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茜色の家  作者: 大神みや
丘の上の小さな家

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13/22

増築

台風が去った朝、丘の上には折れた枝が散っていた。


海はまだ白く泡立ち、町の屋根には濡れた葉が張りついている。轟屋では朝から炊き出しのように飯を炊き、停電した家へ分けるおにぎりを握っていた。


先生は店へ顔を出したあと、にしさんに促されて丘へ戻った。茜も仕事の区切りをつけ、昼前に坂を上がった。


朝のうちに、茜は換気口の周りを撮影し、水の跡を鉛筆で囲んでいた。応急処置に使った布とビニールは外さず、どこから水が入ったか分かるようにしてある。


「先に記録しておきました」


茜が写真を見せると、先生はうなずいた。


「昨夜のままにしておいた方が、分かりやすいと思ったので」


たけさんの車が家の前へ止まり、道具箱を提げた小柄な男が降りてきた。


「磯崎さんだ」


この家を建てた大工だった。


磯崎は挨拶もそこそこに、外壁を押し、換気口をのぞき、屋根の端を長く見上げた。


「雨が回ったのは、ここだけだね。まず、入った道を確かめよう」


「直りますか」


先生が訊く。


「直るよ。換気口の周りをやり直せば大丈夫」


磯崎は茜の写真を受け取り、濡れた壁と見比べた。


「この線を引いたのは、あなたかい」


「はい。乾いている所と、まだ濡れている所を分けました」


「見やすいね。外してみよう」


茜は、磯崎に言われた通り、ビニールの端をゆっくり外した。壁の内側に、細い水の跡が残っている。


「ここから、下へ流れています」


「よく見ているね」


磯崎は短く言った。


茜は、濡れた壁へ手を置いた。


「私が、直します」


先生が茜を見る。


「お願いします」


「壊れた所を見て、もう一度使えるようにします。先生の家なので、先生が安心できる形にしたいです」


「僕は、茜さんに修理を任せてみたいです」


磯崎は、壁の内側をもう一度確かめた。


「直し方は見えた。材料と施工は私が見るよ」


「私も、手を動かしていいですか」


「もちろん。分からないところは、その場で聞けばいい」


「お願いします」


磯崎はうなずいた。


「図面どおりにいかない所が出ても、現場で考えればいい。家は、そういうものだからね」


茜は、磯崎が自分の手を止めずに、隣で見てくれることに気づいた。


台風の夜の換気口へ、磯崎が目を向ける。


「中から押さえたのは、茜さんかい」


「私です」


茜が答えると、磯崎はビニールの端を指で触った。


「水の道を見たんだね」


「ここから入ってると思って」


「応急処置としては、ちょうどいいよ。水の道を止めて、あとで外せる」


茜は返事ができなかった。


磯崎は、茜が見ていた換気口の周りをもう一度確かめた。


「水の跡を見たのはいい。濡れた場所と乾いた場所で、入った道が分かる」


茜はノートを開いた。


「覚えておきます」


「次に同じことがあった時、助けになるよ」


先生が新しい金具を手に取った。


「この形で、元の壁に合いますか」


「合うように手を入れれば大丈夫。市販のものも、そのまま使わなくていい」


磯崎は金具を壁へ当て、取り付ける位置を鉛筆で印した。


茜は、その手元を見ながら、家に合わせて直す仕事の細かさを学んでいった。


*


昼前、にしさんの軽トラックが資材を積んで上がってきた。


「次は呼べ」


板を担ぎながら、にしさんは先生へ言う。


「茜が一人で走ってくる前に」


先生は、少し遅れてうなずいた。


「はい」


にしさんは先生へ板を渡しながら、低い声で言った。


「昨日、茜が来ると言った時、俺は止めた」


先生が顔を上げる。


「危ないと思ったからです」


「分かってる。だが、行かせたのは俺だ」


にしさんは板を壁へ立てかけた。


「一人で何とかしようとする人間を、二人に増やしただけかもしれん」


「二人に増えたのは、悪いことではないと思います」


先生が言うと、にしさんは一瞬だけ目を細めた。


「なら、増えた分の責任を持て」


「はい」


茜は、二人のやり取りを聞きながら、道具を拭いた。


茜は磯崎のそばで、道具を渡した。


「金槌」


「はい」


「短いねじ」


「これですか」


磯崎は受け取り、うなずく。


「建てるのは、好きかい」


「好きです」


「好きなら、慌てずに見ておくといい」


磯崎は屋根の端を直しながら言った。


「壊れた所も、古い所も見て、残すか変えるか一緒に考えればいい」


「私が決めてもいいんですか」


「決めてみるといい。気になるところは、私が一緒に見るよ」


日が傾く頃、修理は終わった。


磯崎は道具箱を閉じる。


「乾いたら、もう一度水の跡を見てみよう」


磯崎は茜へ言った。


「気になるところが出たら、また持っておいで。いっしょに考えればいい」


「はい」


茜は、その短い言葉をノートの端に書いた。


たけさんは磯崎を車へ乗せ、にしさんも荷台へ上がった。


「お前も、一人で何とかするなよ」


にしさんは茜へ言った。


「はい」


車が坂を下りていくと、家の前は急に静かになった。修理した金具だけが、新しい色で光っている。


先生はその光を見てから、玄関の戸を閉めた。


*


夕方、先生は屋上へ上がった。


茜も後に続く。


畑の土はまだ濡れている。夕陽が、町の向こうへゆっくり沈んでいった。


「茜さん、相談があります」


「はい」


先生は海を見たまま、言葉を探した。


「この家を直すなら、もう少し大きくしたいと思っています」


茜は、先生の横顔を見た。


「茜さんが来るようになって、机や道具を置く場所が必要だと感じました。昨夜、二人でいると、今の家では足りないと思ったんです」


「私も、そう思いました」


「茜さんに、どうしたらいいか考えてもらえませんか」


「私に、ですか」


「はい。できますか」


茜は、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「やりたいです。先生から依頼してもらえるなら、嬉しいです」


「依頼、というほどのことでは」


「建築の仕事として、任せてもらえるということですよね」


先生は、少し考えてからうなずいた。


「お願いします」


先生は夕陽の方を見たまま、しばらく黙っていた。


「ここへ来た時は、人と関わらずに暮らすつもりでした。一人分の家なら、それで足りると思っていたんです」


茜は、黙って聞いた。


「でも、轟屋へ行くようになって、町の人に声をかけられて、茜さんが来るようになって。必要なものが、少しずつ変わりました」


茜の目元が熱くなった。


「私も、海宮へ来て変わりました。建築を続けたいと思えたのは、先生の家を見たからです」


「先生と出会えてよかったです。この家に関われるなら、建築を続けてきてよかったと、もう一度思えます」


先生は、茜の方を向いた。


「人も家も、使っているうちに変わるものなんですね」


先生は、茜の目元を見た。


「……泣いていますか」


茜は目元をぬぐった。


「風が強いだけです」


「そうですか」


二人の間に、夕陽の赤い光が落ちた。


「修理が終わったら、磯崎さんに相談しましょう」


「はい。二人で考えた形を、伝えます」


茜は、先生の隣に立った。


屋上の下では、台風で濡れた家が、静かに乾き始めていた。


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