プロローグ① 始動
「次元直列・最終工程の投影を完了――」
旧世紀の遺物である古臭いコンソールを指で叩き、ため息を吐く。
調整を含めて、起動までにはあと三十二時間を要する。脳内接続が出来ればもっと早いものを、と歯ぎしりしたくなるが、必死に抑えた。
――そう、ようやくここまで来たのだ。ようやく完成するのだ。
フェリィ・ジュベッドは拳を握りしめ、気を落ち着かせるために立ち上がった。
ふらつく足を叱咤し、そうしてよろよろと歩き出す。
室内は、無数のケーブルが所狭しと繋がれている。注意しなければつまずいてしまう。代わりは用意してあるとはいえ、転倒による無様な死などごめんであった。
やっとのことで部屋の隅までたどりつき、重たい頭を持ち上げ――そこで、何度目かのため息を吐く。
鏡に映っているのは、醜い様相の老婆であった。
眼窩は落ちくぼみ、頬はやつれ、異常なほどにやせ細っている。
『フェリィの髪は綺麗だね。まるでほら、あの青空みたいに晴れやかで』
『彼』の言葉が脳裏に閃く。しかし、それも今は昔のこと。密かに自慢であった髪はボサボサとなり、すっかりと色あせていた。
きっと『彼』が見ても、もう褒めてはくれないだろう。
傍にある椅子を引き寄せ、もたれかかるようにぐったりと腰掛ける。
体が重い、四肢がだるい。疲労が重くのしかかる。
だが、気分は昂っていた。まだ死なない、まだ生きねばならない。
ふと視線を傾けると、テーブルの上に一冊の本が載っているのが見えた。
あのコンソール同様、とっくに廃れた紙製の絵本。需要などないし、手間ばかりかかる無駄な産物だとフェリィは呆れていたのを思い出す。
『いいじゃないか。僕はね、その無駄が楽しいと思うんだ』
――そう言って、『彼』はいつも太陽のように明るく笑ってくれたっけ。
生まれた時から一緒で、共に成長してきた大切な幼馴染。フェリィにないもの全てを持ち、いつだって自分に寄り添ってくれた――最愛の青年。
「……覚えているよ、一番最初の投影実験だ。引き寄せたのは、意味の分からない文字の羅列。それが物語じゃないかと看破した君は手間暇をかけて解読し、この一冊を作り上げてくれたね……」
本を持ち上げ、ゆっくりと開く。
遠い昔の人類は、こうやって子供へ読み聞かせをしていたらしい。
今となっては廃れて久しい習慣だ。
「むかーし、むかーし……ある所に、人々を幸せにするのが仕事の――とある天使がいました」
数えきれないほどに読み返してきた内容だ。読まなくても、そらんじる事は出来るし、脳内記憶装置にも登録されている。いつでも好きな時に展開することは可能なのだ、が。
「神様の命を受け、天使は西へ東へ……その翼をはためかせ飛んでゆきます」
けれど、実際にこの絵を見たかった。書かれている字を読み、物語を空想したかった。
「彼女の羽は人々の願いを叶える力があり、その羽を全部使ったとき――」
きっと、大昔の人々もそうだったのだろう。そうして効率だけを追い求めた結果がコレだ。
「――天使は、人間に生まれ変わる事が出来るのです」
生まれ変わり、転生。そんなものが有り得るのだろうか。AIが作る娯楽小説では、確かありふれた展開ではあったはず。
けれど、もしもそんな救いがあったなら、そんな奇跡が起こりうるのならば。
「君は何処かで誰かを幸せにしているのかもしれないね。この世界ではない、もっと平和で穏やかな場所で」
だとしてもきっと、自分の元に『彼』は訪れない。天使の羽は降臨しない。
憎しみと怒りに身を染め、外道へと堕ちたフェリイの前には――
「……ふふ」
本をそっと置く。そのままテーブルへ手をつき、老博士は再び立ち上がった。
特殊合金製の壁までたどり着くと、これまた古めかしいボタンを操作して、シャッターを開く。
現れた半透明のディスプレイの向こうに在るのは、円柱型のカプセルだ。
その中に浮かぶ人型の『それ』を見た瞬間、フェリィの口元が歪み半円を描いた。
「――滅ぼせ」
怨念を込めた声で呟き、ディスプレイへと縋りつく。
「あの化け物どもを、あの悪魔どもを……っ!」
それは呪詛。この身が滅びても永遠と続くであろう、誓いの言葉。
銀河を駆け抜け、星々を渡り、数多の文明を滅ぼしてきた『奴ら』に対する宣言であった。
「ははは、はははははは……っ!!」
刻一刻と迫る、完成の瞬間。
反撃の狼煙が上がる時は――すぐそこまで来ている。
(私の寿命が尽きるその前に、最高の事例を引き寄せられたのは幸運だった!)
まさに神がかった奇跡。しかし彼女はそんなモノには祈らないし、願わない。
もしも神様がいるのなら、この世はこんな地獄へと陥らなかったはずなのだ。
「早く目覚めろ、早く……」
あらゆる次元、無数の平行宇宙を血眼で検索し、そうしてたった一つ探し当てた切り札。
その時空には、ここに現れた『奴ら』のように、星々を巡り文明を滅ぼしてきた精神生命体が存在した。
そしてなにより、人知を超えた恐るべき能力を持つそれらを、たった一機で退けたロボットが居たのだ!
「私の理論、私が作り上げた装置……すべてはそう、この時の為にあった……っ!」
狂い死ぬかと思った苦痛と妄執の果てに、その設計構想を引き寄せられたのは、幸運というほかない。
とはいえ、それの全てを再現できたわけではなかった。神とも見紛う超常能力はついぞ解読できず、搭載したのはその劣化版に過ぎない。
「だが、戦闘に関するスペックだけなら、再現率はなんとか四割を保持できた……十分だ、十分なはずだ……」
ぶつぶつとつぶやく。
あとは実戦で経験を積み重ねる中でアップデートし、こちらもサポートをしてゆく。
向こうのデータにあった支援用の戦闘機型兵装も、その繰り返しの中で開発できるだろう。
何年、何十年、何百年掛かっても構わない。
その果てに『奴ら』を地獄へと叩き落せれば、それでいい!
正気などとっくに失せた。倫理など彼方へ捨て去った。
怨念と執念、それだけあれば構わない。それ以外はもう要らない。
あの日『彼』が『奴ら』の玩具にされた時。
その尊厳の底まで貶められたのを目の当たりにしたその時、フェリィ・ジュベッドという人間もまた死んだのだ。
「ハハハ、ハハハハ……ッ! アハハハハハハッ!!」
かび臭い研究室の中に、泥沼のような哄笑が響き渡る。
自分が涙を流している事さえ、もはやフェリィは気付かない、分からない。
「早く目覚めろ、Kナンバー モデルI/O――」
ここから始まる、これから始める。
彼こそが、そう。宇宙の悪夢に抗うため、既に滅び去った太陽系・地球圏において誕生する『最終兵器』!
「――KIO!」
それが長い長い戦いの始まりを告げる――宣戦布告であった。
これにて、第1章は終了となります。
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