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忌子物語  作者: あむ
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【62話】離別

──ザアアア...


──隠居地の前。

酷い雨だ。

いや、嵐ともいうべきだろうか。

空から降り落ちる水で前がほぼ見えない。

厚く敷かれた雲で、まだ昼間なのにも関わらず薄暗い。

時折鳴る低く唸るような音は雷だろう。


深々とフードを被っている二つの影が見える。

一つは大きく、一つは小さい。

雨で多少は綺麗になったものの、二人とも着ている服は汚い。

そして、小さい方の足取りには疲れが見えていた。


大門の前で彼らは立っていた。

ふと、大きい方の腰が下がる。

地面を見る。

それを見て小さい方も距離を取り、腰を下げる。


いくつもの足跡がある。

土が泥と化し、深々と刻まれたその足跡は、この雨が降っている時に来たという証拠。


この二人が隠居地を出た時には雨は来ていない。

それに足跡がとても多い。

少なくとも十人以上だ。


大きい方が起き上がる。

そっと目の前の大門の鍵穴を改めてみる。

よく見ると、新しくできたいくつもの小傷がある。

誰かが開錠を試みたのだろう。

大門を押す。


──キイイ...


開く。

隠居地を出る時にはしっかり閉めていたはずだ。

その鍵も今、二人が持っている。


誰かがいる。

出てない。

まだ隠居地にいる。

何故なら外側に向かう足跡がないのだ。


背中の狼の大剣に手をかける。

それに合わせて、小さな方も左腰の剣にそっと右手を添える。

まるで合図をしたように、そっと音を立てずに大門の中に入る。


中庭は静かだ。

雨が地面を鳴らす音だけである。

中庭は芝生みたいに草が生い茂っているため足跡は途絶えている。

普段なら堂々と渡っていた中庭を壁に沿って歩く。


隠居地に入る門が堂々と開かれていた。

確信する二人。


開かれたドアに向かう。

罠だと理解してても選択肢はない。

ここは彼らの住んでいた家なのだ。


大きい方が先に入る。

追って小さな方が入る。


──隠居地の中。


玄関には荒らされた痕跡はない。

だが、泥がついた足跡がたくさんついている。

それらは奥に向かっていた。


物音一つ聞こえない静けさ。

見慣れた風景だが、慣れない雰囲気が漂う。


大きい方が深くに入る。

小さい方も追おうとしたその瞬間。


──バッ


天井から降りてきた何かが小さい方を襲う。

反射的に大剣を抜き振り返る巨躯。

小さい方は反応すらできなかった。


「お久しぶりです。」


小さい方──ルナの首に短剣を突きつけながら挨拶する不審者。

聞き慣れた声。


「──ラーク。」

「ああ、やはりお前か。でもお前が盗賊に転職していたとは知らなかったよ。ハルバート。」

挨拶を交わす二人。


「ええ、それはそれは。私が元盗賊であったこと、ご存じだったのでは?」

「それにしては鍵穴が傷だらけだったぞ。腕が落ちたな。」

「また精進しますよ。」

「おう、頑張れよ。それで?この隠居地にはお前が盗めるものは何もないはずだが?」

「はい、誠に残念ながらそうでした。」

「ならこのまま帰ったらどうだ?昔からの付き合いだ。このまま逃してもいいぞ?何なら出る前にお茶でもどうだ?うまいぞ、そいつが淹れたお茶とお菓子は。」

顎でルナをさす。


「いえいえ、招かざる者という自覚はありますので、遠慮しましょう。それに──」

「...やはり、気づいていたのか。」

「ええ、今盗めるものが現れましたので。」

「──そんなもんだろうと思ってた。」

ラークは興味なさそうにボリボリと頬を掻く。


「ちなみにこの子を人質にしている理由はご存じで?」

「そこが消せねえんだよ。お手上げだ。どうしてだ?」

構えていたヴォルグを肩に担ぐラーク。

参ったように肩をすくませる。


「まあ、そうですね。理由としては、盗むものはこの子だけではありません。あなたも、です。」

「なるほど。」

「あと、あなたと真剣に話してみたかったのですよ。

一年以上連絡も取らなかったこととか。」

ルナの首から短剣を離す。

その短剣の尖端でルナのほっぺをゆっくりとなぞる。

絶妙な力加減で、傷はつかない。


「──あれだけやらないと言っていたあなたが、小娘の護衛に急に参加した理由。」

徐々に短剣の尖端を下に落とす。

さっき当てた首の方に向かっている。


「──護衛が終わった途端、我々パーティから脱退されてリーダーを私に任せた理由。」

ルナの首の頸動脈あたりで短剣がピタッと止まる。


「──急に私たちを裏切った理由。」

やや力が入ったのだろう。

一滴の血が零れる。


「──ッ。」

ルナがかすかに痛みを訴える。


