協議
召奭伝 第5話「……皆、集まったな。これより、我が召国の行く末を決める重大な軍議を行う」姜子牙を客間に下がらせた後、私は息力の克をはじめ、我が国の命運を握る重臣たちを即座に招集した。灯された松明の炎が、張り詰めた室内の空気を赤々と照らし出す。「周の師父となった姜子牙より、反商連合への参画を求められた。――我らは、商を討つべきか。それとも周を拒絶すべきか。忌憚なき意見を聞きたい」私の問いかけに、室内は一瞬にして重苦しい沈黙に包まれた。最初に口を開いたのは、血気盛んな息子の克であった。「父上、商の苛政はもはや限界にございます! 近年の東方遠征に伴い、我ら諸侯に課される重税や夫役は増すばかり。民の恨みは天に届いております。この機を逃さず、周と共に立つべきです!」「いや、若殿、そう単純な話ではございませぬ」老練な重臣が首を振り、冷徹な現実を突きつける。「確かに商の負担は重い。だが、あの巨大な王朝が天下にもたらしている『恩恵』を無視しては、民はついてきませぬぞ。……皆、商がその圧倒的な財力で統べる、天下の交易網を忘れたか」商王朝は、中原のあらゆる物資を集散し、貴重な『貝貨』や塩を流通させることで、天下の交易を完全に支配している。我らの豊かな暮らしも、あの超大国の経済的な大動脈があればこそなのだ。「それに……」別の重臣が、震える声で竹簡を広げた。「……戦力差が、あまりにも絶望的すぎます。周が四万、西方諸侯が合わさって四万。そこに姜族の精鋭騎兵一万が加わったとて、連合軍は九万。対する商は、動員される徴兵を除いても、二十万の『常備正規軍』が牙を剥くのですぞ!」二十万の常備軍。我らの兵は耕作期になれば畑へ返さねばならぬ徴兵だが、商の兵は戦うことだけを生業とする冷徹なプロの軍隊だ。「九万対二十万……。いや、実質的な戦力差はそれ以上か」私は深く腕組みをした。良い面も、悪い面も、商はあまりに巨大な両面を持ち合わせている。「ならば、利害を比べる他ない。……周に味方して商を打倒する利益と危険度。逆に、商に味方して周を打倒する利益と危険度だ」重臣たちが次々と意見を重ねていく。「周に味方すれば、勝てば新時代の覇者。しかし負ければ召国は確実に根絶やしにされます。何より商の軍勢はあまりに強大。周と姜族の兵を合わせても、いまだ分が悪すぎます」「では、商に味方して周を討つか? されど、勝っても商の重税が減る保証はどこにもない」一同の間に、冷たい沈黙が走る。商の恐ろしさは、目の前の軍事力だけではない。諸侯をじわじわと侵食していく、その「国家としての在り方」そのものにあった。各々の意見にじっくりと耳を傾けながら、私の思案を続けていた。だが、導き出された答えは、やはり「静観」――すなわち、いま動くのは危険すぎるという冷徹な結論だった。「……決まりだな。姜子牙への返答は、一応の『拒絶』とする。商の恩恵も捨てがたく、軍勢の差も大きすぎる。周の言い分にも一理あるが、いま我が民を不確かな戦に巻き込むわけにはいかん」私はそう告げ、重臣たちを下がらせた。明朝、姜子牙にどうやって断りの文句を告げるべきか。その口実を考えながら、私は深夜まで執務室の竹簡を睨みつけ、冷たいお茶を啜るのだった。(……だが、私はまだ気づいていなかった。私が抱いたこの微かな懸念こそが、翌朝、あの化け物が仕掛けてくる心理戦の『急所』になろうとは――)




