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3-17「四人でいる、ということ」

 踊り場に戻ると、陽菜が飛んできた。


「戻った!!!」


「ああ」


「どのくらいいたの!? すごく長かった気がしたんだけど!」


「どのくらいだった?」


 一ノ瀬が、スマホを確認した。


「……二十三分だ」


「二十三分!? もっと長く感じた!!」


「感じ方と時間は、一致しない」


「そうだけど! 心配したじゃん!」


 陽菜が、俺とちひろを交互に見た。


「二人とも、大丈夫?」


「大丈夫だ」


「ちひろは?」


「うん、大丈夫」


「よかった!!」


 陽菜が、ちひろに抱きついた。


「心配したよ! 光の中に入っていっちゃうから!」


「ごめんごめん」


「謝らなくていいけど心配した!」


 一ノ瀬が、俺を見た。


「……何を見てきた」


「話す。全員で聞いてくれ」


――


 四人で、踊り場に座った。


 夕暮れの光が、窓から差し込んでいた。


 俺は、光の中で見たものを話した。


 記憶の積み重なった場所。


 ちひろの記憶。前の#001の記憶。


 そして——ちひろが語ってくれた、世界を作った理由の最後の答え。


「誰かとちゃんとここにいたかったから」


 俺は言った。


「ちひろは、一人でいることが得意じゃなかった。でも、一緒にいられる場所は作れた。だから——誰かを呼んだ」


 四人が、静かに聞いていた。


「そして——俺も、同じだった」


「剛さんも?」


「ああ。四十三年間、一人でコードを書いてきた。でも——誰かのそばにいたかった。誰かに届けたかった。それが、俺があの夜にコードを書いていた理由かもしれない」


「……誰かに届けるためのコードを、無意識に書いていた」


「そうだ。ちひろと俺は——同じものを探していた。ここにいられる場所を」


 静寂が落ちた。


 陽菜が、ゆっくり言った。


「……じゃあ、この世界は」


「誰かとちゃんとここにいるための場所だ。バグだらけだが——それが、この世界の本当の姿だ」


「バグだらけの、きれいな世界」


「そうだ」


 一ノ瀬が、静かに言った。


「……俺も、同じだったかもしれない」


 全員が、一ノ瀬を見た。


「一ノ瀬くんも?」


「……ちひろが消えてから、俺は一人で記録を続けた。誰かが来ることを、信じていた。でも——信じていたのは、ちひろが戻ることだけじゃなかった気がする」


「何を信じていたんだ」


「……誰かと、一緒に記録できる日が来ることを、信じていた」


 ちひろが、一ノ瀬を見た。


 目が、潤んでいた。


「一ノ瀬くん……」


「……事実だ」


「でも——」


「事実だから言った。それだけだ」


 陽菜が、一ノ瀬の腕をそっと掴んだ。


「……一ノ瀬くんも、ここにいたかったんだね」


「……そうだ」


「よかった。ここにいるじゃん、今」


「……ああ」


 一ノ瀬は、前を向いた。


 でも——その横顔が、いつもより柔らかかった。


「私も」


 陽菜が言った。


「私も、ずっとここにいたかった。ちひろと一緒に。前の世界でも今の世界でも——ちひろのそばにいたかった」


「……うん」


「だから——ここにいる。ずっといる」


 ちひろが、陽菜の手を握った。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 四人が、踊り場に座っていた。


 夕暮れの光が、四人を照らしていた。


「……スマホが震えた」


 一ノ瀬が言った。


「記録者か」


「ああ」


 一ノ瀬がスマホを見せた。


```

第三の出口、完全に開いた。

記録する。

四人が同じ場所で、同じ方向を向いた。

「誰かとちゃんとここにいること」の答えが出た。

これが、この世界の完成だ。

```


 俺は、その文章を読んだ。


「この世界の、完成」


「……完成したんだ」


 陽菜が、静かに言った。


「ちひろが作った世界が、完成した」


「うん」


「バグだらけでも?」


「バグだらけでも——完成した」


 ちひろが、窓の外を見た。


「……完成した世界って、どうなるんだろ」


「わからない。でも——記録者は言った。第三の出口が開いた、と。出口が開いたということは——次に向かえる」


「次?」


「……まだわからない。でも、扉が開いた」


 一ノ瀬が、静かに言った。


「……今日は、ここまでにしよう」


「そうだな」


「残り——」


 一ノ瀬が、スマホを確認した。


「……次の空白化まで、まだ時間がある。間に合った」


「ぎりぎりだったな」


「ぎりぎりでも、間に合えばいい」


 陽菜が「やったー!!」と言った。


「また大きい声を出す」


「だって!! 間に合ったじゃん!!」


「そうだな」


「次は何するの?」


「……わからない。でも、今日は——これでいい」


「これでいい、か」


「ああ。今日、答えが出た。世界が完成した。第三の出口が開いた。十分だ」


 陽菜が、ふう、と息を吐いた。


「……疲れた」


「そうだな」


「でも——いい疲れ」


「いい疲れ、か」


「うん。何かをやり遂げた疲れ」


 俺は、その言葉を受け取った。


 やり遂げた疲れ。


 前の#001が——やるだけやった、という穏やかな疲れを持っていた。


 今の俺も——似たような疲れを感じていた。


 でも、前の#001と違うのは——俺は、まだここにいる。


 やり遂げた後も、ここにいる。


「……帰ろう」


 俺は言った。


「今日は、ちゃんと家に帰って、ちゃんと眠る」


「うん!」


「一ノ瀬も」


「……ああ」


「ちひろも」


「うん」


 四人で、旧校舎の非常階段を降りた。


 廊下を歩いた。


 校門を出た。


 夕暮れの住宅街を、四人で歩いた。


 陽菜が、歩きながら言った。


「ねえ、一個だけ聞いていい?」


「なんだ」


「この世界が完成したって、記録者が言った。じゃあ——次は何?」


「わからない」


「何もしなくていいの?」


「……しばらくは、ただここにいることでいいと思う」


「ただここにいる」


「根を張り続ける」


「それだけ?」


「……それだけで、十分かもしれない」


 陽菜は、少し考えてから「わかった」と言った。


「じゃあ、しばらくはただここにいよう。四人で」


「ああ」


「……ただここにいる、か」


 ちひろが、空を見上げながら言った。


「なんか——それが一番難しくて、一番大事なことな気がする」


「そうかもしれない」


「うん」


 星が、出始めていた。


 今夜も、何万光年も離れた場所から、光が届いていた。


 諦めずに。


 届け続けながら。


 四人で、夕暮れの道を歩いた。


 この世界が完成した夜を。


 四人で、歩いた。


お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに。

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