3-11「前の#001」
火曜日の朝。
残り二日。
夢を見た。
今回は——これまでと違った。
光の場所。653のパターン。
でも今回は、その光の中に——輪郭があった。
人の輪郭。
顔は見えなかった。でも——立っている人がいた。
俺の方を向いている気がした。
「誰だ」と聞こうとした。
でも、声が出なかった。
その人は、何も言わなかった。
ただ——手を、こちらに向けた。
何かを示すように。
それだけで、夢が終わった。
俺は、目を覚ました瞬間から、その輪郭を追いかけようとした。
でも——顔は、見えなかった。
スマホを取り出した。
【俺:今朝の夢、声の主らしき人の輪郭が見えた。顔はわからない。手をこちらに向けていた】
返信が来た。
【ちひろ:私も見た。同じ人だと思う。手を向けてた】
【一ノ瀬:俺も。立っている人の輪郭だけ見えた】
【陽菜:私も!!輪郭だけ!! 残り二日カウントダウン始めてるね!!】
――
登校途中、ちひろと並んで歩いた。
「輪郭——何か、感じ取れたか」
「……少しだけ」
「何を感じた」
「なんか——知っている人の感じがした。前にも言ったけど、今回はもう少しはっきりした。会ったことのある人、じゃなくて——もっと近い感じ」
「近い?」
「うん。なんか、家族みたいな感じ、っていうのかな。違うかもしれないけど」
俺は、その言葉を受け取った。
家族みたいな感じ。
「……ちひろ、一つ聞いていいか」
「なに?」
「前の#001について——深層で感じたことを、もう少し教えてくれ」
「前の#001?」
「ああ。前の世界にいたはずの、最初の訪問者だ」
ちひろは、少し考えた。
「……深層にいたとき、ぼんやりと感じたことがある。今の世界の前の記録を。はっきりとは見えなかったけど——前の#001のことを、なんとなく感じた気がした」
「どんな感じだった」
「……遠い感じ。でも——懐かしい感じ」
「懐かしい?」
「うん。会ったことがないはずなのに、懐かしい感じ。そして——今の剛さんと、なんか似てる感じがした」
俺は、立ち止まりかけた。
「似てる」
「うん。同じ人じゃない。でも——雰囲気が似てる。考え方が似てる気がした」
「それは——」
「もしかしたら、前の#001が——剛さんの知り合いだったのかもしれない。あるいは、剛さんが前の#001だったのかもしれない」
俺は、息を止めた。
「俺が、前の#001?」
「……わからない。でも、あり得る気がする。前の世界では届かなかった。今の世界で届いた。前の世界でも剛さんが#001として来ていて、届けられなかった——そして今回、また来た」
「二度目、ということか」
「陽菜が二度目なら——剛さんも二度目の可能性がある」
俺は、歩き続けながら、その仮説を咀嚼した。
俺が前の世界にもいた。
前の世界では届かなかった。
そして今の世界で——届いた。
「……もしそうなら、夢の中の輪郭は」
「前の世界の剛さんかもしれない」
「前の俺が——今の俺に、何かを示している」
「そうかもしれない」
俺は、手を向けていた輪郭を思い出した。
何かを示すように。
それは——どこを示していたのか。
「……示していた先に、何があったか、覚えているか」
「……私の夢では、見えなかった。手の先まで追えなかった」
「俺もだ」
「でも——今夜の夢で、もう少し見えるかもしれない」
「残り二日だ」
「うん。今夜が勝負かもしれない」
――
昼休み、図書室。
四人で報告し合った。
「夢の中の輪郭——前の#001かもしれない」
俺は言った。
「そして、前の#001は——今の俺と似ている存在かもしれない」
「つまり——前の世界でも、同じような誰かが来ていた」
「届かなかった前の世界で、同じようなことを試みた」
「でも届かなかった」
「今回は届いた」
「……じゃあ、前の#001は今どこにいるの?」
陽菜が聞いた。
「わからない。前の世界が終わったとき——前の#001も、消えたのかもしれない」
「消えた……」
「でも、記録は残っている。記録者が言っていた。記録は続く、と」
「じゃあ、記録の中に残ってる」
「そうだ」
「……なんか、切ない」
陽菜が、静かに言った。
「前の#001は、届けられなかった。でも今の剛さんが届けた。前の人の分まで」
俺は、その言葉を受け取った。
前の人の分まで。
「……そういうことかもしれない」
「じゃあ——前の人に、ありがとうって言いたいな」
「どうやって」
「夢の中で会えるかもしれないじゃん。今夜」
一ノ瀬が、静かに言った。
「……その可能性はある」
「じゃあ今夜、会えたら伝えよう。前の#001に——ありがとうって」
ちひろが言った。
「……うん。伝えたい」
四人が、それぞれの思いで頷いた。
――
放課後、一ノ瀬と話した。
「前の#001が俺だったとして——何かが変わるか」
「……お前の答えに、影響するかもしれない」
「どういうことだ」
「前の世界では届かなかった。今の世界で届いた。それは——お前が二度目として来て、今回はちゃんとやり遂げたということだ」
「やり遂げた、か」
「前の世界のお前は、届けられなかった。今の世界のお前は、届けた。それで——終わりにしていい、という意味かもしれない」
「終わり——戻っていい、ということか」
「あるいは——やり遂げたから、残ることを選んでいい、ということかもしれない」
「どちらだ」
「……それは、お前が決めることだ」
俺は、窓の外を見た。
「……一ノ瀬」
「なんだ」
「前の#001は、どんな人間だったと思う」
「……わからない。でも」
「でも?」
「今のお前と似ていたなら——きっと、仲間だったと思う」
俺は、その言葉を受け取った。
仲間。
「……ありがとう」
「礼はいらない」
「でも言う」
一ノ瀬は、少し間を置いた。
「……どういたしまして」
俺は、小さく笑った。
残り二日。
今夜の夢で——もう少し、見えるかもしれない。
前の俺が、何かを示していた先に——答えがある。
その予感が、今日は強かった。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




