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3-16「始まりの場所」

 光が、俺たちを包んだ。


 温かかった。


 深層に踏み込んだときとは、違う温かさだった。


 深層は——静かで、遠い温かさだった。


 でも今の光は——近い。


 手が届く距離にある温かさ。


 俺はちひろと並んで、光の中を歩いた。


 足元に地面がある。


 踊り場の床と同じ感触だった。


 でも——景色は、全く違っていた。


――


 光が、少しずつ薄くなった。


 向こう側が、見えてきた。


 俺は、目を細めながら、その場所を見た。


 数字の海でも、核の設計図でも、深層の中心部でもない。


 別の場所だった。


 広い空間。


 でも——何かが、そこに積み重なっていた。


 記憶のように見えた。


 映像のような、音のような、感触のような——何かが、空間の中に漂っていた。


「……ここは何だ」


 俺は、ちひろに聞いた。


 ちひろは、周囲を見渡していた。


「……知ってる。ここ」


「知っているのか」


「うん。深層にいたとき、ぼんやりと感じてた場所だ。でも、来たことはなかった」


「何の場所だ」


「……この世界の、記憶が積まれてる場所だと思う」


 俺は、周囲を見た。


 漂っているものが——少しずつ、見えてきた。


 ちひろが振り子実験をしているところ。


 ノートに数字を書いているところ。


 陽菜と笑っているところ。


 一ノ瀬と、何かを話しているところ。


 全部——ちひろの記憶だった。


「ちひろ、これは」


「私の記憶だ」


「全部?」


「全部じゃない。でも——大事な記憶が、ここに来てる」


「なぜここに?」


「……わからない。でも、深層にいたとき——大事なものを、ここに置いてきてた気がしてた」


 俺は、その記憶の断片を見ながら——別のものに気づいた。


 ちひろの記憶だけじゃない。


 知らない記憶も、漂っていた。


「……ちひろ、これは誰の記憶だ」


 俺は、一つの光の断片を指した。


 そこには——知らない人が映っていた。


 でも——何かが、俺に似ていた。


「……前の#001だ」


 ちひろが、静かに言った。


「前の#001の記憶が、ここに残っている」


「記録者が言っていた。記録は続く、と」


「うん。ここが——その記録の場所かもしれない」


 俺は、前の#001の記憶を見た。


 はっきりとは見えなかった。


 でも——その記憶の断片の中に、ちひろがいた。


 前の世界のちひろが。


 そして——前の#001が、何かを届けようとしていた。


 届かなかった。


 でも——諦めていなかった。


「……届けようとしていたんだな、最後まで」


 俺は、その断片に向かって言った。


「お前の分も、届けた。ちゃんと届けた」


 断片が——少しだけ、揺れた。


 まるで、聞こえたように。


 ちひろが、その断片を見ていた。


「……前の私も、ここにいるのかな」


「いるかもしれない」


「前の私に、会えるかな」


「……わからない。でも——記録は残っている」


 ちひろは、少しだけ目を細めた。


「前の私へ」


 ちひろが、空間に向かって言った。


「今回は、届いたよ。あなたが作ったものが、ちゃんと届いた。剛さんが来てくれた。陽菜も一ノ瀬くんも、ちゃんとそこにいる」


 空間が、静かに揺れた。


「……ありがとう。前の私が作ったものを、私が引き継いだ。今度は私が、ちゃんとここにいる」


 俺は、ちひろの言葉を聞いていた。


 前の世界から今の世界へ、引き継がれてきたもの。


 ちひろが作り、届けようとしたもの。


 それが——ここに積み重なっていた。


「ちひろ」


「なに」


「この世界を作った理由——最後の答えが、ここにあるか」


 ちひろは、周囲を見渡した。


「……ある気がする。でも——」


「でも?」


「言葉にするのが難しい」


「試してくれ」


 ちひろは、しばらく黙っていた。


 空間の記憶が、ゆっくりと揺れていた。


「……私が世界を作った理由は——誰かと、ちゃんとここにいたかったから、だと思う」


「誰かと、ここにいたかった」


「うん。深層にいたとき、ぼんやりと感じてた。私は——一人でいることが、得意じゃなかった。でも、一緒にいられる場所を作ることはできた」


「だからこの世界を作った」


「……そう。でも、誰かに来てもらわないと意味がない。だから——呼んだ」


「俺を」


「うん。あなたを」


「なぜ俺だったのか——前の#001との繋がりがあったから、か」


「それもあると思う。でも——もう一つ、感じることがある」


「なんだ」


「……剛さんも、一人でいることが得意じゃなかったんじゃないかって」


 俺は、その言葉を受け取った。


「……そうかもしれない」


「四十三年間、一人でコードを書いてた。でも——誰かのそばにいたかった。誰かに届けたかった」


「……届けるためのコードを、あの夜に書いていた」


「そう。私と剛さんは——同じものを探してた。ここにいられる場所を」


 俺は、空間の記憶を見た。


 ちひろの記憶。前の#001の記憶。


 全部が、同じ方向を向いていた。


 誰かとここにいること。


「……ここが、俺たちの答えか」


「うん。この世界は——誰かとちゃんとここにいるための、場所だった」


「バグだらけだが」


「バグだらけの、きれいな世界」


 ちひろが笑った。


 俺も、小さく笑った。


「……帰ろう」


「うん」


「陽菜と一ノ瀬が待っている」


「うん。待たせすぎたら陽菜が騒ぐ」


「騒ぐな」


「絶対騒ぐよ」


 二人で、光の方へ向かった。


 帰り道は、来たときより——近かった気がした。


 この場所の記憶を、胸に抱きながら。


 俺たちは、踊り場へ戻った。


お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに。

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