絶望的
召伝奭 第3話 「なぜだ……? なぜ、商と周の争いが起きない!?」朝歌の宮廷で伯邑考殿が無残に殺害されてから数か月、私は日々届く前線からの報せに首を傾げ続けていた。王都に召喚された君主・姫昌殿はそのまま捕らえられて羑里に幽閉。その解放を願い、全財産を叩いて命懸けの朝貢に赴いた長子の伯邑考殿はあえなく惨殺。ここまで尊厳を踏みにじられ、血の涙を流させられたのだ。誇りある諸侯ならば、あとはもう、国を挙げて商へ死に物狂いの反撃を仕掛ける以外の道など残されていないはずだった。たとえその結果、囚われの身である君主の姫昌殿が殺されようとも、周という国そのものが灰燼に帰そうとも、戦うのが諸侯の、いや、人の道というものだ。もし我が召国が同じ目に遭わされたなら、私は一歩も退かずに全軍を突撃させていただろう。だが、周は動かない。驚くほど静かに、ただ時が流れていく。(……聖人と謳われる姫昌殿を、どうしても死なせたくないという恐れ故か?)あるいは、あまりにも深い絶望に国全体が萎縮してしまったのか。周の沈黙の意図が、私にはどうしても掴めずにいた。「……いや。しかし、助かる」私は張り詰めていた肩の力を抜き、深く椅子に背を預けた。冷静に地政学的な現実を見れば、彼らが戦端を開かなかったことは、我が召国にとって望外の救いだった。もし商と周が全面戦争に突入すれば、隣国である我ら召も絶対に無関係ではいられず、どちらに味方するかの地獄のような決断を強いられていたはずだ。その場合、仮に八方の伯である我が召国の勢力圏から、全諸侯の兵力を必死にかき集めたとしても、総兵力は6万を超えることはない。一方の商は、単独であっても10万近い直属の精鋭を平然と繰り出してくる。過去に行われている凄まじい規模の東方遠征を見れば、それは火を見るより明らかだった。戦力差は圧倒的であり、まともに戦えば話にすらならないのだ。「何にせよ、最悪の事態は免れたな……」独りごちる私の顔に、ようやく安堵の笑みが戻る。姫昌殿が幽閉され続けたことで、周の急激な伸張は完全にストップした。これは、かつて周の膨張によって北方の国境線を脅かされていた我ら召国にとっても、非常に好都合な展開だった。周が動かぬなら、我が国も動く必要はない。大国の睨み合いの隙間で、私たちは静かに牙を研ぎ、自国を豊かにすることだけに集中すれば良いのだ。私は押し寄せる平穏な日々に感謝し、自室の竹簡を整理し始めた。――だが、この時の私はまだ知らなかった。周が動かないのは絶望したからではなく、とある人物が暗躍した結果とはこの時の私には知る由もない事であった




