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その夜、勇者は覚醒した

「その…

本当にごめんなさい。

勇者様とは気づかず、

さらにはコソ泥なんて言っちゃったし…」


「いいよいいよ。

僕も勘違いさせちゃったし。」


「いえ、ユス。

非は全面的に相手にあるかと判断します。」


「ちょっとナビ!?」


「…本当に申し訳ありませんでした。」


「そんな気にしなくても…」


苦笑いで誤魔化す。

僕たちは救援に来た騎士団のベースキャンプ兼避難所を目指している。

疲労か罪悪感か、彼女の足取りは重い。


「そうだシア!

よかったら国や騎士団のこと教えてくれないか?」


「確か勇者は降臨の際に記憶はない状態だったね。

分かりました。私の知ってることなら教えるわ。」


「ユス、大体の情報は私も持っております。

彼女に頼らずとも問題はありません。

それに嘘を吹き込まれる可能性があります。」


「ちょっと待ってください!

私は誇り高きビクター家の騎士団員です!

そんなことするはずがありません!」


「それはどうでしょう?

そもそもビクター家なんて貴族は私の情報にはありません。

その時点であなたを疑っております。」


「我が主人を侮辱するつもりですか!!」


「待って待って待って!」


一触即発の空気。

すぐに念話でナビに伝える。


『ナビ心配してくれるのはありがたいけど、

お願いだから今は少し黙ってて!』


『分かりました。』


『後、彼女を疑った謝罪も!』


『…分かりました…』


しぶしぶ了承しているのが分かる。


「…シア様、少し言いすぎました。謝罪いたします。

しかし、これも勇者を思ってのこと。

そちらを理解していただければと思います。」


「…まぁ、警戒して当然ですよね。

こちらも少々熱くなりすぎました。」


どうやらシアも落ち着いたようだ。


『ユス、意外にちょろいですねこの女。』


『お前絶対それを彼女の前で口にするなよ…』


気を取り直して歩き始める。


「私たちの国、ルミナリア王国は

聖女が象徴の国なんだ。

聖女は聖なる力で治療したり、

街を守る結界を張ったりするの。」


瞬間ナビが遮る。


「待ってください。

ここはユスティアという国ではありませんでしたか?」


「ユスティア?

あぁ、たしかだいぶ前にそんな名前だったと聞いています。

ですが、私が生まれた時からルミナリア王国だったし…

覚えている人はいるのでしょうか。」


「…そうですか。

すみません、続けてください…」


「…わかったわ。

といっても、あとは普通の王国よ。

国王がいて、貴族がいて。

私はビクター家という貴族の騎士団副団長。

是非ユスには会ってほしいわ。」


「是非お会いしたいな。

それにシアも副団長ってことは、

ビクターさんに信頼をおかれているんだね。」


「…私はそんなふさわしい騎士じゃないわ。」


一瞬だけ、シアの表情が曇った。


「え?それはどういう…」


「あ、ほらベースキャンプが見えたわ。」


複数のテントが並んでいた。

負傷者のうめき声や、慌ただしく動く兵士の姿が見える。


「あっちが私たちのテントで、こっちが救助者用。

申し訳ないんだけど、

今日の夜は避難所で待機して欲しいの。

明日の朝イチ出発する予定よ。

後で護衛もつけるようにしておくわ。

私はまだ救助者がいないか街を探してくるから。

何かあったら私たちのテントにいるものに言ってね。

それじゃ!」


「あぁ、ありがとう。」


◇


避難所のテントに入ると、

意外に静かであった。

誰も声を上げて泣いてはいない。

子どもを抱きしめたまま動かない母親。

包帯を巻かれた兵士。

そこには悲しみや絶望がひしめき合っていた。


「ユスあそこが空いています。

あそこで休息を取りましょう。」


淡々と提案してくれる。


「ごめん、ちょっと外に出るね。」


この空気が耐えられなかった。

今の僕には、そこにある悲しみが重すぎた。

外の空気を吸う。

団員たちが薪の用意や、食事の準備をしている。

ふと、視線を変える。

荒廃した街を、夕日が照らす。

今の僕に何ができるのだろうか。

少し感傷的になる。

するとナビが隣に来る。


「ユス、どうしましたか?」


「ちょっとね。

あの空気感が耐えられなくて。

そうだ、よかったらナビのことも教えてくれないか?」


「私のことですか?」


「さっきシアのことを聞いたときにね、

ナビのことも気になったんだ。

よかったら教えてくれない?

