↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/70

3-12「お前の番だ」

 火曜日の夜。


 眠る前に、ノートを開いた。


 「残る」のページ。「戻る」のページ。


 残るページを、もう一度読んだ。


 ちひろ。陽菜。一ノ瀬。


 この世界で起きた全てのこと。


 それが、ここにある。


 俺は、ノートを閉じた。


 目を閉じた。


 今夜、もう少し見えるかもしれない。


 そう思いながら、眠りに入った。


――


 夢の中は、光だった。


 いつもの数字の海。653のパターン。


 でも今夜は——違った。


 光が、いつもより穏やかだった。


 波のように揺れていた。


 俺は、その中に立っていた。


 そして——輪郭があった。


 昨夜と同じ人の輪郭。


 でも今夜は、少し近かった。


 俺は、その輪郭に近づいた。


 近づくほど——形がはっきりしていった。


 男の人だった。


 背格好は——俺と似ていた。


 顔が、見えそうで、見えない。


 でも——何かが、伝わってきた。


 疲れた感じがした。


 でも——穏やかな疲れだった。


 やるだけやった、という感じの。


「……お前が、前の#001か」


 俺は聞いた。


 夢の中なのに、声が出た。


 輪郭が——頷いた。


「お前は、届けられなかったのか」


 また、頷いた。


「なぜ届かなかった」


 輪郭は、少し間を置いてから——口を動かした。


 声は聞こえなかった。


 でも、唇の動きが読めた気がした。


「……時間が、なかった」


 そういう意味だと、俺は感じた。


「時間がなかったのか」


 頷いた。


「でも——お前は、ちひろのために来たんだろ」


 また頷いた。


「届けたかったんだろ」


 今度は、頷かなかった。


 でも——そうじゃない、という雰囲気でもなかった。


 ただ、少し——俯いた。


 俺は、その輪郭を見た。


「……お前のやりたかったことを、俺がやった」


 輪郭が、顔を上げた。


「前の世界では届かなかった。今の世界で、俺が届けた。ちひろは戻った。陽菜も一ノ瀬も、ちゃんとそこにいる」


 輪郭が——少しだけ、動いた。


 何かが、緩んだように見えた。


 それから。


 輪郭が、手を向けた。


 昨夜と同じ動作。


 でも今夜は——その先が、見えた。


 手が向いていた先は——俺自身だった。


 俺に向けていた。


 何かを示すように。


 あるいは——俺を、指していた。


 そのとき、声が聞こえた。


 かすかな声だった。


 でも——はっきりと聞こえた。


「……お前の、番だ」


 声が、消えた。


 輪郭が、消えた。


 光だけが残った。


 653のパターンが、静かに揺れていた。


 俺は、その光の中に立っていた。


 一人で。


 でも——一人じゃない感じがした。


 前の#001が、ここまで繋いでくれた。


 そして今、俺の番だ。


――


 目が覚めた。


 朝だった。


 窓の外から、朝の光が差し込んでいた。


 俺は、天井を見ながら——夢の言葉を反芻した。


「お前の番だ」


 お前の番。


 前の#001が届けられなかったことを、俺が届けた。


 そして今度は——俺の番が来た。


 何の番なのか。


 それは——答えを出す番だ。


 前の#001は、答えを出す前に時間がなくなった。


 時間がなかった。


 その言葉が、胸に刺さった。


 どんな状況だったのか、俺には想像しかできない。


 でも——届けたくて、届けられなかった。


 その無念さが、夢の中の輪郭から伝わってきた気がした。


 穏やかな疲れ。やるだけやった、という感じ。


 でも——それだけじゃなかった。


 「お前の番だ」と言ってくれた。


 俺に、渡してくれた。


 バトンを。


 四十三年生きてきて——誰かからバトンを渡されたことが、あっただろうか。


 仕事では、引き継ぎをすることはあった。でもそれは、業務の引き継ぎだ。


 これは——違う。


 もっと根本的な何かの、引き継ぎだ。


 俺は、しばらくそのことを考えた。


 それから、起き上がった。


 ノートを開いた。


 「残る」のページを、もう一度見た。


 そして——ペンを取った。


 「残る」のページの最後に、一行書いた。


「前の俺に、ありがとうと言いたい」


 それだけ書いた。


 ペンを置いた。


 答えが——出ていた。


 まだ、言葉にはなっていない。


 でも、心の中では——決まっていた。


 俺はスマホを取り出した。


【俺:夢の中で、前の#001の声が聞こえた。「お前の番だ」という言葉だった。今日、話したい】


 送信した。


 すぐに返信が来た。


【ちひろ:聞こえた。同じ言葉だった。今日、学校で話そう】


【一ノ瀬:わかった】


【陽菜:聞こえた!!!今日話そう!!!残り一日になる前に!!!】


 俺は、スマホを置いた。


 「お母さん」が朝食を作っている音が、台所から聞こえた。


 今日も、いつもの朝だ。


 でも——今日は、違う朝だ。


 俺の番が、来た。


 答えを出す日が、来た。


 俺は立ち上がって、部屋を出た。


 「お母さん」が、俺の顔を見て言った。


「……なんか、顔が違う」


「そうか」


「うん。昨日と、また違う。なんか——決まった顔」


「……そうかもしれない」


「そっか」


 「お母さん」は、それ以上聞かなかった。


 俺は、朝食を食べた。


 味がした。ちゃんと味がした。


 この世界の朝食の、温かい味が。


 今日、答えを出す。


 前の#001が繋いでくれたものを、受け取って。


 俺の番を、やり遂げる。


 そう思いながら、俺は朝食を食べ終えた。


お読みいただきありがとうございます。

次回もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。