3-14「根を張る、ということ」
木曜日の朝。
残り一日。
目が覚めたとき、すぐに考え始めた。
行動。
残ると決めた答えを、行動で示す。
記録者は「自分で見つけるもの」と言った。
ちひろは「なんとなくわかる気がする」と言った。
俺は——まだ、わからなかった。
でも、何かが引っかかっていた。
昨夜、眠る前に考え続けた。
残るということは、何を意味するか。
この世界で生き続ける、ということ。
ちひろたちと一緒にいる、ということ。
でも——それだけか?
何かが足りない気がした。
「残る」という言葉は、消極的だ。
「逃げない」という意味の「残る」ではなく——「ここを選ぶ」という意味の「残る」でなければならない。
ここを選ぶ。
選ぶとは——何かを、する、ということだ。
俺は、その「何か」を探していた。
――
朝食の席。
「お母さん」が、味噌汁を出してくれた。
「今日も考え事してる?」
「……少し」
「昨日より、顔がすっきりしてるね」
「答えが出たから」
「そっか」
「お母さん」は、向かいに座った。
「ちひろが答えを出したとき、いつも顔が変わるんだよね」
「そうか」
「うん。小さい頃からそうだった。何かを決めたとき、ぱっと顔が明るくなる」
俺は、その言葉を聞いて——少し止まった。
「小さい頃から?」
「そう。ちひろって、決断が早い子じゃないじゃない。ゆっくり考えて、でも一度決めたら迷わない」
「……そうか」
「今もそう。ゆっくり考えてたと思ったら——急に顔が変わった。決まったんだなって」
俺は、「お母さん」を見た。
この人は——ちひろのことを、よく知っている。
ちひろが作ったこの世界の中で、ちひろのそばにいた「お母さん」が。
「……一つ、聞いていいか」
「なに?」
「この家で——ちひろは、どんな子だったか」
「お母さん」は、少し不思議そうな顔をした。
「なんで急に?」
「……聞いてみたかった」
「そう」
「お母さん」は、少し考えてから言った。
「ちひろは——よく、外を見てる子だったな。窓から、空を見たり、庭を見たり。なんか、世界を観察してるみたいな目をしてた」
「観察してた、か」
「うん。で、気づいたことを、ノートに書き留めてた。なんの数字かわからないけど、よく数字を書いてた」
「……振り子の、データだ」
「え?」
「……なんでもない。続けてくれ」
「でもね、外を見てるだけじゃなかったよ。ちゃんと、ここにもいた。ご飯を一緒に食べて、学校の話をして、ここが好きだってわかる子だった」
「ここが、好きだった」
「うん。家が好きな子だったと思う。外の世界も気になってたけど——ちゃんと、ここに根を張ってた」
俺は、その言葉で——止まった。
根を張る。
「……根を張る」
「え?」
「……ちひろは、ここに根を張っていたんだな」
「そうそう、そういう感じ。外に出たい気持ちもあるけど、ここに根があるから安心して出られる、みたいな」
俺は、箸を置いた。
「……ありがとう」
「また言う」
「大事なことを、教えてもらった」
「何を?」
「……行動すべきことを、教えてもらった」
「お母さん」は、不思議そうな顔のまま「そっか」と言った。
俺は、残りの味噌汁を飲み干した。
根を張る。
それだ。
――
学校に着いて、すぐに陽菜に捕まった。
「剛さん! 行動って何するの!? 教えて!!」
「……まだ言葉にできていない部分がある」
「でも、わかったんでしょ? 顔でわかる!」
「……わかってきた」
「どんな行動!?」
「根を張ること、だと思う」
「根を張る?」
「この世界に、ちゃんと根を張ること。残ると決めただけじゃなく——ここで生きていくための根を張ること」
陽菜は、少し考えた。
「……具体的には?」
「それを、今日考える」
「今日考えるの!? 残り一日なのに!?」
「大丈夫だ。ヒントはある」
「ヒントって何!?」
「……「お母さん」が、教えてくれた」
「え、お母さんが!?」
「ちひろはこの家に根を張っていた、と言っていた。外を観察しながら、でもちゃんとここにいた」
陽菜は、しばらく考えた。
「……じゃあ、剛さんが根を張るには——ここで、ちひろがしてたことをする?」
「それだけじゃない。俺自身の根を張る必要がある」
「剛さん自身の、根」
「ちひろの身体を借りているが——この世界で生きていくのは、俺だ。俺の根を、ここに張る」
「……どうやって?」
「……今日、見つける」
――
昼休み、図書室。
四人で集まった。
俺は、朝の「お母さん」の言葉を報告した。
「根を張ること——それが行動だと思う」
「根を張る、か」
一ノ瀬が、ノートに書いた。
「具体的にどういう行動が、それに当たるか」
「……考えていた。一つ、思うことがある」
「なんだ」
「この世界に来てから、俺はずっと『ちひろを探す』ことを目的にしていた。それが終わった。次の目的が、まだない」
「目的がないことが、問題か」
「問題じゃない。でも——根を張るためには、目的が必要な気がする。この世界で、何かをやり続ける理由が」
「何をやり続けたいんだ」
俺は、少し考えた。
「……この世界のバグを、記録し続けることかもしれない」
「バグを記録する?」
「一ノ瀬がずっとやってきたことだ。俺も、エンジニアとして——この世界の異常を記録し、分析し続ける。それが、俺にできる根の張り方かもしれない」
一ノ瀬が、俺を見た。
「……それは、俺と一緒にやれる」
「ああ」
「俺一人でやってきたことを——二人でやれる」
「そうだ」
一ノ瀬は、ノートを閉じた。
「……それが、答えだと思う」
「根拠はあるか」
「……ない。でも」
「根拠のない確信か」
「……そうだ」
陽菜が「一ノ瀬くんも言えるようになった!!」と言った。
「……慣れてきた」
「何に?」
「……根拠のない確信に」
「成長だ!!」
ちひろが、俺を見た。
「……それが行動だと思う。私も、そう思ってた」
「なぜ言わなかった」
「剛さんが自分で見つけないと意味がないから」
「……そうか」
「うん。でも——一ノ瀬くんと一緒に記録を続けるって聞いて、よかったと思った」
「なぜ」
「剛さんが、この世界に自分の仕事を見つけたから」
俺は、ちひろの言葉を受け取った。
自分の仕事を見つけた。
根を張るための、仕事を。
「……今日の放課後、試してみる」
「何を?」
「根を張ることが、第三の出口の条件を満たすかどうか」
「どうやって確認するの?」
「……記録者に聞く。あるいは——世界が答えてくれるかもしれない」
陽菜が「残り一日だ!! 行こう!!」と言った。
四人で、頷いた。
残り一日。
根を張る行動が、見えた。
今日、やる。
それで——扉が開く。
そう思えた。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