あと、僕に隠してることもあれば是非教えて欲しいんだけど…」


静かにナビが答える。


「ユス…申し訳ありません。

今のあなたに教えることはできません。

まだ…伝えることはできません。」


「そっか…」


「ですが、いつかお教えします。

不信感を抱くかもしれません。

ですが、あなたを必ず魔王討伐へと導きます。

それだけは覚えておいてください。」


しっかりとした口調だった。迷いは感じられない。


「…わかった。ナビのこと信じるよ。」


僕はナビの言葉を信じることにした。


◇


夜。

テントに入ったのはいいが、眠れない。


「ねぇナビ、眠れないのも勇者の力のせい?」


「いえ、勇者でも睡眠は必要です。

おそらく精神的な問題かと。」


「そっか。」


憂鬱な空気に押しつぶされそうになる。

あのテントの中にいる人たちを、

僕はまだ誰一人救えていない。

自分の無力が歯痒い。


風の音が聞こえる。

不気味なくらい静かな夜だった。


「ユス。落ち着いて聞いてください。」


突然ナビが声をかける。


「どうしたの?」


「敵です。おそらく、魔物かと。」


「え?」


聞き直そうとした瞬間。


「敵襲!!!」


騎士団員の怒号混じりの声が聞こえる。

緊急を知らせる鐘の音が響く。

あまりにも急な展開。

周りの人も理解し始めたのか、

驚きと不安の声がこだまする。


すぐにテントの入り口にシアが現れる。


「皆さん落ち着いてください!

ビクター家騎士団が必ず撃退します!

兵を数名配備しておきますので、

有事の際は彼らの指示にしたがってください!」


「シア、大丈夫なのか!」


急いで駆け寄る。


「大丈夫です、今度は必ず撃退してみせる!

ユスはここで待ってて!」


腕が震えている。あの時と同じだ。

引き止めようとしたが、すぐに彼女は行ってしまった。


「私も様子を見てきます。ユスはここで待機を!」


その後ナビも現状の把握のために僕のそばを離れた。


戦いの音がすぐ近くで聞こえる。

獣の唸り声。金属がぶつかる音。

そして、兵士の絶叫。


シアもあの中で戦っているのか…

僕も戦いに参加するべきか、しかし今の僕に力はない。


すると、外にいた兵士が慌てて駆け込んでくる。


「このテントも魔物に狙われている!

兵はすぐに外に出ろ!」


テント内が慌ただしくなる

戸惑い。叫び。泣き声。

テントに絶望が広がる。


そんな中ナビが戻ってくる。


「ナビ!様子はどうだった?」


「ユス、よく聞いてください。

おそらく、いえ、ほぼ確定的にここにいるものは全滅します。

今すぐ、撤退をお願いします。」


え?


「ちょ、ちょっと待ってよ!!

どうゆうこと!?状況を教えて!」


「日中のガルムの群れ。

あれの本軍が攻めてきました。

おそらくボスと思われる個体も見受けられます。

数はボスも含めて30頭ほど。

このテントも5匹ほどに狙われております。

状況は絶望的です。

撤退の準備を…」


「じゃあ、尚更僕が力にならなきゃ!

ナビ、君は僕の力を止めることができたよね?

じゃあその逆もできるんじゃないか」


「いい加減にしてください!!」


ナビの声がテントに響く。

今まで聞いたことのないほど強い声だった。


「あなたも言ってたじゃないですか!

あれは運が良かったって!

あなたは勇者なのです!

