【64話】壊れ者
──ザクッ...ザクッ...
雨により水をたっぷり含んだ葉っぱと地面を踏む音。
ルナはゆっくりと歩いている。
その様子はまるで軽い散歩でもしているようだ。
──ザアアア...
この豪雨がなければ、だが。
ゆっくりとティアレン町の方向に向かっていた。
だが、急に方向を変える。
獣道となっていた小道から外れて方向を変えた。
目に見えるのは大きな岩山のようになっている麓。
時折、手で小枝を折りながら、そこにゆっくりと向かう。
──ガサガサ
刹那だが茂みが揺れる。
そしてルナくらいの大きさの何かがルナを襲う。
ほぼ同時に姿勢が低くなるルナ。
──キーン
──ズバッ
遠心力により、それは血を撒き散らしながらルナを通り越す。
空中で意識を刈り取られたのだろう。
着地ではなくそのまま盛大に倒れる。
呼吸する小さな動きさえもない。
それは犬であった。
しかも首輪がついていることからして、飼い主がいる。
それをしばらく眺めて前に進むルナ。
さっきと同じ行動をする。
度々小枝を折る。
黙々とゆっくり進む。
眼の前に大きな岩山が見えた。
周りには何もない。
天井のように空を覆っていた巨木の枝もここまでは届いてないようだ。
──ザアアア
水筋のように落ちていた雨もここでは大きな粒状の雨として降る。
眼の前に小さな岩があり、ちょうどルナが座りやすいようになっている。
そこに腰を掛けるルナ。
両手の指を合わせて、伸ばすような仕草をしている。
──しばらくして。
遠くから大男の影が見える。
荒々しい足取りだ。
そしてやや傾いて辛うじて歩いている。
まだ無事である左手には何か持っている。
徐々にルナに近づいてくる。
そしてルナが肉眼でその面影をはっきり捉える距離まで近づく大男。
「てめ、え、な、何さ、まだああ!ああん?!」
そう言いながら左手で持っている何かを投げる。
利き手ではないのだろう。
それはルナから大きくハズレる。
ルナの目の前に転がってくる。
それはさっきルナが斬った犬の頭であった。
どういう訳か、頭だけを斬ってルナに持ってきた。
ラークではない。
声もラークの重低音ではなく、カランカランと高い。
言語にどこか軽薄さがある。
ルナの目の前に現れたのはハルバートであった。
──
ルナは随分と前から気付いていた。
後を追ってくる何かの存在を。
随分前のことになるが、洞窟での生存は視覚を除いた五感を飛躍的に上昇させた。
最初はラークだと思った。
だが、ラークの可能性は低いと判断する。
その確信は犬の襲撃だった。
戦いの決心をしなければならない。
だから誘導した。
戦いやすいところに。
──
ゆっくり彼を見上げる。
やはり右腕がなかった。
狼に引きちぎられた傷跡そのまま。
何の治癒措置もされていない。
視線を顔に移す。
口からは二つに分かれた舌を四六時中ペロペロさせている。
雨でわからないが、口周りは涎だらけだろう。
右目にはラークが投げたそれ──短剣──がそのまま刺さっていて、血を流している。
透明な何かを一緒に流しているように見える。
雨水だろうとルナは一瞬思うが、どうでもいいと振り切る。
──目の前に敵がいる。
それ以外は些細なことだ。
「やっぱり、あなたでしたね。」
ゆっくり立ち上がるルナ。
「...ぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺すぶち殺す...」
途切れ途切れだが呟いているハルバート。
ルナの言葉は聞こえてないようだ。
残った目の瞳孔もどこかおかしい。
髪が雨水によりずぶ濡れているハルバート。
思わず前髪を退かそうとする。
だが、目に刺さっている短剣に触れてしまう。
「くあ、ああ...あ、痛い痛いいあだいあぢあいい...こりょすころすころすころころろ?」
もはや言葉にもなっていない。
目から出る血は雨と混ざり、彼の服全部を赤く染める。
緑の服が黒くなっていく。
「な、んでいだ、い?ああ、こ、れ?あ?目がどんがってっりゅういへひへきもちいい゛おまえだえれ?」
原因を探っているハルバート。
目に刺さっている短剣に再び触れる。
「ぐっあががががが!!いだいいだいだいいたいだい!!!」
悶絶するハルバート。
跪き目を片手で覆っている。
ルナを見る。
「あー?だれだおめえ、おまえいやあなだかわいいいじゃかいでちゅか。あだぐじがかわいがってあげまじょうか?きもちいいことしよお?はまるよ?はめる?はめるはヤるやるヤるやるやる?好きずきずぎずぎずぎぎ...」
近づこうとするハルバート。
それをしばらく観察するルナ。
つい両膝を地面につける。
上体は起こしたままだ。
刺さっているそれを抜こうとする。
──グチュグチュ
ゆっくりと上下にする。
その度に目の周りの肉が潰され切れる。
うまく動かない左手でそれを抜こうとする。
「ぐっ、げっあ、がはあっ、はああ...」
時折、全身がビクンビクンと痙攣を起こす。
そんな中時折、どこか恍惚的な表情をするハルバート。
大きく数回の痙攣後、ピタッと止まるハルバート。
諦めたのかどうかはわからなかったが、短剣から手を離した。
ただそれを見ているルナ。
「そ、そうか、俺いやちがうあだくじ、は、あなたざまをころさせていたあだくためにまいりまじだ。」
スプリットトングをペロペロと上下に交差させながら話すハルバート。
左手で自分の胸元を探る。
自分の短剣の柄を見つけると、そのまま抜く。
──スルン
やや指を切らして指先からも血がでる。
だが、それを気にもせず、そのままその短剣でルナの方を指した。
だが、明後日の方向だ。
それに逆に握っている。
「──はい。わかっています。」




