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2-26「一つ、閉じた」

翌週の土曜日。


 一ノ瀬から連絡が来た。


【一ノ瀬:南公園の出口の変化が加速している。今週末、見に行った方がいい】


 俺は返信を打った。


【俺:今日、行こう】


 すぐに陽菜からも来た。


【陽菜:私も行く!】


 ちひろから来た。


【ちひろ:閉じる瞬間って、見えるの?】


 俺は少し考えてから返した。


【俺:わからない。でも見ておきたい】


【ちひろ:じゃあ行く】


――


 午後。


 四人で、南公園に来た。


 先週より、落ち葉が増えていた。


 廃工場跡地のフェンス前に立つ。


 俺はコードを走らせた。


 数値が流れる。


 先週より——さらに、密度が落ちていた。


「……もうすぐだな」


「ああ」


 一ノ瀬が、静かに言った。


 ちひろが、フェンスの向こうを見た。


「……ここが、私が最初に近づいた場所」


「ああ」


「一ノ瀬くんが記録していたデータで——ちひろが消える一週間前にここに来ていたって、言ってたよね」


 陽菜が言った。


「そうだ」


「何しに来てたの、そのとき」


 ちひろは、少し考えた。


「……確認しに来てた、かな。ここが本当に境界の場所かどうか。自分の足で確かめたかった」


「確かめてどうだった?」


「確かにあった。足が重くなって、空気が変わって——ここから先は違う場所だって、ちゃんとわかった」


「そのとき、怖かった?」


「怖かった。でも——」


「きれいだと思った」


 俺が言った。


 ちひろが、俺を見た。


「……うん。きれいだと思った」


 四人で、フェンスを見ていた。


 コードが、数値を流し続けている。


 密度が、少しずつ——落ちていく。


 そのとき。


 スマホが震えた。


 記録者からのメッセージだ。


```

出口1、閉鎖まで残り少ない。

記録を残す。

この出口を通じて、以下のことが起きた。

——#001がこの世界に初めてアクセスした。

——#000の声が、#001と#002に届いた。

——#000が表層に帰還した。

記録は、完了した。

```


 俺は、その文章を読んだ。


 一ノ瀬と、陽菜と、ちひろにも見せた。


 四人で、画面を見た。


「……記録者、ちゃんと全部記録してたんだ」


 陽菜が言った。


「ああ。それが役割だから」


「なんか——ありがとうって言いたい気持ちになる」


「言っていい。聞こえているかもしれない」


 陽菜が、フェンスの向こうに向かって言った。


「……記録者さん、ありがとうございました!」


 ちひろが笑った。


「陽菜、声でかい」


「聞こえた方がいいじゃん!」


 一ノ瀬が、静かに言った。


「……俺からも、ありがとう」


 声は小さかった。


 でも——届いたと思う。


 そのとき。


 コードの数値が、急激に落ちた。


「……来る」


 俺は言った。


 四人で、フェンスを見た。


 廃工場跡地の空気が——一瞬だけ、揺れた。


 これまで何度も見た揺れ。でも今回は、違う種類の揺れだった。


 広がるような揺れではなく——収縮する揺れ。


 まるで、何かが内側に向かって閉じていくような。


 光が、一瞬だけ集まって——消えた。


 コードの数値が、ゼロになった。


「……閉じた」


 俺は言った。


 四人の間に、静寂が落ちた。


 フェンスの向こうの更地は——普通の更地になっていた。


 特別な密度もない。特別な空気もない。


 ただの、空き地。


「……終わったんだね」


 陽菜が、静かに言った。


「ここに関しては、終わった」


「なんか——すごく普通に見える」


「出口がなくなれば、普通の場所になる」


「そっか」


 ちひろが、更地を見ていた。


「……ここで、いろんなことがあったのに」


「記録には残っている」


「記録者が、全部記録してる」


「そうだ」


 ちひろは、静かに頷いた。


「……よかった。残ってるなら、いい」


 風が吹いた。


 落ち葉が、フェンス越しに舞った。


「これで——選択肢が一つ減ったな」


 俺は言った。


「出口が、また一つ閉じた」


「残りは?」


「もう閉じた出口と、今閉じた出口。それだけだ。もともと三つあったが——二つ閉じた」


「三つ目は」


「……それは、まだある。でも——どこにあるかは、まだわからない」


 一ノ瀬が言った。


「第三の出口が何を意味するのか——世界の次の段階が何なのか。それが、これからの問いだ」


俺は、頷いた。


 ちひろが、俺を見た。


「剛さん」


「なんだ」


「この世界が次の段階に進んでいくとして——一緒にいてくれる?」


 俺は、ちひろを見た。


 「戻りたいか」という問いへの答えは、まだ出ていない。


 でも——今この瞬間の答えは、一つだ。


「ああ」


「……ありがとう」


「まだ答えを出せていないのに、礼を言うな」


「それでも、ありがとう」


 陽菜が「なんか、いい雰囲気!」と言った。


「いい雰囲気じゃない」


「いいじゃん! いい雰囲気で!」


「……そうだな」


 一ノ瀬が、珍しく同意した。


 ちひろが笑った。


 陽菜が笑った。


 俺も、小さく笑った。


――


 帰り道。


 四人で並んで歩いた。


 夕日が、街を赤く染めていた。


 ちひろが言った。


「ねえ、一個だけ聞いていい?」


「なんだ」


「剛さんって——この世界に来て、後悔してる?」


 俺は、少し考えた。


「後悔はしていない」


「本当に?」


「ああ。お前たちに会えた。653を見つけた。体育館裏の夜があった。核の近傍の設計図を見た。マスタープロセスと話した。記録者に会った」


「……全部、覚えてる?」


「全部、覚えている」


「忘れないでね」


「忘れない」


「……約束だよ」


「わかった。約束する」


 ちひろは、満足そうに頷いた。


「じゃあ私も、全部覚えてる。剛さんが私の身体を借りていたこと。振り子実験のデータの取り方が丁寧だったこと。おじさんって言うたびに怒ること」


「怒っていない。訂正しているだけだ」


「同じじゃん」


「違う」


「じゃあ、訂正するたびに面白いって覚えておく」


「……そうしろ」


 陽菜が「この二人ほんとに仲良くなった!」と言った。


「仲良くはない。共有している時間が長いだけだ」


「それを仲良いって言うの!」


「……そうかもしれない」


 一ノ瀬が言った。


「一ノ瀬くんまで! 今日みんな素直だ!」


 夕暮れの住宅街。


 四人の声が、響いた。


 出口が、一つ閉じた。


 選択肢が、一つ減った。


 でも——四人は、まだここにいる。


 世界は次の段階へ向かっている。


 でも——今夜は、まだここにいる。


 四人で。


 この「バグだらけの、きれいな世界」で。

お読みいただきありがとうございます。

これで第二章は完結です。

次回から第三章となります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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