【55話】伝授
──翌日、訓練場。
ラークは朝ご飯の前に、洗って訓練場に来いとルナに伝える。
そのまま洗ってすぐに訓練場に向かうルナ。
訓練場の真ん中で、ラークが座っていた。
正確には正座をして瞑想をしている。
ラークの背後から朝日が昇っている。
どこか神々しく感じる。
前には棒らしきものが置かれている。
「ここに座れ。」
ルナが来ることに気付くとそのまま前に座ることを促す。
普通に座ろうとするが、ラークはもう一度言う。
「俺と同じ姿勢で座れ。これを正座という。」
おずおずとラークと同じ姿勢で座る。
ルナとラークの間にある棒。
それは「剣」であった。
鞘に収まっているが、まっすぐに伸びている剣身。
剣身の長さはルナの腕くらいで、通常の剣より短い。
黒い帯で巻かれている柄は剣身に比べやや長めで、ルナの拳3つ分はある。
黒い鞘は金属らしき艶が見える。
よくわからない文字と三日月らしい模様が刻まれていた。
楕円形の鍔はやや黄ばんだように見える銀色だ。
複雑な彫刻が掘られていて、3つの穴が均衡に空いていた。
「これから師弟の儀を行う。」
「...?」
「師弟の縁、天地に示す。師は父の如く、弟子は子の如し。この縁、生涯断つべからず。」
続けて言うラーク。
「ようは、師匠と弟子の関係は家族であり、俺はお前の父、お前は俺の子ということだ。」
それを聞き、目が丸くなるルナ。
「俺に続けて言え。
──師弟の縁、天地に示す。弟子は子の如く、師を父と仰ぐ。この縁、生涯断つべからず。」
「師弟のえ...ん?」
古文で聞き慣れない単語が連なる。
ルナは口籠ってしまった。
「師弟の縁、天地に示す。」
ラークが区切りを付けて再度言う。
「師弟の縁、天地に示す。」
続けて言うルナ。
「──弟子は子の如く──」
「──弟子は子の如く──」
「──師を父と仰ぐ。」
「──師を父と仰ぐ。」
「──この縁、生涯断つべからず。」
「──この縁、生涯...」
「断つべからず。」
「──断つべからず。」
そのまま儀を続ける。
「師、弟子に業を授く。この刃、汝の血を以て主を認む。汝の傍らにあれ。」
口ずさみながら刀を手に取るラーク。
「左腕を出せ。」
ルナに言う。
腕を出すルナ。
その腕を掴むラーク。
器用に片手の親指で鍔を弾き、少しだけ剣身を抜いて指で固定する。
──剣ではない。綺麗な銀色の刀身を持つ刀であった。
そのままルナの腕を軽く切る。
腕からは鮮血が滲む。
「──ッ!」
ルナが避けようとするが、ラークの力は強い。
「じっとしていろ。」
切ったルナの腕の下に、刃の一部を露わにした刀を置く。
──ポタポタ...
血が一滴一滴落ちる。
刃が染まっていく。
「俺に続け。
──この刃、血を以って主と認む。刃尽きる限り、共にあらん。」
「この刃、血を以って主と認む。刃尽きる限り、共にあらぬ?」
「──あらん。」
「あらん。」
ラークはルナの腕を解放する。
そのまま刀を鞘に完全に納め、ルナに両手で渡す。
「両手で刀全体の下を添えるように受け取れ。」
ラークの指示通り、そっと受け取るルナ。
最初こそ訳がわからなかったルナだった。
だが、今は何かの大事な儀式だと悟っている。
──金属の感触。
受け取った刀は冷たかった。
普段振るっていた棒よりは軽い。
だが、棒とは異なるしっくりとした重みがある。
「これを以って師弟の儀を閉める。」
正座していたラークが姿勢を崩した。
「ふう...。」
ため息をしながら楽な座り方に変わる。
ルナは受け取った刀を見ていた。
「抜いてみろ。」
ラークが言う。
──サアア...
ゆっくり刀を抜くルナ。
鞘と刀身の澄んだ摩擦音がする。
半分くらい抜いただろうか。
「そこまで。」
ラークが引き止める。
抜くことを止め、ラークを見るルナ。
「斬ろうとするのではないのなら、全部抜くな。」
ルナは視線を降ろし、そのまま刀身を見る。
自分の両目が映っている。
思わず見とれてしまう。
──しばらく。
「──気に入ったか?そろそろ鞘に戻せ。」
ラークの声が聞こえた。
びっくりして力が入ってしまうルナ。
──チャキン
刃が鞘に納まる綺麗な音がした。
「...ラークさん...これは...?」
今更聞くルナ。
「まずは左腕を出せ。」
やや遅くなってしまったが、予め用意していた薬を手に取る。
儀のために切ったルナの左腕に丁寧に塗る。
塗り終わると包帯を巻く。
「これからは俺のことを師匠と呼べ。
極東の『刀』という武器だ。他の武器と違うところは、まず両刃ではない。
また鋭さと軽さを特化させた武器ということだ。」
ラークが説明をする。
「──お前用に注文制作させた。お前専用のものだ。」
と付け加える。
「説明に戻ると、刀の短所は、耐久性がよくないということだ。鋭利さ、軽さを極限まで引き上げた。だから非常に脆い。つまり、上級者用の武器ってことだが──」
間を置くラーク。
「──俺は信じている。お前が使いこなせるってな。」
真っ直ぐな眼差しをルナに向ける。
「先の儀式は、お前にこれから教えようとするものと、その刀の伝授のためだ。
こっちの文化ではないが、これからお前に教えるものは極東の剣術。
そして教える前に先の面倒くせえ儀式をするのが向こうの流儀だ。
本来ならこれよりもっとめんどくせえものだが...。
ここは極東でもないし、俺等は極東人でもない。
これくらいでいいだろう。
──要は、何らかの魔法や呪術ではなく、ただの礼式だ。」
ラークは続けて言う。
「今までの基礎訓練は終了だ。
いや、正確には自己練習だな。だからといって怠るなよ。
その時間、別の訓練をする。
今までのより厳しいものになるから、覚悟しとけよ。」
ルナをしばらく見つめるラーク。
思い出したようにルナが手に持っている刀を顎で指す。
「そいつはこれからお前の身の一部だ。
そのための儀式だったからな。
常に肌身離すな。」
「はい。...師匠。」
まだ慣れないのだろう。
「さあ、早速訓練に入る。いいか?」
「はい。」
「よし、先の儀を以って、お前は命の与奪をする資格が与えられた。
その保証人は他でもない。
師匠である俺だ。
お前のみじゃねえ。
お前の行動一つ一つが俺を代表し、俺への名誉や汚名をも左右する。
意識を改めろ。
何よりも、これからは何かを殺めることができる代物を持つんだ。
その論語から始める。
しっかり頭の中に入れておけ。」
実際に師匠の名を代表するのは極東の独特の文化である。
だが、ラークはそれを伏せた。
間を置いて、ルナが聞き入れる余裕を持つことを待つ。
「準備はいいか?」
「はい。」
「一つ、肌身放さないこと。
一つ、無闇に抜くな。
一つ、──」
初めて武器を持つことにより、精神教育から始める。
午前中はこの座式教育が続いた。
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