3-4「誰かのために、という声」
水曜日の朝。
目が覚めた瞬間、昨夜の夢が残っていた。
今回は——消えなかった。
俺は、目を閉じたまま、夢の内容を確認した。
光の場所。653のパターン。
そして——声。
昨夜より、ずっとはっきり聞こえた。
声の主は、見えなかった。でも——声は届いた。
繰り返し、同じ言葉を言っていた。
「誰かのために」
それだけだった。
でも——それだけが、俺の耳の奥に残っていた。
俺は起き上がって、スマホを手に取った。
【俺:夢を見た。「誰かのために」という言葉が聞こえた】
送信した。
すぐに返信が来た。
【ちひろ:私も。同じ言葉だった】
次に一ノ瀬から。
【一ノ瀬:俺も同じ言葉を聞いた】
最後に陽菜から。
【陽菜:私も!!「誰かのために」って!! ねえねえこれすごくない!?!?】
四人全員が、同じ言葉を聞いた。
――
登校途中、ちひろと並んで歩いた。
「昨夜の夢——今回はちゃんと覚えてた」
「俺も。昨日、意識して眠ったのが効いたかもしれない」
「声、誰だったと思う?」
「わからない。でも——」
「優しかった」
「うん。優しかった」
ちひろは、少しだけ遠い目をした。
「『誰かのために』って、私がずっと考えてたことだ」
「わかっている」
「なんか——夢の中で、その言葉を聞いたら……すごく、胸が痛くなった」
「胸が痛くなった?」
「うん。悲しいとか苦しいとかじゃなくて——なんか、温かい痛さ。思い出したくなるような」
俺は、その表現を受け取った。
温かい痛さ。
「ちひろ——その声が、誰だったか、感覚ではわかるか」
ちひろは、しばらく考えた。
「……わからない。でも、知っている人の気がした。会ったことのある人。会ったことが——あるのかな」
「あるのかな、とは?」
「なんか、直接会ったわけじゃない気もするけど——知ってる人の感じがした。うまく言えない」
「……わかった」
「剛さんは? 誰だと思った?」
「俺も——知っている人の声だと思った。でも誰かは特定できない」
ちひろは頷いた。
「今日、みんなで話そう」
「ああ」
――
昼休み、図書室。
四人で報告し合った。
「全員、同じ言葉を聞いた。『誰かのために』」
一ノ瀬が、ノートに記録しながら言った。
「この言葉は——ちひろがこの世界を作った理由と直結している」
「ちひろがよく言っていた言葉だ」
「だとすれば——夢を通じてメッセージを送っている存在は、ちひろのことを知っている」
「あるいは——ちひろの内側から来ているのかもしれない」
全員が、ちひろを見た。
「……私の内側から?」
「ちひろが深層を経験したことで、何かが変わった可能性がある。夢を通じて、ちひろの無意識が——俺たちに語りかけているのかもしれない」
「私の無意識が……」
ちひろは、少し考えた。
「でも、私は自分でその声を聞いてるじゃん。自分の無意識から来てるなら、自分には聞こえないんじゃ?」
「……そうだな。矛盾する」
陽菜が言った。
「じゃあ、ちひろの外側から来てる。でもちひろのことをよく知ってる。そういう存在って——」
陽菜が、少し間を置いた。
「この世界じゃないの?」
「この世界が?」
「ちひろがこの世界を作ったなら——この世界はちひろのことをよく知ってる。ちひろの記憶も、感情も、全部この世界に入ってる。だから——」
「この世界が、ちひろの代わりに語りかけている」
一ノ瀬が、静かに続けた。
「……ちひろが作った世界が、ちひろに向かって——『誰かのために』という言葉を返している」
静寂が落ちた。
「自分が埋め込んだ言葉が、世界を通じて自分に返ってきた」
「……なんか、不思議」
ちひろが、呟いた。
「でも——それなら、この世界は私に何かを伝えたいんだ」
「何を?」
「『誰かのため』の答えを」
俺は、ちひろを見た。
「お前は——その答えに、近づいている気がするか」
ちひろは、しばらく黙っていた。
「……近づいてると思う。でも、まだ怖い」
「何が怖いんだ」
「答えがわかったとき——何かが変わるのが怖い。剛さんに関係することだから」
「俺に関係する?」
「うん。なんとなく、そう思ってる。『誰かのため』の誰かが——剛さんに繋がってる気がして」
俺は、息を止めた。
「俺に?」
「うん。でも——まだわからない。確信がない」
「わかった。急がなくていい」
「ありがとう」
「でも——七日以内という制約はある」
「……うん。わかってる」
陽菜が、空気を変えるように言った。
「とりあえず、今夜も夢を見よう! 昨日より今日の方がちゃんと聞けたんだから、明日はもっとちゃんと聞けるかもしれない!」
「そうだな」
「……ああ」
「うん」
「よし! じゃあ今夜の作戦は——ちゃんと聞く、プラス、答えを見つけようって思って眠る!」
陽菜が、メモに書いた。
「今夜の作戦:ちゃんと聞く+答えを見つける」
「シンプルすぎる」
「シンプルが一番!」
一ノ瀬が、静かに言った。
「……昨日よりは具体的だ」
「一ノ瀬くん、それ褒めてる?」
「……褒めている」
「やった!」
――
放課後。
一ノ瀬と二人で話した。
「『誰かのために』の誰かが——俺に繋がっているとちひろは言った」
「ああ」
「だとすれば——俺がこの世界に来た理由と、ちひろがこの世界を作った理由が、同じ根を持っているかもしれない」
「同じ根」
「ちひろは俺を呼んだ。俺はちひろの呼びかけを受け取った。その繋がりの根元に——答えがある」
「……その答えが、第三の出口の条件とも繋がっている」
「ちひろの言葉通り、全部が同じ問いの違う面なら——一つが解ければ、全部が解ける」
一ノ瀬は、ノートに書いた。
「……残り六日だ」
「ああ」
「今夜の夢で、もう少し近づけるかもしれない」
「そう思う」
俺は、窓の外を見た。
空は、今日も白くなっていない。
でも——次の空白化は、あと六日以内に来る。
それまでに。
答えを、見つける。
「誰かのために」という言葉の答えを。
ちひろが向いていた方向を。
そして——俺自身の答えを。
今夜、また夢を見る。
今夜こそ、もう少し先まで聞けるかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




