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微子の憂鬱外伝、召奭伝  作者: 日和見


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姜子牙

召奭伝 第4話 「ついに、西伯・姫昌殿が解放されたか……」羑里ゆうりの地に幽閉されてから、実に七年。前線から届いたその報せに、私は同じ地方を纏める『伯』として、心から深く胸を撫で下ろした。あの商の狂気的な宮廷から、よくぞ生きて戻られたものだ。しかし、感傷に浸っていられるのも一瞬のことだった。ひとたび絶対的なカリスマである姫昌殿が周に帰還したとなれば、あの恐るべき速度で膨張していた周の勢力は、間違いなく再び息を吹き返し、周囲を飲み込み始めるはずだ。「……吉報であると同時に、これからは一瞬たりとも気が抜けんぞ」私は自室の机を叩き、気合を入れ直した。周が再び牙を剥く日に備え、我が召国も国境の警備を厳重にし、軍備の拡張を急がねばならない。緊張感が再び私の肌をピリピリと刺し始めていた。そんな折、政庁の官吏が私に告げた。「召伯殿、以前から我が国に良質な馬や貴重な物資を都合してくれている商人、呂望殿が、緊急の謁見を求めておりますが……」「何、呂望が? ――すぐに通せ。あやつは我が国にとって大切な交易相手だ。待たせるでない」私は快く面会に応じた。呂望の手広く商う交易網には、これまで何度も助けられてきた。彼が連れてくる商隊の軍馬はどれも極上で、我が軍の核を担っている。間もなくして、執務室にしなやかな足取りで一人の男が入ってきた。「召伯殿、この度は急な願いにもかかわらず、こうして快く面会に応じていただき、誠にありがたく存じます」丁寧な一礼。だが、その佇まいはいつもの商人としての卑屈さが消え失せ、どこか底の知れない威厳すら漂わせていた。「挨拶はよい、呂望。して、今日は我が国にどのような珍品を持ってきてくれたのだ?」私の問いかけに、呂望は静かに首を振ると、冷徹な笑みを口元に浮かべた。「いいえ、本日は物売りではございません。召伯殿の、ひいては召国の未来を左右する、極上の『提案』をお持ちいたしました。……まずは、こちらの親書をお改めくだされ」そう言って、彼は懐から一本の簡牘かんとくを取り出し、私へと恭しく差し出した。受け取り、紐を解いて中身を確認した瞬間、私の目は限界まで見開かれた。「これは……周の姫昌殿の、直筆の署名……!?」驚愕する私を前に、呂望は淡々と、だが驚天動地の事実を告げた。「左様。我が周国は、西方の猛き騎馬民族である『羌きょう族』と、血の同盟を結びました。そしてここにいる私、呂望――本名を『姜子牙きょうしが』と申しますが、この度、西伯・姫昌殿の『師父しふ』として、周の全軍略を統括する立場となりました」「何だと……!?」頭を殴られたような衝撃だった。馬を売る商人だと思っていた男が、周の最高軍師、いや、王の師としての本性を現したのだ。手元の親書には、確かに「羌族との同盟」と、目の前の男が周の姬昌の師父「姜子牙」であるという紹介が、周の正式な文章で克明に記されていた。「現在、私は姫昌殿と共に、商王朝を打倒するための次なる戦略を練っております」平然と大逆不遜な言葉を宣う姜子牙。彼の双眸には、天下を盤のごとく見下ろす化け物の光が宿っていた。「召伯殿。単刀直入に申し上げます。貴方も、我らの『反商連合』に加わり、共に戦っていただきたい」「――ッ!!」息が止まるかと思った。あまりにも急で、あまりにも重すぎる決断を、この化け物は突きつけてきたのだ。商に対し、周と羌族が加わったとしても、勝てる保証などどこにもない。ここで乗れば、一歩間違えれば国ごと消滅する。更には周に味方して勝利した後に召がどうなるか考える事は幾らでも有る「……あまりにも大きな話だ。我が国の命運を、今この場で即決することはできん」「ふふ、当然でございますな」姜子牙は深く追及せず、ただ微笑んだ。「今日のところは我が邸宅に泊まってゆかれよ。じっくりと、旅の疲れを癒してほしい」私はそう伝えて謁見を終え、彼を退室させた。一人残された執務室で、私は椅子の肘掛けを掴み、思惑の海に――だが、この時の私はまだ知らなかった。姫昌殿が奇跡的に解放されたのは、今の男の暗躍の結果だったとは。

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