↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/71

2-1「深層レイヤー」

あの声が、まだ耳の奥に残っていた。


「よく来た。お前が——#001か」


 落ち着いた声だった。敵意はなかった。でも——それがかえって、不気味だった。


 エージェントは言葉を発しない。「対象の削除を開始します」という機械的な警告を出すだけだ。あの声は、それとは質が違う。


 俺を「待っていた」声だった。


 何者かが、俺が来ることを知っていた。


 PlayerIDを知っていた。


 ということは——この世界のシステムそのものを、深く理解している存在だ。


 設計者か。それとも——もっと別の何かか。


 俺はノートに書き出した。


 わかっていること。わかっていないこと。次にやるべきこと。


 エンジニアとして、問題を整理する。感情より先に、構造を把握する。


 そうしないと——あの声のことを考えるたびに、背中がざわつく。


――


 翌日の放課後。


 図書室に三人で集まった。


 一ノ瀬が、新しいノートを開いた。


「報告がある」


「なんだ」


「昨夜のデータを解析した。体育館裏での接触時、スマホが記録していた数値を全部見直した」


 俺は身を乗り出した。


「何がわかった」


「この世界には、二つのレイヤーがある可能性が出てきた」


 二つのレイヤー。


「表層と、深層だ」


 一ノ瀬はノートに図を描いた。


「俺たちが普段生活しているのが表層だ。学校、街、空——全部ここにある。俺たちが観測できる世界だ」


「そして深層は」


「観測できない領域だ。表層の下に——あるいは表層の『裏側』に——別の情報層が存在する。ちひろの意識があるのは、おそらくそこだ」


 俺は考えた。


 表層と深層。


 エンジニアとして、その構造に心当たりがある。


 大規模なシステムは、ユーザーが触れるフロントエンドと、その裏で動くバックエンドに分かれている。俺たちが見ている世界は「フロントエンド」だ。


 そしてちひろは——バックエンドにいる。


「俺たちは今まで、表層から深層にアクセスしようとしていた」


「そうだ」


「体育館裏は、表層と深層の境界が薄い場所だった」


「ああ。でも——」


 一ノ瀬が、図にもう一本の線を引いた。


「昨夜のデータを見ると、体育館裏は『境界が薄い場所』ではあるが、深層への『入口』ではない可能性がある」


「……どういう意味だ」


「薄い壁と、開いた扉は違う。俺たちはずっと、薄い壁に向かって押し続けていた。でも——扉は別の場所にあるかもしれない」


 陽菜が、顔を上げた。


「扉って、どこにあるの?」


「まだわからない。でも——昨夜の声がヒントになるかもしれない」


「あの声の人が知ってるってこと?」


「あるいは、あの声の人が——扉そのものに関係している可能性がある」


 静寂が落ちた。


 陽菜が、少し間を置いてから言った。


「……なんか、話が大きくなってきたね」


「ああ」


「なんか、第2章っぽくなってきた」


 俺は陽菜を見た。


「第2章じゃない」


「でも雰囲気そうじゃん。なんか、レベルアップした感じ」


「レベルアップという概念は正確じゃない。問題が複雑になっているだけだ」


「それをレベルアップって言うんじゃないの?」


 一ノ瀬が、わずかに口の端を動かした。


 笑いをこらえているのか。


 俺は気づかないふりをした。


――


 会話が一段落したあと、俺は一ノ瀬に聞いた。


「深層への入口を、どうやって探す」


「あの声だ。声の発生源を特定できれば、そこが入口に近い場所の可能性がある」


「どうやって特定する」


「昨夜の接触時、スマホが記録した座標データがある。声が聞こえた瞬間の、この世界の座標だ。そこから逆算できるかもしれない」


「どのくらい時間がかかる」


「二日から三日」


「わかった。俺は並行して、あの声の性質を分析する。エージェントとは明らかに違う。設計者とも、また違う可能性がある。第三の存在かもしれない」


 一ノ瀬は頷いた。


「第三の存在、か」


「この世界には、俺たちが思っていた以上のプレイヤーがいるかもしれない」


 プレイヤー。


 その言葉が、頭の中で引っかかった。


 PlayerID。


 #001と#002は、俺と陽菜だ。


 では——あの声の主は、何番だ?


「陽菜」


「なに」


「PlayerIDについて、もう一度考えたい。お前が#002で、俺が#001だとして——番号が続くなら、#000や#003がいる可能性がある」


 陽菜は少し考えた。


「……あの声の人が、#000とか?」


「可能性はある」


「だとしたら——」


 陽菜は言葉を止めた。


 少しだけ、表情が変わった。


「ちひろは、何番なんだろ」


 その問いが、静かに空気に溶けた。


 誰も、すぐには答えなかった。


 ちひろのPlayerID。


 俺たちは今まで、その番号を知らなかった。


 でも——今夜の声が「#001か」と確認してきたということは、PlayerIDというシステムを管理している存在がいる。そしてその存在は、全てのIDを知っているはずだ。


 ちひろのIDも、含めて。


「……次に接触できたとき、聞く」


 俺は言った。


「ちひろは何番か、と」


 一ノ瀬が、静かに頷いた。


「それがわかれば——」


「ちひろに直接繋がれるかもしれない」


 三人の間に、緊張感が張り詰めた。


 今まで「声の断片」しか届かなかったちひろへの道が、一つ具体的になった。


 窓の外、夕日が沈みかけていた。


「陽菜」


「なに」


「お前は——準備はできてるか」


 陽菜は、俺を見た。


 少しだけ間を置いてから、答えた。


「できてる。ずっとできてた」


 その目が、まっすぐだった。


 俺は頷いた。


「じゃあ行こう。深層へ」


「うん」


 一ノ瀬が、ノートを閉じた。


 立ち上がりながら、静かに言った。


「……俺も、準備はできている」


 三人が、図書室を出た。


 廊下の夕日が、三人の影を長く伸ばしていた。


 でも、これは終わりじゃない。


 俺たちは、まだ始まったばかりだ。

本日より第二章のスタートです!

皆様、引続き応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。