渡す。
そうかこのためか。
「毎度あり!それじゃちょっと味見でも。」
「ダメ!酔ったら治療どころじゃなくなるでしょ!」
軽く舌打ちしつつ、酒瓶を後ろの薬品の棚に置いた。
僕が薬品だと思っていたのはもしかして全部酒瓶?
「…それじゃあ、ユスだっけ?手のひらを上にして机の上に置いて。」
アイが振り向いた時、纏う空気が変わった。
凛とした視線と顔つき。同じ人間とは思えない。
「よ、よろしくお願いします。」
あまりの変貌ぶりに背筋が伸びる。
言われたように両腕を机の上に置いた。
アイは巻いていた包帯をハサミで切る。
そして露わになった僕の腕。
肉は裂け、傷は赤黒く、見るからに痛々しいものとなっていた。
痛みは感じていなかったから気にしていなかったが、
自分が思っていた以上に酷い有様で思わず視線を逸らした。
しかし、アイは真剣に傷と向き合う。
「じゃあ、軽く触診するね。どう?痛む?」
「痛みは、ありません。」
こんなに酷いのに痛みがない?
何かがおかしい。これも勇者の力?
なるほど、アイは呟き、今度はレンズを取り出す。
レンズはほのかに光を放ち、それを通して僕の腕を見る。
「どうアイ?ユスの腕は?」
後ろから身を乗り出してシアが問いかける。
「骨には問題なし。筋肉、皮膚共に重傷。
まあ、これくらいならなんとかなるけど。
さすがあの悪女と言ったところね。」
症状を把握したのか、器具をしまい、
先ほど鈍器として使っていた杖を手に持つ。
それより。あの悪女ってどういう意味だ?
僕の疑問を露知らず
アイは僕の腕に杖をかざす。
目を閉じて呪文をつぶやく。
光が現れ傷を覆う。
メリ、メリと肉が繋がる音。
徐々にではあるが、傷が塞がっていく。
「すごい、傷が!
アイ!すごい…よ」
自然と僕は声をかけるのをやめてしまった。
目を閉じ、何も話さず、微動だにしない。
それだけなのに、僕は言葉を失った。
あまりにも神秘的で、神々しくて…
「これが、聖女様。」
その神々しさに僕は見惚れてしまった。
治療の光が消え、アイが大きく息を吐く。
「はい、終了。」
この声で僕は我に帰った。
アイはそのまま近くの椅子に腰を下ろすと、
力が抜けたように背もたれへ身体を預けた。
顎を少し上げ、ぼんやりと天井を見つめる。
さっきまでの張り詰めた空気はもうない。
「つっかれたぁ……」
いち早く、シアが駆け寄る。
「どうユス?痛みや違和感はある?」
すっかり腕のことを忘れていた。
傷跡は残っているが、塞がっている。
拳を握り、腕を曲げる。
「すごい!!痛みもなし、違和感もないよ!!
ありがとう、アイ!」
少し気だるい様子で手を振り、
視線を天井から僕の方に直す。
「傷跡も消せるけどどうする?
追加料金はあんたに請求するけど?」
ふと腕を見直す。
痛々しい傷跡が残っている。お世辞にも、見栄えがいいとは言えない。
でも、この傷を見ると、あの夜のことを思い出す。
僕はちゃんと、誰かを守れた。
「……このままでいいよ」
「いいの?」
「うん。この傷は、僕の誇りだから」
「ふーんそう。」
そう言いながら、天井に視線を戻した。
「アイはすごいね。さすがは聖女様だ。」
すると、呆れた顔で僕を見る。
「様はやめて。そんなに憧れるなら、
あんたも聖女になってみる?」
「それは流石に無理だよ。
てか、僕、男なんだけど。」
「あら?男でも聖女になれるよ?
って、確か記憶がないんだっけ。
じゃあ、このアイさんが教えてあげよう!!」
意気揚々と身を乗り出し、僕に近づく。
何か嫌な予感がする。
そう思いシアの顔を見ると、
シアが頭を抱えていた。
またか…とそんな声が聞こえてきそうだった。
こうして、アイ先生の魔法講義が始まった。
ガルム討伐後、騎士団の馬車は一刻も早く王国へ辿り着くため、夜道を駆けていた。
私は向かいで眠る主人を見下ろす。
「まさかこれほどとは。」
少しため息を吐く。
私は切り替え、主人の身体を見る。
応急処置はされているものの、腕の包帯は血で滲み痛々しい様子だった。
このくらいなら勇者であれば命に別状はありません。
これに懲りれば、次からは私の指示にも従うでしょう。
…勇者は魔王の討伐が使命。そして、それを導くのが私の使命。
…私の判断は間違ってなかったはず。
なのに、なぜ私は…
…いえ、今日は疲れているのでしょう。
幸い、騎士団を味方につけれました。
ある程度の安全は保証されるでしょう。
この際だ、少し眠らせていただきましょうか。
「それではユス。せいぜい頑張りなさい。」
私も目を閉じた。