こんなところで終わってはいけないのです!」


彼女の本気の思いに圧倒される。

でも、指示には従えない。

避難者の姿を見る。

泣いてるもの。

嘆いているもの。

諦めているもの。


そして伝わってくる「助けて」という思い。


深呼吸しながらゆっくりと目を瞑る。


すると、夢の中にいた黒い何かが、

すぐ目の前に立っていた。

輪郭はぼやけている。

だが、確かに笑っていた。


「やっと、呼んでくれたね。

大丈夫、力なら貸してあげる。」


目をゆっくりと開ける

鼓動が早くなる。

不安も、恐怖も消えていく。

残ったのは、「助けたい」という想いだけだった。


でも、体が動かない。

あいつのせいか…


「助けに行くと言っても無駄です。

あなたが撤退の意思を見せなければ、

あなたの動きを封じるまでです。

それにあなたがここで死亡しても問題はありません。

他の勇者が魔王を討伐するでしょう。」


死んでも大丈夫?他の勇者?そんなのはどうでもいい。

思考がぼやけてくる。

ただ「助けたい」その思いだけが残る。


「ナビ、お願いだ。止めないでくれ…

助けたいんだ。

ここにいる人を、

戦ってる彼女を。

今なら助けれる気がするんだ。

だから、頼む、邪魔を…しないでくれ…」


体が震える。彼女の制御を振り払おうと足掻く。

ナビは僕の顔を見ている。


「瞳の色の変化…。

そう…思った以上に早かったですね。

もう少し肉体の成長を待ちたかったですが、

まぁ、いいでしょう。」


ナビは制御を解いた。


「あなたが選択したことです。

後悔しても知りませんよ。」


「ありがと、ナビ。」


そしてテントを出る。

見つけた!

さっきの護衛がガルムと戦っている。


地面を踏み込む。

一気に敵に近づく。

拳がガルムの頭部を打ち抜く。

一撃だった。


「次っ!!」


2頭目、3頭目。そして最後の一体。


戦闘が終わる。ほんの数秒の出来事。

その場の騎士たちも思わず呆然としている。


まだ、終わってはいない……


◇


「もうダメかもしれない…」


思わず弱音がでてしまう。

数十体のガルムに、一際大きい個体。

おそらくあれがボスか?

しかし、攻撃してこない。

様子を見ているのか?

実質、ガルム数十体との戦闘という状況。

それでも、かなり押されている。

負傷者も増えてきた。

死人が出るのも時間の問題かもしれない。


私は今回も守れないのか。

前みたいに逃げることはできない。


…ちがう、今回はその逆だ。次は私が逃す番だ。


「全員。救助者、負傷者を連れて今すぐ撤退。

ここは私が時間を稼ぐ!

