【63話】再構築
──ザアアア...
──ティアレン森、隠居地の近く。
本当に酷い雨だ。
巨木やそれが持つ葉っぱ、枝にぶつかり、粒状の水ではなく、水筋となり落ちていく。
薄暗い森の中が、時折輝き、それに連なって低く唸る。
深々とフードを被っている一つの影が見える。
この豪雨の中で走っている。
時折後ろを振り向く。
転んだ。
立ち上がらない。
──
転んだルナは立ち上がれない。
ラークは玄関を閉じ、自分を逃がした。
「どうして...。」
今日の出来事を再現する。
隠居地までの道のりは過酷だった。
前もろくに見えない豪雨。
その中で、数回の魔物の奇襲とその対峙。
ラークが活躍し、自分はほぼ活躍できていない。
やっと目前に隠居地が見える。
近づく。
家に帰った。
余所者がいた。
ラークは気づいた。
──自分は気づかなかった。
ラークが先に玄関に入った。
──自分が入る時に襲われた。
ラークはすぐさま剣を抜いた。
──自分は反応すらできなかった。
ラークは平然と敵と会話した。
──ただラークの対応を見ていた。
ラークは相手の爆笑に合わせてすぐさま対応した。
──そのラークの意図さえも汲み取れなかった。
ラークが敵を倒した。
──玄関で見るだけだった。
ラークが振り返り、別の何かを斬った。
──別の人が近くにいることすらわからなかった。
ラークが自分を玄関の外に蹴り飛ばした。
──その行動に反応すらできなかった。
──そう、自分は弱い。
もし、自分が強いのなら、どうなったのだろう。
ラークは自分を逃がす選択をしたのだろうか?
そう。
だからラークは邪魔者である自分を逃がしたのだ。
思考は更に先走った。
あの男...ハルバートは言っていた。
自分が狙いだと。
ふとティアラに怒られてしまったあの言葉を思い出す。
──忌子
なるべく言わないようにしていた。
考えないようにしていた。
一番の理由としては、ティアラが悲しみ、怒ったからだ。
だが、本当のところはどうだろうか。
やはり心の奥のどこかでは、自分を「忌子」と、そう思っていたのではないだろうか。
だが、そういうことなら自分の命が狙われても当然だと思ってしまう。
それに当時、逃げ出す時に人を殺めている。
今となっても殺人が何が悪いかわからない。
殺されるから、殺した。
殺そうとするから、殺される。
だから、その応報とも思えて妥当だ。
だが──
やはり納得がいかない。
根本的な問題だ。
何故殺されなければならない?
最初の殺人でだって、今回の訓練中に出会った魔物の討伐だって、殺される側は自分ではなかった。
逆だった。
──僕が殺した。
パズルが一つずつ組み合わされる。
最初の殺人の頃をもう一度思い出す。
明らかに怯えた青年たち。
一撃で倒される青年。
跪いた青年。
──実のところ、彼らは弱かったのではないだろうか。
動物や魔物の討伐。
相手の命を握っていたのは向こうではない。
こっちだ。
ゴブリン戦を思い出す。
死ぬ直前、あのゴブリンは両手を差し伸べた。
何故?
自分では四体は絶対に狩れない。
それが奇襲だとしても。
結論が一つ出る。
──それはラークが強いから?
なるほど。
ここで新たな疑問が生まれる。
ならラークは何故、自分を逃がしたのだろうか。
自分が知る限り、最も強い男。
──多勢に無勢だと。
ふと、いつか本で読んだこのことわざを思い出す。
いくら強くても、ラークでも限界があったのだ。
──結局、ラークは弱かった。
だから逃がした。
『──のに慈悲を見せるな。』
ふとラークが強調していたことを、思い出す。
やっと理解できる。
また、もう一つ思い出した。
いや、正確には理解した。
初めての殺人をした時、自分がどんな表情をしていたのか。
両頬を引き上げ、歯を見せていた。
こう。
──にっこり
「──そういうこと。」
立ち上がる。
繊月の柄を握り直し、眼の前の木を見る。
ルナの腰の太さくらいの木。
無心に抜く。
──キーン
──ガシッ
──バキバキッ
──ドッスン
斜めに切られ倒れる木。
完全に斬ることはできなかった。
──やはり僕はまだ弱い。
そこにすぐさま蹴りを入れる。
折れる木。
ルナはもう走らなかった。
そのまま進む。
その場からルナは去った。
──
しばらくして。
荒い呼吸をした大男が、折られた木を見る。
そして小さい足跡を辿って、後を追う。




