【48話】枷
──忌子。
ルナにとっては大きなトラウマだ。
そう呼ばれなくなった今でも自分を縮こませるもの。
ここのみんなは良くしてくれている。
自分を痛めつけたり暴力を振るわない。
だが、心の奥の底に残る深い傷は癒えることがない。
劣等感となり、引け目となっていた。
──ラークがつけたアンクレット。
デザインは綺麗なものの、銀色の鎖でできていて、とても頑丈だった。
決して解くことも許されず、許可されて監督下で解く事を許される。
自分やローバを守るためだとわかっている。
だが、ルナは一方でこう思う。
──足枷。
頭では保護のつもりとわかっているつもりであった。
だが、疑問がないわけではない。
もしアンクレットを外したらローバは?
ラークのブレスレットがなかったら?
ティアラが恨を感じることになったら?
今までみたいに接してくれていただろうか?
以前ラークが言ったことを思いだす。
恨は自分の一部なのだと。
当時は素直に頷いたものの、それでも胸の奥から本音が凝りのように残る。
──ということは裏返せば恨は自分じゃないのか。
自分は虐げられる運命なのではないのか、と。
村を出る最後のあのことを思い出す。
恐怖。
錯乱。
血飛沫。
痙攣。
命。
死。
そして──。
頭の中に色んな情報が目まぐるしく乱れ込んだあの日。
自分はどんな表情をしていたのだろう。
そうだった。
あの日の感覚や感情は決して忘れることができない。
強烈な初経験。
もう一度先の疑問に戻る。
──裏返せば恨は自分じゃないのか。
だとするのならば──
ふと、冷たい何かが額に当たった。
やさしくそっと拭ってくれている。
──気持ちいい。
この優しい手つき。
自分がよく知っている者だ。
そっと目を開ける。
優しく額の汗を拭ってくれるローバの顔が見えた。
穏やかな表情でルナを見ている。
そしてルナが目覚めたことに気付く。
「ルナちゃん。」
心配そうに声をかける。
ルナは起き上がろうとする。
それを支えようとするローバ。
「あのっ...僕は...」
昨日、呼吸が苦しくなったことまでは覚えている。
その後の記憶はない。
今はどれくらい時間が過ぎたのだろう。
「一昨日ね、ティアラが泣きながら部屋に押し込んできたのよ。ルナちゃんがおかしいってね。」
その後の状況を説明してくれるローバ。
ティアラが押し込んできたこと。
急いでティアラの部屋に向かい、ルナの様子を見たこと。
ショックによる過呼吸で失神したと判断したこと。
その後にラークがこの騒動により部屋に来て、ローバとティアラと話し合ったこと。
そしてルナは丸一日以上を寝たこと。
──倒れて二日が過ぎていた。
「──それで、私一人だけ後で出発することにしたのよ。
ルナちゃんの容態を見て、出発するってね。」
優しく、でも見方によってはどこか悲しそうに話すローバ。
「それは...えーと、ティアラとラークさんは...?」
「もう出発して丸一日過ぎたわ。今はティアレン森で一生懸命町に向かって歩いているんじゃないかしら?」
「...そうですか...。」
ローバから視線を外し、下を向くルナ。
拳を強く握っている。
「ルナちゃん、体はもう動かせる?」
コクンと無言で頷くルナ。
「じゃあ、後ろに振り向いてほしいな。」
「...?」
そのまま背中を見せるルナ。
ローバは櫛を手に取り、優しく梳いていく。
ポニーテールにする。
そしてローバはそっと起き上がり、鏡の側に立った。
「こっちおいで。鏡を見てごらん。」
ルナを呼ぶ。
起き上がって鏡の前に立つルナ。
側のローバを見たら、鏡を見るように目で促していた。
ポニーテールに綺麗に纏った髪。
髪の毛を結んだ紐がいつものと違う気がする。
金色の模様があり、それが浮いているように見えた。
触れてみる。
「気付いた?」
「えっと...これは...?」
「よく見えないわよね。一度解くね?」
と髪の毛を纏めていた紐を解くローバ。
優しく解かれたそれをルナに渡す。
いつもの細い紐ではない。
黒いシュシュだった。
布の中には伸縮性がある素材が入っている。
とても芸術的な何かが金色の刺繍で挿れられていた。
「それね、猫らしいよ?」
「これが...猫...?」
ルナは猫を見たことがある。
自分の知っている猫じゃない。
「そう、ルナって猫みたいだってね。
...実はね、私とティアラはこれから、というか...」
言葉を濁すローバ。
「...もうティアラは先立ったんだけど、遠くに行っちゃうじゃない?
だからお留守番をするルナに何かプレゼントをしたかったの。」
ルナはそのシュシュを見る。
「シュシュという髪を纏めるものでね、私が布で作ったものよ。
黒はルナの黒い髪で見えないから、私は他のをお勧めしたんだけどね、ティアラがどうしてもって。
でもさっき見たところ、ティアラが正解だったみたい。」
実際、ルナの真っ黒い髪にシュシュはよく見えなかった。
だが、ティアラが主張していた金色の猫は逆に浮いて見えて、ポイントとなっていた。
「その猫はね、ティアラが一週間もかけて刺繍を挿れたのよ。
ふふっ、可愛いでしょう?」
芸術的な何かではなく、単にとても個性的な猫だったのかと判断を改める。
「それを完成させて大喜びしていたわ。
あの子ったら、簡単に千切られたりしないように耐久上昇魔法までかけたのよ。」
ルナはそれを見続けていた。
「どう?気に入った?」
無言で頷くルナ。
ローバに顔を向ける。
どこか淋しげに、にっこりと笑っているローバの顔が見える。
「じゃあ、付け直してあげようか?」
とローバはシュシュを取ろうとした。
「あの、ローバさん。」
「うん?どうしたの?」
シュシュを取ろうとした手を止めて返事をするローバ。
「これ...髪の結び方教えてほしいです。
これからは一人でしなきゃいけないから...。」
「...あっ!」
今更気付くローバ。
いつもはティアラとローバが結んでくれていた。
「...そうだったわね。じゃあ、ちょっとシュシュ貸して。」
優しくそのシュシュを取る。
「このシュシュをね、最初はこう手首に巻くの。それから髪を整えて──」
髪の結い方を教えていくローバと不器用ながら一生懸命に習うルナであった。




