【54話】帰還
──キイイ
大門が開く。
巨躯の男がローブのフードを深々と被って立っている。
見慣れた狼の頭の大剣を背負っている。
間違いなくラークだ。
「...。」
「...おかえりなさい。」
──ザアア...
二人は見つめ合っている。
「...おう。」
「...どうして──」
「ああ?」
「...何でもありません。」
「...。」
「...お風呂の用意します。」
「いや、今すぐ訓練だ。用意して来い。」
「...はい。」
そのままズカズカと訓練場に向かうラーク。
後を追うルナ。
廊下に水溜まりが出来ていく。
──訓練場。
適当にタオルで髪の水気を拭ったラーク。
壁に貼られた紙を見ている。
見つめていたのは、自分が不在だった時の訓練の日程表だった。
半年分だったが、その後に書き加えられている。
ルナだろう。
そしてその後ろでルナが訓練のための準備運動をしている。
──
「終わりました。」
昼寝はなし。
そのまま午後の訓練だ。
「まず、恨からだ。アンクレットを外せ。」
一年以上外したことなかったアンクレットだ。
宝石は透明になっている。
それをガチャガチャと外す。
ラークはブレスレットを見る。
鮮紅の色が変わらない。
「...。」
何を思っているのだろうか。
ただ見つめているラーク。
「──アンクレットを着け直せ。次は組手だ。」
対峙する。
久しぶりの組手で緊張するルナ。
だが、ラークはそんなルナに容赦なく攻撃をする。
いや、1年前よりも激しい攻撃を行う。
拳にかすっただけでも皮膚は真っ赤な痣を作る。
ラークの振るう手足からは悍ましい音がする。
まともに食らったら骨折だろう。
──だが、ルナはそれを許さなかった。
精一杯であるものの、しっかりラークの攻撃を見据え、凌ぐ。
防いだら終わりだ。
だから躱す。
躱せないのなら、流す。
一連の行動が全て癖となり、流暢に動く。
一年以上の仮想の組手は単なる妄想ではないことを証明する。
そうしばらく続く。
その時──
ルナの側頭部にラークの拳が直撃しようとした。
「──ッ!」
遅いと判断するルナ。
──ピタッ
その拳が側頭部直前で寸止めされていた。
ラークの表情が見えない。
ラークがどんな表情をしているのか怖い。
見上げたら見ることができるだろう。
だが、見上げられない。
そのままいる二人。
「──ったな。」
「...。」
「──すまない。」
そのまま拳を解きルナの頭を撫でようとするラーク。
「...。」
ルナがラークの視野から消える。
「──クッ!」
ラークの内側の足首に衝撃が走る。
そのままバランスを崩して尻もちをつくラーク。
「んだあ!?」
急な出来事に起き上がろうとするラーク。
──その目の間に小さな拳が止まっていた。
状況を把握したラーク。
降参とばかりに、ゆっくりと両手を上げる。
「──これで許します。」
拳を引きながら、涼んだ顔で言うルナ。
ルナはラークが油断をする刹那、瞬時に座り込んだ。
そしてラークの足首の関節を狙い、蹴りを入れる。
バランスを崩す。
──小さな力だが有効な手段。
ラークは内心、思わず失笑する。
油断したとはいえ、一発食らったと。
──その夜、ルナは久しぶりに誰かと共に食事をする。
二人とも無言だ。
ルナは聞きたいことがたくさんあった。
だが、それをラークは許さなかった。
ラークの雰囲気が以前と違う。
結局、寝る前の挨拶以外の会話はなかった。
──深夜、ラークの部屋。
久しぶりにこの隠居地に来た。
1年前とは何も変わらない。
ルナも相変わらずで、ローバとティアラがいないが、それでもそのままだ。
それなりに綺麗である。
ベッドだけは布団が綺麗に畳まれていて、上にシートを被せてある。
いずれ戻って来る自分のために最低限の掃除はしつつ、プライベートを配慮し、掃除も最低限にしていた。
故にやや埃が残っている。
だが、これはルナの思いやりだ。
たかが10歳を超えたばかりの子がするような考えではない。
ルナだからこそ、当たり前だとも思ってしまう。
とてもいい子だ。
改めて申し訳ないとも思う。
その感情により、夕食の時も思わずルナを疎遠にしてしまった。
──だが、今大事なのはそれではない。
感慨に耽るのはこのくらいにする。
眼差しが変わる。
大事なのはこれからだ。
──残された時間は少ない。
何もかも投げ捨ててこっちに戻ってきた。
果たせなかった約束を果たそうとする。
荷物を整理する。
色んなものを取り出す。
テーブルの上の埃を適当に拭き、すぐ作業にかかる。
一生懸命書き込み、本棚から資料を探し出し、参考にする。
ルナの今の現段階に合わせて計画を大幅に修正する。
思ったよりルナの成長が著しかった。
嬉しい誤算だ。
これだとギリギリに間に合うと判断する。
埃により急に咳き込むラーク。
手で口を防ぐ。
薄暗い照明の中で、照らされた手には痰と何か黒いものが着いていた。
拭う。
荷物から錠剤を取り出す。
荷物からボトルを取り出す。
ボトルのラベルには酒類と書かれてある。
ウィスキーだろう。
錠剤を口に含み、酒で飲み込む。
また咳き込む。
喉から弾け出ようとする錠剤を再び酒で無理やり飲み込んだ。
しばらく落ち着かせる。
気を取り直し、作業を続ける。
──そう夜が更けていった。




