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忌子物語  作者: あむ
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【61話】慈悲

※本話には残酷な描写が含まれます。

──1週間後。


ラークとルナは気配を消しつつ、密かに進んでいる。


眼の前には人間の子供たちのような集団がいる。

角度からして、正面は見えない。


かなり汚く、汚物を被っている。

そのせいか、全身が粘膜みたいなものに覆われていてテカりながら、ぬめりを見せていた。

その汚物の隙間から微かに見える肌は濃い緑色から緑青だ。


身長は今のルナよりやや小さい。

それが四つ。

まだ距離があるはずなのに、腐った水と苔のような生臭さがルナらの鼻を突く。

各々は手に棍棒のようなもの、かなり古びて錆びた剣や半分ほど壊れた木の盾などを持っている。

おそらく武器だろう。

道具を使うということはある程度知能があるとも観察される。


「キエエエッ」

「「グルグルル」」

「キッキッケッ」

「ピギギギギッ!」


何が楽しいのかその四つは集まって、何かで遊んでいた。

その中で明らかにこの集団の声とは違う異質な鳴き声がする。

そしてそれはこの集団に囲われ転がっている。


角の兎。

集団とは別の魔物だ。


お腹は裂けて、その切開口から腸が垂れて出ている。

それをひっぱったり、切り裂きながら遊んでいる。

その内、一つがその切開口に手を入れて漁る。

更に伸ばされたその腸をガブッと齧る。


──ビギギギギギッ!

