論功行賞
召奭伝 第12話 商王朝打倒という大業を成し遂げたのち、本発表を控えた天幕の密室にて、新王朝を運営する最高幹部六人による「論功行賞」の極秘協議が執り行われていた。机の上に広げられた天下の地図を前に、官吏が淡々と分割案を読み上げてゆく。まずは旧商の領地だ。肥沃な中原は四つに分割され、王都・朝歌を含む一帯には、投降した帝辛の息子・武庚殿が封じられることに決まった。商の遺民たちの反発を抑え、慰撫に当てるためである。当然、それだけでは終わらない。その武庚を周囲から包囲し、厳重に監視すべく、姫発殿の弟たちである三人の有力な宗族が、その隣接地にそれぞれ封じられることとなった。いわゆる『三監』による抑え込みの布石だ。「鮮、済まないな。非常に難しい舵取りの要衝だが……同じ師父(姜子牙)のもとで学んだお前ならば、必ずやり遂げてくれると信じている」新王・姫発殿が、三男である鮮殿に向けて、信頼に満ちた穏やかな声をかけた。声をかけられた鮮殿もまた、至って殊勝な面持ちで深く一礼を返す。「お任せください、兄上。この鮮、周の基盤を磐石にするため、必ずや任務を全うしてみせます」和気あいあいとした、美しい兄弟の信頼の光景。だが、そのやり取りをじっと見つめる四男・旦殿の双眸の奥にだけは、昏い影が差していた。功績を挙げた者すら使い捨てるかのような兄上や姜子牙の冷徹な政治手法に、旦殿だけが強い隔意と不信の種火を募らせている。この歪みが、いずれ王室を揺るがす最大の悲劇を招くことになるとは、まだ誰も気づいていなかった。続いて、西北の猛き騎馬民族を率いた申豹殿の恩賞が読み上げられた。申豹殿には、我が召国のさらに「東」に位置する広大な大領が与えられるという。提示された条件に、申豹殿は実にご機嫌な様子で満足げに頷いていた。(……やってくれるな、姜子牙)私は表情を一切崩さぬまま、内心で鋭く爪を立てた。一見すれば破格の恩賞だが、その実態は、我が召国に対する強烈な「牽制」に他ならない。さらに言えば、西北の荒野を本拠地とする姜族を、わざわざ遠く離れた東の土地へと移住させることで、彼らの最大の武器である騎馬民族としての牙を抜き、弱体化させる狙いをも孕んでいるのだ。高度な分断工作。そして最後に、最大の同盟者である我が召国への恩賞が発表された。提示されたのは、全諸侯の中でも「一番の大領」。その場所は――旧商の「北方一帯」であった。「……これほどの大領を賜り、誠にありがたく存じます」私は席を立ち、新王へ向けて至極慇慃に、完璧な臣下の礼をとって感謝を述べた。だが、その腹の底では、冷ややかな嘲笑の言葉が渦巻いていた。(――糞が。よくもまあ、ここまで徹底した絵図を描けたものだ)提示された一番の大領。それは栄誉などではなく、我が召国を中央から放逐するための冷徹な罠だった。元々、我が召国の本拠地は中原から「南西」にある。そこに、遥か遠く離れた「北」の広大な土地を押し付け、その「北方経営」という大義名分のもと、私自身を新王朝の中央政界から体よく遠ざけようとしているのだ。有力な諸侯を遠方に追いやり、互いに牽制させて弱体化を図る。そうして手薄になった中央の富と権力を、周の王室だけで独占する。これこそが、新王・姫発と、あの化け物軍師・姜子牙が導き出した、戦後政治の冷徹な合理主義の結末であった。(……だが、周の王室よ。私が大人しくその罠に嵌まるとでも思ったか?)頭を下げたまま、私は暗い笑みを口元に浮かべた。国を遠方に与えられたのなら、その「北」の広大な新領地の経営は、我が息子の克にすべて一任すればいい。克をそこの主(燕国の始祖)として赴任させ、自国の領地を広げさせつつ――私自身は、この新王朝の中央に居座り続けてやる。どれほど遠ざけようと、私はこの中央で、周の権力の中枢を握り、我が民のために目を光らせ続ける。仕掛けられた罠の裏をかき、自ら中央に残るという反撃の一手。天下は周のものとなった。だが、新しい時代の生存をかけた、大国同士の真の「化かし合い」は、今この瞬間から始まったのだ。私は静かに顔を上げ、冷徹な大政治家の瞳で、新王と軍師の顔を堂々と見据えるのだった。




