3-3「同じ夢を見ていた」
火曜日の朝。
目が覚めたとき、夢の残像があった。
夢を見ていた。
数字の海。光の粒。653のパターン。
そして——誰かの声。
聞き覚えのある声だった。
でも、目が覚めると同時に、内容が霧散した。
声が誰のものだったか。何を言っていたか。全部、消えていった。
俺はベッドの中で天井を見ながら、その残像を追いかけようとした。
でも——掴めなかった。
「お母さん」が朝食を作っている音が、台所から聞こえた。
俺は起き上がった。
――
教室に入ると、ちひろがすでに席にいた。
窓の外を見ていた。
俺が近づくと、ちひろが振り返った。
「おはよう」
「おはよう」
ちひろは、少し不思議そうな顔をしていた。
「どうした」
「……昨夜、変な夢を見た」
俺は、立ち止まった。
「変な夢」
「うん。なんか、光がいっぱいある場所で、誰かと話してた夢。でも起きたら全部忘れてて」
俺は、席に座った。
「……俺も」
「え?」
「昨夜、同じような夢を見た。光がある場所で、誰かの声が聞こえた。でも内容は覚えていない」
ちひろが、じっと俺を見た。
「……同じ夢?」
「同じかどうかはわからない。でも——似ている」
ちひろは、少し考えた。
「数字、あった?」
「あった。653のパターンが光っていた気がする」
「私も。光の粒がいっぱいあって、653が見えた」
俺たちは、しばらく黙って顔を見合わせた。
「……これは偶然じゃないな」
「うん。偶然じゃないと思う」
「深層との繋がりが、まだ残っているのかもしれない」
「私も、そう思った」
陽菜が、教室に入ってきた。
「おはよ——なんか、二人で真剣な顔してる」
「昨夜、同じような夢を見た」
「え、ラブコメじゃん」
「違う」
「いや、同じ夢を見るって——」
「ちひろが深層と、まだ繋がっている可能性がある話だ」
「あ、そっちか」
陽菜が、鞄を置いた。
「どんな夢だったの?」
「光がある場所で、誰かの声が聞こえた。でも内容は覚えていない」
「誰の声かもわからないの?」
「わからない」
「……記録者?」
俺は、その可能性を考えた。
「記録者は、テキストで送ってくる。声を使った例はない」
「じゃあ誰?」
「わからない。でも——夢の中で、何かが伝えようとしていた気がする」
ちひろが言った。
「私も、同じ感覚がある。誰かが、何かを言おうとしてた。でも届かなかった感じ」
「届かなかった?」
「うん。声が、もう少しで聞こえるところまで来てたのに、起きてしまった感じ」
一ノ瀬が、教室に入ってきた。
俺と陽菜とちひろが、一ノ瀬を見た。
「……なんだ」
「昨夜、夢を見たか」
一ノ瀬は、少し間を置いた。
「……見た」
「どんな夢だ」
「光がある場所で、数列が見えた。それだけだ」
「声は?」
「……聞こえた気がする。でも内容は覚えていない」
四人が、顔を見合わせた。
「四人とも、同じような夢を見た」
俺は言った。
「偶然じゃない」
「ああ」
「何かが——俺たちに、夢を通じて何かを伝えようとしている」
「何を」
「それがわからない」
陽菜が言った。
「次の夢で、ちゃんと聞けないかな」
「どういうことだ」
「夢の中で、ちゃんと聞こうとすれば、聞こえるかもしれない。起きる前に」
「夢をコントロールするのは難しい」
「でも、意識することはできるじゃん。今夜寝る前に、ちゃんと聞こうって思って寝れば——少し変わるかもしれない」
俺は、その発想を評価した。
明晰夢の原理に近い。寝る前に強く意識することで、夢の中での意識が高まる。
「……試す価値はある」
「でしょ!」
――
昼休み、図書室。
四人で、夢についての情報を整理した。
「共通点は、光の場所、653のパターン、誰かの声、の三つだ」
「そして——全員、声の内容が聞き取れなかった」
「ちひろ」
「なに」
「深層との繋がりが残っているとすれば——夢を通じて深層に接触している可能性がある」
「うん、私もそう思う」
「誰が接触してきているのか——記録者か、マスタープロセスか、あるいは別の何かか」
「……わからない。でも、悪意は感じなかった」
「悪意は?」
「うん。なんか、優しい感じがした。怖くなかった」
一ノ瀬が、ノートに書きながら言った。
「優しい感じ——ちひろが作ったこの世界の空気と、似ているか」
「……似てるかもしれない」
「だとすれば、この世界そのものが——夢を通じて何かを伝えようとしている可能性がある」
俺は、その言葉を受け取った。
世界そのものが、俺たちに語りかけている。
「第三の出口の条件を、世界が教えようとしているのかもしれない」
「……そうかもしれない」
「今夜、もう一度夢を見る。今度は、ちゃんと聞く」
「うん」
「四人とも、今夜寝る前に——同じことを意識してくれ。夢の中で、ちゃんと聞く、と」
「わかった」
「……ああ」
「うん!」
陽菜が、メモを取った。
「今夜の作戦:ちゃんと聞く」
「それだけか」
「シンプルが一番!」
一ノ瀬が「……そうだな」と言った。
――
放課後、帰り道。
四人で並んで歩いていると、ちひろが言った。
「ねえ、剛さん」
「なんだ」
「昨夜の夢の声——誰の声だったと思う?」
「わからない。でも——聞き覚えがある気がした。会ったことのある声」
「私も」
「でも、誰かはわからない」
「……うん」
ちひろは、空を見上げた。
「なんか、答えが近い気がする」
「第三の出口の条件が?」
「それだけじゃなくて——いろんなことの答えが。剛さんが戻るかどうかも。私がなぜこの世界を作ったかも。全部、繋がってる気がする」
「全部、繋がっている」
「うん。バラバラに見えて、実は同じ問いの、違う面なんじゃないかって」
俺は、その言葉を聞いて——何かが、引っかかった。
全部、同じ問いの違う面。
剛さんが戻るかどうか。ちひろがなぜこの世界を作ったか。第三の出口の条件。
これが全部、繋がっているとしたら——。
「……今夜の夢で、聞いてみる」
「うん。私も」
陽菜が「二人が夢で情報共有してくる感じだ!」と言った。
「情報共有じゃない」
「でも、同じ夢を見てるんでしょ。つながってるじゃん」
「……そうかもしれない」
「ロマンチックじゃん!」
「ロマンチックじゃない」
「ロマンチックだよ!」
一ノ瀬が「……ロマンチックかどうかはわからないが、有用な繋がりだ」と言った。
陽菜が「一ノ瀬くんが有用って言った! でもそれじゃロマンが消える!」と言った。
ちひろが笑った。
夕暮れの住宅街を、四人で歩いた。
今夜、夢の中で何かを聞く。
その準備が、少しだけ整った気がした。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




