2-14「出口は、三つある」
マスタープロセスを突破する方法。
それが、今の最大の課題だった。
翌朝から、俺は考え続けた。
マスタープロセスは、エージェントの上位にある。核を直接管理している。これまでのエージェントが「削除」を目的とした自動処理だとすれば、マスタープロセスはより高度な「判断」ができる存在かもしれない。
エージェントには「人目のある場所には出られない」という制約があった。
マスタープロセスにも、同じような制約があるはずだ。
どんなシステムにも、弱点がある。
問題は——その弱点を、どうやって見つけるかだ。
――
昼休み、図書室。
一ノ瀬が、ノートを開いた。
「昨夜、データを解析した。ちひろが残した記録の中に、もう一つ、見落としていた情報があった」
「何だ」
「この世界の設計図の断片だ。ちひろが深層に移行する前に、記録者のデータベースの一部にアクセスしていたらしい。その断片が、ちひろの記録に残っていた」
「設計図の断片に、何が書いてあった」
一ノ瀬は、ノートの一点を指した。
「この世界には——出口が、三つある」
静寂が落ちた。
「三つ」
「ああ。記述は断片的で、全部は読めない。でも——『三つの出口』という記述は、はっきりと残っている」
「出口とは何だ。この世界から外に出るための出口か」
「そう解釈できる。あるいは——ちひろを表層に戻すための経路かもしれない」
陽菜が、身を乗り出した。
「三つって、どこにあるの?」
「そこが——断片的な情報しかない。一つは特定できた。南公園の廃工場跡地だ」
「私たちが使った扉」
「ああ。でも——あれは『入口』であり『出口』でもある可能性がある。深層と表層を繋ぐ双方向の経路だ」
「残り二つは?」
「一つは、位置情報が読めない。データが壊れている」
「壊れている、というのは」
「意図的に消された可能性がある。マスタープロセスが——出口の一つを、閉じたのかもしれない」
俺は、その言葉の意味を受け取った。
三つの出口のうち、一つはすでに閉じられている。
「残り一つは」
「……これが、最も重要かもしれない」
一ノ瀬は、ノートに書かれた記述を読み上げた。
「『核の近傍に、最後の出口がある』」
核の近傍。
「つまり——核にアクセスできれば、出口が見つかる」
「そうだ。核は設計図がある場所であると同時に——ちひろを連れ出すための出口に、一番近い場所でもある」
「全部、繋がっている」
「ああ。核へのアクセス、マスタープロセスの突破、ちひろの解放——全部が一つの経路上にある」
陽菜が、ノートを取り出した。
「ちょっと整理させて」
陽菜が、図を書き始めた。
丸を三つ描く。
「これが出口一・二・三ね。一が南公園。二が壊れてるやつ。三が核の近く」
線を引く。
「で、核がここにあって——マスタープロセスがここを守ってて——」
一ノ瀬が、陽菜の図を見た。
「……正確ではないが、概ね合っている」
「でしょ? 私、図にするとわかりやすいんだよね」
「……そうだな」
一ノ瀬が、珍しく素直に認めた。
陽菜が「ふふん」と得意顔をした。
「じゃあ、順番としては——南公園の出口からちひろに会いに行って、核の近くの出口からちひろを連れ出す、ってこと?」
「そう解釈できる。ただし——核へ到達するためには、マスタープロセスを突破しなければならない」
「それが難しいんだよね」
「ああ」
俺は、陽菜の図を見た。
シンプルに描かれた地図。でも——本質は掴んでいる。
「マスタープロセスの弱点を探す必要がある。エージェントと同じように、何らかの制約があるはずだ」
「エージェントは人目のある場所に来られなかった」
「ああ。量子力学的な観測の制約だ。マスタープロセスにも——何らかの観測に関する制約がある可能性がある」
「どうやって調べる?」
「記録者には、もう干渉の限界だと言われた。別の方法を考える必要がある」
一ノ瀬が、静かに言った。
「……一つ、方法がある」
「なんだ」
「ちひろに聞く」
俺は、一ノ瀬を見た。
「ちひろは、この世界の核にある設計図を作った存在だ。マスタープロセスについても、何か知っているかもしれない」
「次に接触したとき、聞けるか」
「できると思う。ただ——接触のたびにエージェントが増えている。今度は、もう少し準備をしてから行く必要がある」
「どのくらいかかる」
「三日。それだけあれば、エージェントの動きのパターンを解析して、最も安全なタイミングを特定できる」
「わかった。三日後だ」
陽菜が、図にもう一つ書き込みをした。
「これが作戦メモ」
見ると——「三日後・ちひろに聞く・一ノ瀬くんが準備」と書いてあった。
「……それだけか」
「シンプルが一番でしょ」
一ノ瀬が、また口の端をわずかに動かした。
「……そうだな」
俺は、その図を見ながら思った。
出口が三つある。
一つは使った。一つは閉じられた。
最後の一つが、核の近くにある。
そこに辿り着ければ——ちひろを連れ出せる。
三日後。
ちひろに、マスタープロセスの弱点を聞く。
それが、次のステップだ。
窓の外、秋の空が続いていた。
雲が、ゆっくりと動いていた。
終わりが——本当に、見えてきた。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