より鋭く、大きくなった鳴き声を出す。

苦痛だろう。


「「「「ゲゲゲゲゲゲッ!!」」」」

だが、それを見てさらに楽しんでいる。


正面が見えた。

真っ先に見えたものは黄ばんだ歯だった。

人間なら裂けるほどの口から涎が垂れていても構わず笑っている。

そこからはみ出ている歯は大きい。

歯の形も個々が違っていて、太くて丸かったり、鋭かったりしている。

一律の規則もない。

そのせいか歯間がかなり広く歯並びがとても悪い。

歯が生えている方向が全部違う。

大きく尖って、片方に曲がった鼻と耳が見える。

そして、魔物独特の目も見えた。


この魔物はゴブリンだ。

太古にはイタズラが大好きな美しい妖精だったらしい。

だが、その面影は今や跡形もなく、気持ち悪い粘膜に覆われていて、ゾッとする声を出す。

イタズラが大好きなのは変わらないようだ。


そんな中、ラークとルナは着実に近づいていく。


──間合いに入った。


基本的に魔物との戦闘では、正々堂々と正面から戦うことはあまりない。

先手を取るか、取られるかから始まる。

先手を取る場合、数多の選択肢が生まれる。

そこから戦いの優位を確保するのだ。

魔物相手に卑怯とか、正道などは存在しない。


少し様子見をするラーク。

ルナはラークの動向を伺いながら従っている。


本来のセオリー的な戦術は二つある。

一つ目は弓矢や投擲武器、属性スクロールや魔法などで先制攻撃をしかけ、戦力を削ぐことから始めること。

余談ではあるが、高威力の魔法は詠唱が長いため、あまり使われない。

戦士の突撃はその後だ。

だが、それでは意味がない。

今は。


ゴブリン一体が急にその場から離脱する。

また何かを見つけたのだろう。


──ラークが動いた。

その巨躯であっという間に距離を縮める。

ゴブリンの中で一体だけが気付く。

ラークはそれの顔を大きな手で掴む。

そのまま横にある岩に突っ込む。


──バガッ

衝撃によりゴブリンの両目が飛び出す。

それとほぼ同時に、掴まれた頭蓋骨は鈍い音をたてながら粉砕される。

頭だったものとは思えない肉塊や骨が飛び散る。

脳髄や血がラークの手と体、顔に付く。

悲鳴すらない。

頭があった部分は頚椎だけが辛うじて見える。


「「キッ!?」」

混乱する二体。

身を返しながら手の甲についた血を舐めるラーク。

それをすぐさま唾とともに吐く。


──ペッ


舐めた手でそのままヴォルグを抜きながら一体を一刀両断する。

即死。


そのまま振り下ろしたヴォルグを横に振り、側面で残り一体を叩き飛ばす。


「ギッ、グ、ッエゴッ!グヘッ!」

先に一刀両断されたゴブリンの半分と共に、叩き飛ばされ地面に何度も叩きつけられる。

最後には巨木にぶつかる。


「ゲグッ」

血を吐き、苦しみながら倒れる。

気は失っていないようだ。


ズカズカと歩いて、その前に立つラーク。

ゴブリンを見下ろす眼光にはギラギラと殺気が立っている。


ラークの背中は隙だらけだ。


さっき場を離れたゴブリンがラークに襲いかかろうとする。

状況の把握が遅れたが、逃げるという選択は取れなかったようだ。


振り向こうともせず、そのまま叫ぶラーク。

声が随分と荒々しい。


「ルナアア!」

黒い影のようなものが一瞬でゴブリンの後ろを通り過ぎる。


──スッ

ゴブリンは感じた。

一瞬だが、時間が止まったような感覚。

首を何かがなぞる。


「ギギッ?」

身が動かなくなったゴブリン。

疑問を浮かべた最後の鳴き声が断末魔となる。


──キーン

美しい弧を描いた刃が鞘に収まる。


──ドスッ

同時に首と胴体が分離され、崩れ落ちた。


──今のラークの行動が二つ目の戦略である。


瞬時に敵に潜り込み、

思考を停止させ、

圧倒的な武力を振るい、

混乱を与え、

沈黙させる。


先の戦略と比べるとリスクはかなり高いが、成功すると比にならないくらいの大混乱と大被害を与えることができる。


ラークの目の前には苦しみながら、怯えているゴブリンがいる。

全身がガクガクと震えていて、ラークの目から視線を外そうとしない。

隙あらば何とかしようと必死に知恵を絞り出しているんだろう。


だが、ゴブリンの前に置かれているのはただ一つだけだった。


──絶望


ラークは隙を見せるほど甘くない。

むしろ徹底する方だ。


「ルナ、来い。」

ゴブリンから視線を外さず、ルナを呼ぶ。


「隠居地で教えたように、こいつらを群落魔物という。

こいつらの厄介なところは知能がそれなりに高い。

故に逃すと、その復讐心で、お前を付け回す。

最悪の場合、他の奴らを連れてくる。

だから、決して、絶対に、慈悲を見せるな。」

ゴブリンを見るルナ。

醜悪な外見だが、どこか媚びているようにも見える。

命乞いをしているのだろうか。


「外見や仕草に惑わされるな。例えば、俺がこうして視線を外すと──」

「キエエエエッ!──グガッ...」

あっという間だった。


隙があったと思ったのだろう。

高く飛び込み襲いかかって来たのだ。

武器は飛ばされてとっくにない。

ラークはこれを予想していた。

まるで当然のように。


その飛び込んでくる方向に向けて手を伸ばす。

的確にゴブリンの首を絞める。

そして視線をゴブリンの目に合わせる。

歯を食いしばって、唸り声を上げているラーク。

まるで狼そのものだ。


一方のゴブリンは持っている武器さえなければ非力だ。

爪も鋭くなく、首を絞められた今となっては噛みつくこともできない。


ヴォルグを持ち直す。

ゴブリンの腹に当てる。


──ブスッ...

剣先をめり込ませる。

ゆっくり、ゆっくりと。


「──ッ!ッッ!!」

首を絞められ、苦痛に声を出すことすらままならないゴブリン。

小さな両手でラークの腕を掴んでいることしかできない。

足をジタバタさせている。


半ば辺りまで刺すと、首を絞めていた手を離す。

ゴブリンが掴んでいた両手も荒々しく払う。


「──ギゲッ、ゲフッゴフッ...ガルッグ...」

──悲鳴が響こうとした、が吐血によりそれすらままならない。


ヴォルグに刺されたこれは、まるで串焼きに刺された魚だ。

悪臭だが。


一回深呼吸をするラーク。


「──ふう...。

覚えておけ。

このようにゴブリンってやつらは非力で、慣れると雑魚以下の魔物だ。

だが、生憎も魔物の中で最も厄介で危険なのもこいつらだ。

数も数だがずる賢い。

手練れの冒険家もあっけなくやられることが多い。」


ジタバタするゴブリン。

剣の刃を必死に掴みながら抜けようとする。

気色の悪い目からボロボロと涙を流している。


「ギッ!ギイィ...ッ!」

体から剣を抜こうと刃を掴む。

苦痛で動きが大きくなる。

その大きな動きにより腹の穴も大きくなる。


鋭いヴォルグの刃を掴もうとする手は滑る。

その度に手は刃に触れてしまう。

その刃は更に血に染まる。

いくつかの指はもう辛うじてくっついていて重力にその身を任せている。


血が刃に沿って柄の方に流れる。

鍔の狼がまるでその血を飲んでいるみたいだ。

だが、実際に飲むことはない。

その血は垂れ落ちる。

血溜まりが出来ていく。

悪臭が酷くなる。


狼に食べられた穴は明らかに大きくなっている。

ついにその穴から腸がこぼれ落ちる。


動きが鈍くなるゴブリン。

急に手を伸ばしてくる。

両手が垂れる。

両足の地団駄が止まる。

瞳孔が大きくなる。


──いつの間にか角の兎の息が止まっていた。


「油断は禁物だ。

慈悲も見せるな。」

「はい。」


ルナの最後の野外訓練がこうして終わる。


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