3-7「届いた先に、いた人」
土曜日の朝。
残り四日。
今日も夢を見た。
でも——今回は、これまでと違った。
声が、明瞭だった。
言葉が、ちゃんと聞こえた。
「届いた先に、いた人のために」
それだけだった。
でも——その言葉が、俺の中で何かを動かした。
届いた先に、いた人。
いた人。
俺は、スマホを見た。
【俺:今朝の夢、「届いた先に、いた人のために」という言葉が聞こえた】
返信が来た。
【ちひろ:……私も、同じ言葉を聞いた。でも、もう少し長かった】
【俺:どんな言葉だった】
しばらく間があった。
【ちひろ:……話すの恥ずかしいから直接話す。今日、時間ある?】
【俺:ある】
【ちひろ:じゃあ午後、南公園に来て。二人で話したい】
――
午後、南公園。
桜並木を抜けた先のベンチ。
ちひろが待っていた。
俺が近づくと、ちひろは少し恥ずかしそうな顔をしていた。
「来た」
「ああ」
「……なんか、呼び出してごめん」
「気にするな。何を聞いたんだ、夢で」
ちひろは、少し深呼吸をした。
「……これ言うの、恥ずかしいんだけど」
「言ってくれ」
「……夢の中で、声が聞こえた。『届いた先に、いた人のために、作った』って」
俺は、その言葉を受け取った。
「届いた先に、いた人のために、作った」
「うん」
「その『いた人』が——誰だと思う」
ちひろは、少しだけ俺を見た。
「……剛さんだと思う」
俺は、息を止めた。
「なぜそう思う」
「なんとなく。夢の中で、その言葉を聞いたとき——顔は見えなかったけど、剛さんのことを思い浮かべた。これが答えなんじゃないかって」
「俺のために、この世界を作った」
「……そう思う。でも」
「でも?」
「おかしいんだよね」
「何が」
「私、剛さんのことを知らなかったはずだから」
俺は、その言葉の意味を受け取った。
「ちひろは——この世界を作る前から、俺を知っていたのか?」
「……知らなかったと思う。でも、夢の言葉が正しければ——剛さんのために作ったことになる」
「それは矛盾する」
「うん。矛盾する。だから、まだわからない部分がある」
「知らない人のために、作ることはできない」
「……そうなんだよ。でも——知らなかったのに、なぜか剛さんのために、という感覚があった」
俺は、ベンチに座った。
ちひろも、隣に座った。
「一つ、可能性がある」
「なに?」
「前の世界に、#001がいた。その人が——現実の世界の俺と、何らかの繋がりを持っていた可能性がある」
「前の#001が?」
「ちひろが前の世界で#001と出会い、その記憶は引き継がれなかった。でも——感覚だけが残った。知っている人のために、という感覚が」
「……だから、剛さんを呼んだ?」
「意識的ではなかったかもしれない。でも——無意識に、前の世界で出会った誰かの面影を持つ人を、呼んだ」
「その誰かが——剛さんだった?」
「あるいは、俺に似た誰かだった」
ちひろは、しばらく黙っていた。
「……複雑だな」
「ああ」
「でも——なんか、少し、わかった気がする」
「何が」
「私がなぜ剛さんを呼んだかが。完全にはわからないけど——なんとなく」
「俺も、少しわかった気がする」
「何が?」
「なぜ俺がここに来たのか」
ちひろは、俺を見た。
「なんで?」
「……呼ばれたから、というだけじゃない気がしてきた。俺も、何かを探していたのかもしれない」
「何を?」
「……まだわからない。でも——この世界に来て、お前たちに会って。探していたものが、ここにあった気がする」
ちひろは、しばらく俺を見ていた。
それから——少し、照れくさそうに笑った。
「……なんか、おじさんにしては、いいこと言うな」
「四十三歳に向かって——」
「おじさんでしょ」
「……もう慣れた」
「え、認めた!?」
「認めていない。諦めた」
「それ同じじゃん」
ちひろが笑った。
公園の風が、落ち葉を揺らした。
「ねえ、剛さん」
「なんだ」
「第三の出口の条件——少しわかった気がする」
「どういうことだ」
「『誰かのために』の答えが剛さんなら——第三の出口の条件も、剛さんに関係するんじゃないかって」
「俺に関係する条件」
「うん。たとえば——剛さんが、戻るかどうかの答えを出したとき。それが条件になる、とか」
俺は、その言葉を聞いて——止まった。
「俺の答えが、条件になる?」
「あくまで仮説だけど。『三人が同じ方向を向いているとき』出口が開くって言ったじゃん。その方向が——剛さんの答えと一致したとき、なのかもしれない」
「俺が戻ると決めたとき、あるいは残ると決めたとき——それが条件」
「……そう思う。でも、急がなくていい。答えは剛さんが出すものだから」
俺は、空を見上げた。
秋の空。雲が流れていた。
「……残り四日か」
「うん」
「急がなくていいと言いながら、制約はある」
「そうだね」
「でも——今日、少し進んだ気がする」
「うん。私も」
ちひろが、立ち上がった。
「帰ろうか。陽菜と一ノ瀬くんに報告しないといけない」
「そうだな」
「……剛さん」
「なんだ」
「来てくれて、よかった。この世界に」
俺は、ちひろを見た。
「何度目だ、それ」
「何度でも言う」
「……ありがとう」
「おじさんがお礼言った!」
「当然だ」
「なんか新鮮」
二人で、公園を歩き出した。
落ち葉が、足元で音を立てた。
答えが、また少し近くなった。
でも——残り四日。
まだ、間に合う。
俺は、そう思った。
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