「これは失礼。つい力が入ってしまいました。」

ルナに向けてニッコリ笑うハルバート。

ルナにはその表情は見えないが。


「それはもう答えが出ているんじゃないのか?今のお前の行動をみろ。」

「説明になってませんね。このような個体はいくつも消滅してきたはずです。今更何を?」

短剣をルナから離しグルンと回す。


「そうだな。だからまっすぐにこっちに来た。またそれをやるんだろ?」

「そうですね。いつものことです。」

「お前の疑問の中にもう一つあるんじゃな──」

構わず質問をするラーク。


「ラーク。」

ラークの言葉を遮るハルバート。

表情はやや恍惚に満ちていて、瞳には狂気が宿っている。


「もうそれはどうでもいいんですよ...ククッ...」

こみ上げてくる笑いが止まらない。


「クククッ...ラーク、私は愉快で仕方ないんです。」

ペロっと舌を出す。

二つに分かれたそれは、敵味方構わず鳥肌が立つ。


「やっとお許しが出た。あなたと戦える、殺り合える、あなたを蹂躙できる、虐殺できる...」

言いながら、声が段々と小さくなる。

体が徐々に震える。


「今日こそ!あなたの顔に幾つもの線を引き、頭に杭を打ち、そこからビュービューと出る脳髄を舐め、ドクンドクンと鳴る心臓をそのまま引き抜いて噛み千切り、そのままお腹を割ってズルズルと腸を引き出して私の立派なマフラーにすることができるのですよ!

ああ、あなたの立派なイチモツは剥製してネックレスにしましょう!

そしてみなにお披露目にしましょう!!

それが、それがいい!あーっひゃっひゃっひゃ!!!」

ついルナを離して、お腹を抱えて笑う。

狂っている。

ルナは動けない。

動く瞬間どうなるかわかっているからだ。


「──その本性は相変わらずだな。」

「は?何をおっしゃるのですか?」

ピタッと笑いを止め、ラークを睨むハルバート。


「私の本性とは関係ありませんよ。やっとあのお方々から許可が下りました。あなたの死です。」

再びルナを抱え込む。


「...組織も相変わらずだ。」

「はあ?あなたこそ相変わらずの上からの目線、うぜえ、うざいですね。」

「組織もおめえも相変わらずとろくせえ。だが、今回ばかりはありがたい。」

「だから、さっきから何をほざ──」

「──おかげで間に合った。ギリギリだったがな。──ルナ、今だ!」

「──?」

「──!?」

ハルバートの肩が小さく跳ねる。


一瞬、思考を巡らせる。

ラークのみを警戒していた。

だから笑いながらも自分に近いルナなんて放っておいた。

だが、ラークのあの言葉に、ルナにも何かがあると今更思う。

むしろラークと数年いたからこそ、何かがあると思う。

慌ててちゃんと握っていなかった短剣を構え直し、手に力を入れようとする。


だが、これはハルバートにとって致命的なディレイとなる。

ラークには十分すぎる隙。

いつの間にか手にした何かが灯の光を反射する。


ルナの首にハルバートの短剣が届く直前。


──ビューン

──グサッ

何かが空を切る音とほぼ同時にハルバートの目に強烈な痛みが走る。

目に何かが刺さった。

熱い。

視野が暗くなる。

力が抜ける。


──ガラン


「グゲエッ!痛い痛いいたいいたいいたいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいだいいいいいいい!」

短剣を落とし、跪きながら両手で目を覆う。

手に金属製の何かが感じられる。


ルナはそのままするりと脱出する。

すぐさま玄関の方に身を避ける。

ラークはルナをちらっと見た後、すぐさま敵に目を向ける。


──ガズッ


ヴォルグの顎はそのまま空になったハルバートの懐を大きく斬る。

装備のおかげか、胴体の両断はされなかったが、片腕は食いちぎられる。

悲鳴を上げながらちぎられた手を別の手で抑えようとするハルバート。


「ッギイイイ!」

そのまま側面でハルバートの頭を強打する。


──バカン

ルナを通り越し、玄関入口の横まで飛ばされ、そのまま沈黙する。

ハルバートがいた場所にペッと唾を吐く。

そのまま振り返りヴォルグを振り上げる。

同時に悲鳴が上がる。


「グハッ!」

その先で誰かが倒れる。


ラークは突進する。

ルナに。

そしてそのまま蹴り飛ばした。


「ッ!」

衝撃に息が止まるルナ。

玄関の外まで飛ばされる。

泥だらけになるルナ。


目の前でラークが剣をまた振り上げる。

血飛沫。

また一人が倒れる。


玄関に走ってくるラーク。


「行け!ティアレン町だ!」

叫ぶ。

ルナの目を見るラーク。

ラークもルナの顔を見る。


どこか笑っているように見えるラーク。


──ゆっくりと玄関ドアが閉じられる。


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