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微子の憂鬱外伝、召奭伝  作者: 日和見


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困惑

召奭伝 第二話「大王の沙汰は……羑里への幽閉。殺しは、せぬか」前線からの報告書を掴んだまま、私は安堵の吐息を漏らした。商の宮廷に召喚された西伯・姫昌の身を案じていたが、最悪の結末だけは免れたようだ。良かった。商王朝が、召喚した諸侯をいきなりその場で殺害するような、見境の無い狂った国でなくて本当に良かった。もしここで姫昌が処刑されていれば、西方の諸侯は恐怖と怒りで商王朝にたいしての忠誠を失うだろう、当たりまえだ、自分達諸侯のまとめ役である伯を呼び寄せて殺害等、次から商に信用等出来はしないとなってだろう。中央の絶対的な巨人である商の足元で、辛うじて保たれていた危うい均衡は、ひとまず首の皮一枚で繋がったのだ。(とはいえ……これで周の暴走は止まるな)冷徹な政治的視点で見れば、これは我が召国にとって好機でもあった。カリスマである姫昌が朝歌に足止めされたことで、これまで貪欲に膨張を続けていた周の伸長が、ピタリと停止したのだ。隣国がこれ以上巨大化しなかったことに対して、私は密かに胸をなでおろしていた。――だが、そんな停滞は、ある一人の青年が動いたことで破られる。「周の後継者、伯邑考殿が、莫大な財宝を引き連れて朝歌に向かったか」新たな報告に、私は思わず居住まいを正した。実直で知られる周の長子が、国中の極上品を馬車に積んで王都へ旅立ったという。目的は火を見るより明らかだ。幽閉されている父・姫昌を解放するための、朝貢に違いない。「……少しだけ、残念だな」私は西の空を見つめ、複雑な独りごちを漏らした。もし朝貢が成功し、姫昌が西方の地に帰ってくれば、周は再び勢力を拡大し始めるだろう。同じ地方の『伯』として、姫昌という男の器量には敬意を抱いている。だが、隣国としては、彼にはもう少し羑里の砦で大人しくしていて欲しかった、というのが本音であった。しかし。事態は、私の予想を遥かに超えた、最悪の濁流へと叩き落とされる。「……何と言った? いま、何と申した!」数日後、都から届いた報告を読み上げた文官の胸ぐらを、私は我を忘れて掴み上げていた。「伯、伯邑考殿が……朝歌にて、無残に殺害されたとの情報にございます! しかも、西伯の放免は叶わず、未だ羑里に幽閉されたままであると……!」「馬鹿な……ッ! 有り得ん、有り得んぞそんな暴挙が!!」頭を激しい衝撃で殴られたかのような衝撃に、私はその場にへたり込んだ。諸侯の、それも西方のまとめ役である『伯』の正統なる後継者を、貢ぎ物を持ってきた人物を殺害するなど、人間の行うことか。これで周は完全に、商王朝を「復讐すべき対象」として標的にするだろう(くそっ……! 一体、朝歌の宮廷で何が起きている!?)あの聡明なる帝辛が、なぜこれほど理不尽で、国際信義をドブに捨てるような真似を許したのだ。それだけではない。後継者を殺された、檻の中の姫昌はどうなる? 次代の指導者の命を奪われ、絶望のどん底に突き落とされたあの周が、このまま大人しく死を待つはずがない。(周は……戦う。絶対に、商への復讐のために立ち上がる……!)もはや、これまでの「綱渡りの均衡」など、粉々に吹き飛んだのだ。世界が狂い始めた。商王朝の底知れぬ残虐性と、周の引き返せぬ怒りの狭間で、私は、我が召国は、究極の決断を迫られていた。「商王朝に従い、周を後ろから刺して、中央への忠誠を示すか……」あるいは。「周と同じく、滅亡を覚悟で、あの化け物じみた商王朝へ反逆の反旗を翻すか……」机の上の地図を睨みつける私の手は、冷たい汗で激しく震えていた。どちらを選んでも破滅の影がつきまとう、地獄のような選択。だが、選択の猶予など、もう残されてはいなかった。――だが、この時の私はまだ知らなかった、その舞台の裏側を。(第二話 終)

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