私の答え
主人が目の前に座っている。
「それじゃ、報告を聞こうか。シア。」
先ほどまでの軽さが消えたその声に、思わず背筋が伸びる。
「…はい。」
「そんなに身構えないでよ〜。
楽にしていいよ。マリー、お茶を頼む。」
ビクターは書斎の席に座り、その対面に私も座る。
マリー、いつもビクター様に仕えているメイドが
すぐに紅茶の入ったティーカップを机の上に置いた。
…私の分だけ。
「あれ?僕の分は?」
「経費削減です、ご理解ください。」
「いやはや、手厳しいね…」
私は愛想笑いでその場を過ごす。
主人は私の書いた報告書をテーブルの上に置いた。
「報告書を読んだよ。とても分かりやすかったよ。
王都には報告し、勇者については大怪我の為うちで療養中、
動けるようになったら会いに行くね、とは言ってある。
そしたら、国から聖女様を送ってくれるとのことだ。
要は早く動けるようになって会いに来いってことだね。」
「それで来たのがあれですか。」
アリアの姿を思い出す。
私は密かに眉をひそめた。
「おいおい、ひどい言いようだな。
国のトップがわざわざ来てくれたんだぞ。」
返答はせず、出されたお茶を口に運ぶ。
彼女についてあまり話したくはない…
「…それはそうと、帰ってきたと思ったらすぐに報告書を提出してくれるなんて、
私と違って君は本当に優秀だね。ほんと誰に似たんだか…」
「いえ、副団長として任された私の責務ですので。」
「あれ?私は君を団長に任命したはずなんだけどね。
もしかして、まだあの任務の事を?」
私は答えることができなかった。
視線を落としたまま、拳を握りしめる。
「報告書では、アストリア王国は壊滅、
国王も発見されず、救助者も少数。
襲撃をしたのは残っていた兵士の服装からセイント王国。
まぁ、もともと両国は仲が悪かったからね。
いつかこうなることは目に見えていた。
それでも、彼らもかなり大胆なことをしたね。」
パラパラ報告書をめくって、どこかのページを探している。
「でも、それよりも重要なこと、分かる?」
「…魔術を使う魔物と勇者ユスの存在ですね。」
「正解。まず、魔術を使う魔物について。
専門家に聞いてみたが、確かに実在はしていたらしい。
なんせ目撃者が犠牲となって、文献は残っていないけどね。
おそらく魔王の復活が影響しているかもってね。
まったく…こんな化け物がこの時代に出てくるなんてね。
きっと、この前の事件も…いや、考えるのはやめておこう。」
きっと私の表情を見たのだろう。優しいお方だ…
報告書をパラパラとめくる。そしてあるページを開いて置いた。
ユスの報告のところだった。
「そして、バケモノといえば、勇者ユス。彼も規格外だね。」
「ビクター様。ユスは勇者であり人間です。化け物ではありません。」
「本当にそう言えるかい?」
主人の声色が、僅かに低くなる。
「人間とは考えられない戦闘力。自分の体のことを気にしない精神力。
そして、あの回復力。2日であそこまで回復するとは。」
一段と声色が変わる。
報告書のある部分を指差す。
「一番気になるのが付人とされるナビという存在。
その発言を聞くに私達が描いていた勇者とは程遠い存在だ。」
今でも思い出す。ただの恐怖ではない。
言葉では表せない不気味さ。
「…正直、私はユスを勇者だとは思えない。
それよりも魔王の側近、または魔王に近い何かだと思う。
そこで、近くで見ていた君の意見が聞きたい。」
主人の言う通りだ。
私だってあれが勇者の振る舞いなのか分からない。
でも、それでも!
「ユスは…勇者だと思います。」
私は信じたい。
力がないと知っていても、誰かを救おうとした彼の優しさを。
「……」
主人が私の目を見る。
「そう、じゃあユスは勇者だ。
僕もそのつもりで今後動くよ。」
主人は笑顔で言い放ち、手早く報告書を片付ける。
あまりの対応に呆気にとられてしまう。
「あの…本当にいいのですか?
自分で言うのもなんですが、そんなに鵜呑みにしてしまって。」
上機嫌で資料を片付けながら主人は答えた。
「一番近くで見ていた君が言うんだ。
その君の答えだ。君の判断に間違いはない。
僕が一番よく知っている。なんたって、君のお父さんみたいなもんだからね!」
ユスは勇者だと認められた。
いや、認められてしまった。
私の発言で。
不安が残る。
本当にこの発言は問題なかったのか?
自分の判断に間違いがなかったのか?
俯いている様子を見て、主人が口を開く。
「シア、もっと自信を持て。
君は騎士団長として相応しい戦闘能力、判断力を持っている。
もっと自分を信じてもいいんじゃないか?」
「ですが、私はあの日団員を、団長を、そして彼を。」
「分かっている。酷い事故だった。
でも、その状況でも君は最善の手を打った。
彼らの思いを引き継いで、任務を立派にこなした。
誰も君を非難する権利などない。」
ちがう!全て私が悪いんだ!
団長が大怪我を負ったのも、彼を死なせてしまったのも!
全部全部!私が悪いんだ!
喉まで出かかった言葉を、必死に押し殺す。
「…よし!シアちゃん!
君に新しい任務を与える!
当分の間、ユス君の護衛だ。その間は元団長に団員をまとめてもらう。
まあ、片腕がなくなっただけで指揮を取ることはできるだろうしね。
ユス君には療養を兼ねてこの街の良さを知ってもらうかな。
彼に動きの制限はつけない。もし、彼が望むなら街でも案内したらいいし、
食事でも楽しんだらいい。もちろん君も一緒にね。」
「待ってください!!私はまだ戦えます!
ビクター様の騎士として戦わせてください!」
落ち着いて、と宥めるように私の方に手をおいた。
「決して君を見放すわけじゃない。
君にしかできないんだ。
さっきユス君を見た時、一目で分かった。純粋で優しい子だ。
きっと、目を離したらこの国の悪意に飲まれてしまうだろう。
彼の唯一の味方は君だけなんだ。
頼む、この国の悪意から彼を守ってくれ。」
主人の思いが伝わってくる。
きっと助けたいんだろう。
昔、泣いていた私を助けたように。
「ビクター様。この任務、必ず果たしてみせます。
ユスは私が必ず守ります。」
「いい目だ。では頼んだよ。」
部屋を出て扉を閉める。
ユスの元へ向かう。
足が軽くなるのを感じた。
「いいのですか?団長を護衛につけて?」
マリーがティーカップを片付けながら問いかける。
「マリー…いいんだ。
シアはユス君に必ずいい影響を与える。
その逆もね。私の勘が言うんだ間違いないよ。」
「私が聞いたのはそう言う意味…
いえ、主人がそう言うならそうなんでしょう。」
彼女から手紙を渡される。
「嫌になるね。今はいいかな。」
手紙を受け取って、すぐに引き出しの中に入れた。
まるで、誰に見られないように…
「それより、今は見守ろうじゃないか。
彼らの行く末を…」