これは命令よ!!」


「だめですシア団長!ここは私たちも戦います!」


「いいえ、だめよ。ここは私が引き受けないと。

私がやらないといけないの。


それに最期ぐらい、正義の騎士でいさせて。」

「団長。…ご無事で。」

撤退の声が響き渡る。



深呼吸をする。

目を閉じる。

気持ちを落ち着かせる。

彼がしたように、私も覚悟を決める。


でも、その時だった。


「シア待たせたね。」


声が聞こえる。

思わず、声の方向に目を向ける。


「ユスなの?」


ユスがその場にいた。

しかし、思わず尋ねてしまった。

纏う空気がまるで別人だった。

そして何より、


瞳が赤い。


「大丈夫、後は僕に任せて。」

ユスは無表情で私に告げる。


そして私の横を通り過ぎ、ガルムに向かう。

速い、そんなものではない。

姿が追えない。

素早い動きで取り巻きのガルムを撃破していく。

次々と体が地面に倒れていく。

気づけば、取り巻きはすべて倒れていた。

相手もまだ状況を掴めていない様子。

ユスを目掛けて攻撃を始めるが、全ての攻撃を躱していく。

その場にいるものは、全員彼の動きに魅入っていた。


「これがユスの本当の力です。といってもまだ一部ですが。」


いつの間にか、私の隣にナビがいた。


「ナビ、これは?」


「勇者は強い感情で覚醒します。

瞳が赤くなるのが特徴です。」


「これが勇者の力。」


「今回の襲撃の際、

私はユスに逃げるように指示をしました。

今のユスには戦える力がありませんでしたし、

ここで死んでしまっては元も子もありませんからね。

ですが、ユスはその指示を拒否しました。

勇者としてできるだけ多くの人を助けたい、と。

今回の覚醒は、救助者を、兵士を、そしてあなたを守りたい、

その気持ちによって引き起こされたのでしょう。」


「ユス、ありがとう。」


あぁ、本当に勇者はいたんだ。

思わず涙がこぼれる。


「しかし、問題があります。」


ナビの声色が変わる。


「肉体がついていけてません。

あの様子じゃ、肉体はすぐに崩壊するでしょう。」


ユスの姿をよく見る。腕や脚から血が流れている。

被弾はしていないはず。あれが肉体の崩壊…


「そんな!じゃあユスを止めないと!」


「そのために私たちがいます。

勇者の動きに制限をかけ勇者を守る。

それも私たちの使命の一つです。」


「じゃあ、今すぐに止めて!ユスが死んじゃう!」


「いえ、今回は止めません。」


「どうして!!」


「これは、彼からの指示です。

止めないでくれと。

それに今回はユス自身の戦闘能力、

そして、どれだけ体が耐えれるかの確認をする必要があります。」


「…そんなことのために?」


「これもデータ。魔王討伐に必要なことです。」


「データのため、そのためにユスは傷ついているの?」


「それだけではありません。

ユスは私の指示を2回も無視し、自分の命を危険にさらしました。

魔王の討伐という使命を持っているにも関わらず…

今回、ユスには私の指示を無視した場合、

どうなるかをその身に知ってもらう必要があると判断しました。」


考えがまとまらない。

何を言ってるの?


「それに、止めてもよろしいのですか。

ユスが戦わなければ、誰があのボス個体を倒すのですか?」


冷徹な言葉に身の毛がよだつ。


「あなたは…それでユスが死んでしまってもいいの?」


「その時はお役御免というわけです。他の勇者が魔王を討伐するでしょう。」


言葉が出ない。

異常だ…これが勇者というものなの?


その会話の最中でもユスは戦っている。

出血がひどくなっている。

見てはいられなかったが、私は見守ることしかできなかった。


途端、ガルムが距離を離す。

すると体の周りに魔法陣が現れる。

「…魔術!?」

背筋が凍った。


「ほぅ、今の魔物は魔術も使えるのですね。」


「ちがう、私はそんな魔物なんて聞いたことがない!

そんな報告も受けたことなんてない!」


魔法陣から細かい氷の刃がユスを襲う。

躱してはいるが、刃が太ももを貫通し地面に突き刺さる。

体制を崩す。そこをガルムが狙ってくる。


「ユス!!」


しかし、ユスは突き刺さった氷柱を抜き、ガルムの目に投げ返した。

表情を一つも出さず、なんの躊躇もなく…

氷柱は目に刺さり、大きな隙を晒す。

そのまま、無防備なガルムの頭部に飛びつく。


そして、ユスの拳が魔物の頭を撃ち抜いたのだ。

頭は弾け飛び、ユスの体に返り血がつく。

大きな音を立ててガルムが倒れる。


誰も動かなかった。

一瞬の静寂。


「やった、撃破だ!」


一人の騎士が言葉に出す。

それを皮切りに次々と騎士たちから歓喜の声が聞こえる。

私は声が出なかった。

ナビの発言。

ユスの行動。

そのどれもが異常だったからだ。

月の光をバックにユスが振り返る。


ナビが淡々と話す。


「勇者は常人には考えられない責務を背負っております。

そして、ユス自身も常人では得ることのできない力を持っています。

あなたたちには受け入れられないこともあるでしょう。

これが勇者という存在であり、この世界の正義です。」


ユスが歩いてくる。

腕の肉が裂けている。

折れている骨が見える。

血が落ちる。

足が少しふらつく。

それでも彼は優しい笑顔を見せた。


「僕は…みんなを…シアを守れたかな?」


あまりにも痛々しい姿に声が出ない。

途端、瞳の色が元に戻り、光を失う。


ユスが倒れ込む。

思わず抱きとめる。


軽かった。


あれほどの力を振るったとは思えないほど、

彼の体は冷たかった。


「安心してください。今は気絶しているだけです。」


その言葉に一安心する。


「概ねの目標は達成できました。あなた方には感謝申し上げます。」


淡々とナビは告げる。


「何よ、それ。それが勇者なの?

あなたは何者なの!?」


歓喜の声が響く。

しかし私は恐怖と狂気に包まれた。


◇


「あれが勇者か。

いやー。さすがと言ったところだね。」


男がメモを開きながら何かを書いてる。

「勇者としてはまだ未熟ではあるが、覚醒を確認。

とりあえずは今後の成長に期待。っと

んじゃこれをよろしく。」


メモを瓶に入れ、

傍らで待機していたガルムの口に押し込む。


「じゃ!よろしくね。」


ガルムは森の中へ走り去った。


「とりあえず、報告完了。

さてうちのトップはどのように動くんでしょうね…」


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