2-10「今週末しかない」
第三ブロックの解読が、完成に近づいていた。
手順書。
ちひろが残した、三人でのアクセス手順。
俺はその内容を、ノートに整理した。
**手順1**:南公園・廃工場跡地のフェンス前に三人で立つ。
**手順2**:三つのPlayerID(#000・#001・#002)を、特定の順序で送信コードに組み込む。
**手順3**:三人が同時に、ちひろの意識座標に向けて「観測」を行う。視線・意識・コードを同時に向ける。
**手順4**:深層の扉が開いたとき、先に進むのは#001(剛)のみ。#002(陽菜)は表層に留まり、観測を継続することで扉を安定させる。
手順4を読んだとき、俺は少し止まった。
先に進むのは、俺だけだ。
陽菜は表層に残る。
それは——陽菜を守るための設計でもあるのかもしれない。
ちひろが、陽菜を危険な場所に送り込まないように。
――
昼休み、三人で図書館に集まった。
俺が手順を説明した。
陽菜が、メモを取りながら聞いていた。
一ノ瀬は黙って聞いて、最後に言った。
「手順自体は、実行可能だ。問題は——タイミングだ」
「エージェントの包囲網のことか」
「ああ。三体が同時に周辺に出現している。実行中に接触されれば、中断せざるを得ない」
「どういう条件なら実行できる」
「エージェントが観測者の多い場所に出られないという制約は、まだ生きている。つまり——人が多い時間帯、人が多い場所で実行すれば、エージェントは近づけない」
「南公園は、平日より週末の方が人が多い」
「そうだ。そして——」
一ノ瀬が、スマホを取り出した。
「記録者から送られてきた座標データを再解析した。ちひろの意識の不安定化は、週単位で進んでいる。来週末まで待てば——間に合わない可能性がある」
俺は息を止めた。
「つまり」
「今週末しかない」
静寂が落ちた。
陽菜が、メモから顔を上げた。
「今週末って——土曜? 日曜?」
「どちらでも構わない。条件が整えば」
「じゃあどっちの方が天気いいかな」
陽菜がスマホで天気予報を調べ始めた。
俺は、その光景を見ながら——なぜか、力が抜けた。
世界の命運がかかっているかもしれない瞬間に、天気を調べる陽菜。
でも——それが、陽菜らしかった。
「土曜日、晴れだって」
「じゃあ土曜日だ」
「よし、決まり」
陽菜が、スマホをしまった。
「……あのさ」
陽菜が、少し声のトーンを落として言った。
「手順4って、私は表層に残るんだよね」
「ああ」
「一人で?」
「一ノ瀬も表層に残る。二人で観測を維持してくれ」
「……ちーちゃんは、一人で向こうに行くの?」
「そうなる」
陽菜は、少しだけ黙った。
「……怖くない?」
俺は考えた。
「怖い」
正直に答えた。
「でも——行く」
「なんで?」
「ちひろが待っているから」
陽菜は、俺をしばらく見ていた。
それから——「うん」と言った。
「私と一ノ瀬くんが、こっちから繋げてるから。大丈夫」
「ああ」
「絶対、繋げてる」
一ノ瀬が、静かに言った。
「……俺も、繋げる。絶対に」
三人の間に、短い沈黙があった。
でもその沈黙は、空白じゃなかった。
何かが満ちていた。
――
放課後、俺は一人でコードの最終確認をした。
手順書に従って、送信コードを組み直す。
PlayerIDを特定の順序で組み込む。#000——ちひろ。#001——俺。#002——陽菜。
この順序には、意味がある。
ちひろを先頭に置くことで、ちひろの意識座標が「受け手」として機能する。
次に俺。外から来た「到達者」として。
最後に陽菜。「保持者」として、扉を安定させる役割。
ちひろは、全部考えていた。
三人それぞれの役割まで。
俺はコードを見ながら、ちひろのことを考えた。
振り子のカクつきに気づいた子。
「怖かった、でもきれいだと思った」と書いた子。
「この世界は誰かへの贈り物みたいだ」と言った子。
一人で全部準備して、消えた子。
「……会いに行くからな」
誰もいない教室で、俺は呟いた。
土曜日。
天気は晴れ。
ちひろは、待っている。
もうすぐだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




