【57話】 繊月
──夕食後。
ルナは自分の刀を持ってラークの部屋に訪れる。
刀を持っている自分の姿が何故か、少しむず痒い気分になる。
気を取り直してラークの部屋のドアをノックした。
「──入れ。」
しばらくして返事するラーク。
──ガチャッ
「ちょっと座ってろ。すぐに終わる。」
机の前で何か書き込んでいるラーク。
テーブルの前の椅子に座るルナ。
テーブルには袋と、その中身であろう二つの薬瓶と数枚の布、ブラシなどが置いてある。
その横にそっと刀を置いておく。
──しばらく。
「よし。待たせたな。」
ペンを置き、テーブルを基準にルナの反対側に座るラーク。
「いえ、大丈夫です。」
「まずはこいつらを受け取れ。」
テーブルの上の薬瓶、ブラシ、布をルナの方に押す。
「これは...?」
「まだ訓練は終わっていない。
これをやってからこそ、一日の訓練が終わりだ。」
と、先に試演した刀を取り出すラーク。
そのまま抜く。
「...?何ぼっとしている?お前のそれも抜け。」
「え?でも抜いてはダメなんじゃ...。」
呆れた目で見るラーク。
だが、どこか納得してしまう。
「武器というのはな、基本的に消耗品だ。
基本的によほどのことがない限り、毎日手入れするべきだ。
斬るものがない時に抜くなということは、基本的な心構えというべきだろう。
無闇に抜いてはダメだということだ。
今は手入れという無闇ではない、意味がある。
だから、論外だ。」
「あ、はい。」
ラークの返事を聞き、刀を抜くルナ。
シンプルで綺麗な銀色の刀身はラークの部屋の照明を静かに照らし返す。
「お前に渡した眼の前の道具は整備道具だ。
早速始める。
最初はこの乾いた布で、刃全体を挟んで、埃とか今はないが血とか脂を拭う。
気をつけろよ。刃の方を挟むんじゃない。棟の方を包むんだ。」
手本を見せつつ刀を拭っていく。
「次はこれだ。打ち粉という。
また、これを刷毛という。
この刷毛に打ち粉を付けて、刀全般に粉をばら撒くように打つ。
本来なら、打粉袋だっけな?
そういうのを使うんだが、こっちにはないものだ。
さっきの布でもう一度軽く拭う。
最後に、この刷毛で、隅々の埃まで払う。」
ポンポンと刀身を叩いていく。
布で拭えない隅の部分を箒のように使い埃を払う。
最後にその粉を軽く払うように布で拭う。
「最後にこれだ。これは油だ。錆を防ぐ。」
液体の入った瓶から数滴を別の布に落とす。
そしてそれを刀全体に塗り拡げる。
「さっきの布とこの布、間違えるなよ。必ず区別して使え。」
ルナもここまでの手順を真似る。
「よし、これで終わりだ。鞘にしまえば終わりだ。」
納刀し、適当に立てておくラーク。
ルナはテーブルの上にそっと置いておく。
「これで、訓練は終了だ。」
「はい、ありがとうございます。」
「ところで、だ。」
「はい?」
「お前の刀、それに名前は付けないのか?」
「えっと...。」
「そうだな。もうちょっとだけ説明をするか。
冒険者は基本的に自分の武器に名を付けるやつが多い。
相棒とかそういう意味でな。
名を付けると武器が長持ちするとかいう迷信もあるんだ。
もちろん付けないやつも多いが。」
「でも、これは元々僕のじゃなくて、師匠からもら──」
「いや、俺に遠慮することはない。もうそいつの主はお前だ。」
しばらく考え込むルナ。
「ヴォルグはどうしてその名前になったんですか?」
「ああ、これは受け譲りでな、昔からそういう名前だった。
そうだな、たぶんガードの部分に狼がくっついているからそう名付けたんじゃないか?」
説明するラークの目を見て、刀を見下ろすルナ。
ふと文字と三日月の模様が目に入る。
「これはなんて読むんですか?」
「これは、繊月だっけな。たしか三日月って意味だ。」
「──繊月!」
「まあ、鍛冶屋さんが勝手に名前をつけたもんだと思うが。」
「──いです。」
「ああ?」
「気に入りました。繊月。」
ルナ──自分の名前に月の由来が込められていることは知っていた。
そして、この刀もまた月を意味する。
それが気に入ったのだろう。
「そうか。気に入ったのなら、いいんじゃないか?」
刀は『繊月』と名付けられた。
「用は終わりだ。あ、お前が今日使ったやつ、持っていけよ。手入れを怠るな。」
「はい。」
薬品と布、刷毛を袋に入れる。
そして出ようとした。
「では、おやすみなさい。」
「おっと、忘れてた。」
「はい?」
「これも持っていけ。」
顎でベッドの方を指すラーク。
そこには小さな梯子みたいなものがあった。
違うところとすれば、上れる段がない。
「これは?」
「刀掛けだ。刀を適当に放っておくんじゃない。部屋に戻ったらそこに掛けておけ。」
「はい。ありがとうございます。」
「おう、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
部屋に戻り、ベッドのヘッドボードに刀掛けを置く。
そしてその上に繊月をそっと添えた。
──
次の日も、その次の日も修行する。
午前中には準備運動を兼ねたストレッチやランニング、筋トレ、抜刀術をする。
抜刀術がメインだ。
昼食後、午後にはラークとの組手をする。
今でも素手での訓練ということは変わらない。
一つだけ変わったことは、ルナの意識であった。
左から右への抜刀のタイミングを伺う。
ラークの指示ではない。
一年間の仮想組手はそこまで想像力を発展させた。
最後にクールダウンとしてランニングと筋トレ、ストレッチをする。
──3日後の午後の訓練が終わった夜。
再びラークの部屋に呼ばれるルナ。
「おう、この荷物を持って、訓練場だ。」
随分と膨らんだバッグと二つの袋をルナに持たせる。
ラークも同じくらいのバッグを背負い、ヴォルグを手にする。
もう片手には別の袋一つを持つ。
ラークが先頭に立ち訓練場に向かう。
ルナも渡されたそれを持ち、後を追う。
──訓練場。
荷物を床に置く二人。
「明日は、この隠居地を出る。」
とラークが言った。




