これが…聖女?
街外れにぽつんと建つ一軒家。
とても“聖女の住まい”とは思えない家だった。
外壁は黒ずんでおり、蔦が張っている。
屋根は応急処置なのか、木の板で塞いだ箇所がある。
言っちゃ悪いが、まるで廃墟だ。
シアが友人の聖女に会わせてくれるってことで、ついてきたけど……
「シア…。本当に友人はこの家に?」
「…ええ。この家よ。」
不安だ…。
「…でもね!根はいい人なの!本当よ!
友人の私も誇らしい、この街1番の聖女なのよ!」
僕の表情を見て不安を察したのか、シアが慌てて言葉を続ける。
「でも、生活面が致命的にひどくて…」
見れば分かる…。
シアも気まずそうに家から目を逸らしていた。
でも…
「シアの大切な友人なんだろ。僕は信じるよ。」
シアが少し驚いた顔で僕の顔を見る。
「ありがとう、ユス。」
信じてくれたのが嬉しかったのか、シアは優しい微笑みを返してくれた。
シアは扉と向き合い、一呼吸する。
「アイ、きたわよ…あれ?」
木の扉が、ギィ……と軋む音を立てて開く。
しかし、予想外の景色が広がる。
そこにあったのは、十人も入れば窮屈になりそうな小さな診療室だった。
でも、外装から想像できないほど部屋は綺麗で片付いていた。
床や壁は新居のように清掃され、部屋の中には大きめの机に数脚の椅子、
治療用だろうかベッドも置いてある。
壁際には二つの棚。
一方には本が並び、もう一方には見慣れない薬瓶や乾燥した薬草が所狭しと置かれている。
そこに1人の少女が雑巾を持って掃除をしていた。
「どうして?家を間違えた?いやそんなはず…。
彼女が掃除なんて…ありえない…」
シアが呆然と立ち尽くしながら、何かぶつぶつを呟いている。
彼女の顔を覗いてみると、
驚き、疑問、恐怖といった様々な感情が入り混じった表情をしていた。
「こんにちは。診療でしょうか?」
僕たちの存在に気がついたのか掃除をしていた少女が近づいて挨拶をする。
「あの、こちらはアイさんの診療所でお間違い無いでしょうか。」
「あ、お姉様のご友人でしたか!お姉様なら奥に…」
突然、奥の扉が勢いよく開いた。
そこから一人の女性が飛び出してくる。
「私のティアちゃんから離れろ!!」
怒声を上げながら、両手で握った長杖を大きく振りかぶっていた。
シアは一瞥し、ため息を吐きながら慌てる様子もなく僕の腕を掴み、そのまま横へ引き寄せる。
直後、杖がシアのいた場所へ振り下ろされた。
――ドゴンッ!!
鈍い音とともに床板が砕け、杖の先端が深々と突き刺さる。
彼女はすぐに杖を引き抜き僕たちに突きつける。
「私のティアちゃんに手は出させない!地獄に落として…
ってなんだシアじゃない!!どうしたの?」
さっきまでの鬼の形相が嘘のように消えた。
「全く。どうしたの?じゃないわよ!」
呆れた物腰だが、少し安心しているように見える。
「アッハッハ!!ごめんごめん。
シアだったら、そう言ってくれればよかったのに。」
「それをいう前にあなたが来たんでしょ。
って、なんなのその格好は!」
「いや、この格好が一番楽なんだって!」
「聖女が下着姿で日常を過ごさない!さっさと服を着る!」
「はーい」
気の抜けた返事を残し、アイは奥へ引っ込んでいった。
そして、ものの数分もしないうちに戻ってくる。
一応、服は着ている。
……着てはいるのだが。
「アイ。せめて服のシワくらい伸ばしなさいよ」
「着てきたんだからいいでしょ」
「よくない!」
アイは渋々戻っていき、少女もその後ろをついていった。
扉の奥に消えていく瞬間、見てしまった。
おそらく、あそこが居住スペースなのだろう。
脱ぎっぱなしの服に、空いた酒瓶、床に落ちた本、まるであの部屋だけ嵐が通り過ぎたようだった。
……なるほど。
シアの言っていた意味が、ようやく分かった。
部屋に入り、杖を壁に立てかける。
ため息を吐きながら、ベッドに横になる。
あれが勇者か…
見た感じ、特に一般人と変わりはない。
純粋無垢で、そしてなにより
ちょろそう…
机の上に置いていた連絡用の水晶が光る。
渋々と起き上がり、魔力を込めると声が聞こえる。
「アリア様、勇者様の方はいかがでしょうか。」
「えぇ、大怪我を負ってはいましたが、命には別状はありませんでした。
おそらく、1週間もすれば完治するでしょう。
引き続き、治療を続けていくつもりです。」
「そうですか。アリア様がいれば心配は無用ですな。
何かあればご連絡をお願いします。」
「えぇ、ではまた。」
水晶の光が消える。
…穢らわしい豚め。私に指図するな。
…この立場を手に入れるまで、私は何もかも犠牲にしてきた。
あと少しで…
国も、貴族も、勇者も。
全て私のもの…
…おっと。
聖女にはあるまじき顔になっていましたわ。
もう今日は部屋でゆっくりとしましょうか…




