2-7「鍵は、ちひろが持っている」
南公園から逃げ帰った夜、俺はすぐに座標データの解析を始めた。
記録者が送ってきた数列。653のパターンを含む、これまでで最も長いもの。
でも——今回の数列は、これまでと構造が根本的に違った。
これまでの数列は「場所」を示していた。アドレス。座標。「どこ」を指す情報だ。
でも今回の数列は——「どこ」だけじゃない。
「どうやって」の情報も、含まれている気がした。
俺はノートに書き写しながら、数列を分解した。
三つのブロックに分かれている。
第一ブロック:場所の座標。ちひろの意識がある深層中心部の位置。
第二ブロック:……これは何だ。
数列の中間部分が、これまで見たパターンとまったく違う。
653が現れない。代わりに、別の数字が繰り返されている。
「012」。
「012」が、等間隔で繰り返されている。
012。
PlayerIDだ。
#000、#001、#002。
ちひろ、俺、陽菜。三人のIDが、この数列の中間部分に埋め込まれている。
「……三人が必要なのか」
俺は呟いた。
――
翌日の昼休み。
一ノ瀬に報告した。
「座標データを解析した。三つのブロックに分かれている。第一ブロックが場所の座標。第二ブロックに、三人のPlayerIDが繰り返されている。第三ブロックはまだ解読できていない」
「三人のPlayerIDが」
「ああ。#000・#001・#002が等間隔で並んでいる。つまり——ちひろの意識座標にアクセスするには、三人が揃っていることが条件になっているのかもしれない」
一ノ瀬は少し考えた。
「……量子力学的な観点から言えば、複数の観測者が同時に同じ対象を観測することで、対象の状態が確定する可能性がある」
「つまり」
「一人では観測できない対象も、三人なら確定できる。三人の観測が重なることで、ちひろの意識座標が『実在』として固定される」
「シュレーディンガーの猫を、三人で開ける、みたいなことか」
「……そういう比喩は正確ではないが、方向としては合っている」
陽菜が、話を聞いていた。
「つまり、私も絶対必要ってこと?」
「そうなる」
「やった」
俺は陽菜を見た。
「やった、じゃない。危険を伴う可能性がある」
「わかってる。でも、必要って言ってもらえると嬉しいじゃん」
一ノ瀬が、わずかに口の端を動かした。
また笑いをこらえているのか。
「陽菜」
俺は言った。
「お前のPlayerIDは#002だ。ちひろの#000と俺の#001と、三つが揃って初めて扉が開く可能性がある。お前は最初から、この作戦の一部だった」
陽菜は、俺をしばらく見ていた。
それから、少しだけ真剣な顔になった。
「……ちひろが、そういう設計にしてたってこと?」
「可能性がある。ちひろは#000として、#001と#002が来ることを想定して——この世界を作ったのかもしれない」
「私が#002になることも、計算してた?」
「わからない。でも——ちひろはお前のことを親友と思っていた。お前がここに来ることを、信じていたのかもしれない」
陽菜は、少しの間、黙っていた。
それから——笑った。
「……なんかさ、ちひろって、ずるいな」
「ずるい?」
「先に全部考えておいてさ。私に何も教えないで。でも信じてて」
「ずるいとは思わないが」
「ずるいんだよ。でも——それがちひろなんだよね。気づかれないように助ける子だから」
第9話で陽菜が語った言葉が、ここで繋がった。
さりげなく助ける。気づかれないように。
ちひろはこの世界を作るときも、同じだった。
俺たちに気づかれないように、全部準備して、道を整えておいた。
――
「第三ブロックが解読できれば、アクセスの方法がわかると思う」
俺は話を続けた。
「今夜、集中して解析する。一ノ瀬も並行で見てくれるか」
「ああ」
「陽菜は——」
「私も何かできる?」
「お前に頼みたいことがある」
「なに?」
「ちひろとの記憶を、できるだけ詳しく書き出してくれ」
陽菜が、不思議そうな顔をした。
「記憶?」
「お前の記憶の中にあるちひろとの時間が、第三ブロックの解読に関係している可能性がある。お前の記憶は——この世界へのアクセスキーかもしれない」
陽菜は、目を少し丸くした。
それから、真剣な顔になった。
「……わかった。全部書く。思い出せる限り全部」
「頼む」
「ちひろとのこと、いっぱいあるから——時間かかるかもしれないけど」
「時間がないのはわかってる。でも——」
「急ぐけど、ちゃんと思い出す」
陽菜は頷いた。
俺も頷いた。
一ノ瀬が、静かに言った。
「……ちひろの意識は不安定になり始めている。でも——三人が揃えば、鍵が開く」
「ああ」
「鍵は、ちひろが持っている。でも——扉を開けるのは、俺たちだ」
その言葉が、図書室の空気に静かに落ちた。
窓の外、夕日が傾き始めていた。
時間がない。
でも——方向は、もう見えている。
三人が揃えば、扉が開く。
ちひろは信じていた。
だから俺たちも——信じる。
お読みいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。




