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忌子物語  作者: あむ
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【56話】 親指

──昼食後。


ルナとラークは再び訓練場にいる。


目の前には丸太が立てられている。

ラークは珍しくもヴォルグではない別の武器を携えていた。

「刀」だ。

ルナのものより長い。

また曲刀だ。

模様もないシンプルな物で、おそらく量産されたものだろう。

それを背中に背負っているのではなく、左手で持っている。


「これから極東式剣術の基本を教える。

と思ったが、予定は変更だ。

お前に教えるものはこれだ。」

刀を腰の左に位置させ、右手で鍔にくっつけるように柄を掴む。

両足を大きく広げ、腰を低くする。


──シュッ

ルナの動体視力からしても辛うじて見える軌跡。

シンプルな黒い鞘から連なっていた柄がなくなっている。

腰の左にあったラークの右手は、気づけば右肩の上でその柄を握っていた。

刀特有の刃の美しい曲線が目を引く。


時間差を置いて、丸太が斜めに切られて上部が下部と分離する。


「──抜刀術と言う。

本来ならもっと後で教わるものだが──」

説明しながら納刀するラーク。


──チーン

「──しょうがない。」


最後の「しょうがない」は独り言のように小さい。

納刀の音と重なりルナには聞こえなかった。


「抜刀の基本は、抜く時に鞘と刀身が触れてはいけないということだ。

だから本来の抜刀術は基本、風を斬る音しかしない。

そういう部分では俺もまだ辿り着いてない境地でもある。」

思い返せばラークが刀を抜く時に若干の摩擦音がしたことを思い出すルナ。


「今日からこれを練習する。最初は斬るものはない。

頭の中であの丸太を連想させて、練習をしろ。」

「はい。」

ラークを真似て姿勢をとる。


「違う。刀の構え方を教えるのが先だったな。構え方はこうだ。」

腰の左に位置させた刀を見せる。


「刃を下に向けるのではない。

上に向けて構えるんだ。

お前の刀は直刀だからな、区別が難しいかもしれないが、鞘で区別できるはずだ。」

確かに鞘に刃ではない方に線状の溝が彫られている。

見ずとも触感で刃と棟を区分できるようになっている。

肉眼でも確認できるように極東の文字と三日月もやや下に位置していた。


それを見て刀をひっくり返すルナ。


「そうだ。ゆっくり俺の動作を真似てみろ。」

ルナの隣に立ち、一動作ずつゆっくり教える。


「足を広げて、腰をもっと低くしろ。そうだ、掴み方はこうだ。」

姿勢を正し、手首を極端に曲げて柄を掴む。

抜くと自然に刃が下に向く。

ルナも同じくする。

初めて全部抜かれた刃は日が照らされ綺麗な銀色を見せていた。

納刀はその反対にする。


「抜く時ではない、納刀の時に気をつけろ。怪我するぞ。」

手順を逆にし、ゆっくりと納刀する。

剣先が若干震えて、鞘への狙いが定まらない。

気をつけないと手を痛めそうになる。

それを見たラークは続けて教育する。


「納刀には二つの方法がある。

一つはこうだ。」

鞘を握っている左手の親指を刀身の真ん中あたりの棟に当てる。

その棟に沿って剣先を探り、剣先をそのまま鞘口─鯉口─に導く。

するりと入る刀。


ルナも真似をする。

さっき試みた方法より簡単に納刀することができた。


「ただ、これは、納刀の時間がかかる。つまり、状況が終わった時にゆっくり納刀する方法だ。」

もう一度試演するラーク。

今度はそれなりに速くやるが、それでもラーク基準ではかなり遅い。


「二つ目は、さっきお前がやった方法だ。

切った瞬間にそのまま納刀をする。

速いが、その分怪我する確率が高い。

熟練者ですら時折怪我をする。

だから、今はその納刀はするな。

まずは最初の方法だ。」


──

実際、二つ目の納刀はほぼ使われない。

逆に絶対に行ってはいけない。

とても危険だからだ。

基本的には状況が終わるまで納刀せずそのまま戦うものだ。

故に二つ目の納刀は幻想だ。

確かに抜刀術のみで生き残る剣士はごく稀にいる。

実のところ、彼らの抜刀術の境地は一つ目を極限まで限りなく速く正確に行った先にあるのだ。

ラークにも辿り着けてない境地である故の勘違いだ。

大剣を扱うラークには必要のない境地でもあったが。

──


抜刀以降の剣術までは教えることが今はできない。

故に最も確実に、ある意味では戦いの基本になるものを選んで教える。

それが「抜刀術」であった。


「──それを今日は繰り返す。」


──高く昇っていた太陽が沈み、真っ赤に染まる頃。


──ポタポタ...

ルナがぼんやりと左手の親指を見ている。

その親指から真っ赤な血が滲み出ている。


疲れで油断したのだろう。

親指を刀の棟ではない、刃の方に当ててしまったのだ。

それを見たラークは無言で近寄る。

ルナの親指を確認して、薬を塗り布と包帯で巻く。

止血のためとはいえ、傷口を布で力強く押されたため、痛みで顔を少々しかめるルナ。


「えっと、ラー...師匠?」

最後に油断してできた傷だ。

怒られると思ったのだろう。


「なんだ?」

「...怒らない...のですか?」

「刃物での訓練で、軽い傷だ。

これからはこの程度の傷くらい日常茶飯事になる。」

「そう...ですか。」

「それに、最後に油断したと自分でも反省してんだろ?

顔見りゃあわかるんだよ。

でも、そうだな──」

ルナの頭に軽いゲンコツを入れる。

その痛撃にルナはピリッと涙が出る。

反射的に頭を摩るルナ。

──軽いと言ってもラークは剛腕だ。痛い。


「お前が望んだから一発くれてやる。

これからは油断するな。

疲れてても最後まで集中しろ。

それに──」

ルナの親指を見る。


「その傷でお前も知っただろう。

油断がどれほど危ないか。

その身を持って知ったことだから今回は咎めん。

そろそろ終いだ。

片付けるぞ。」

と踵を返すラークだった。


──


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