第9話 日向ぼっこ
トスカナ村の多くの村人たちがそうであるように、キオもまた趣味と呼べるほどのものは数少ない。
清掃行為や旅人への道案内など、目につくことを自主的に行ってはいるが、それはどちらかといえば仕事の領域だ。
そもそもからして、キオには欲というものが無い。富や名声を得たいとも思わず、平々凡々とした農村生活に完全に満足していた。
だから、そう。あえてキオが好きなものをあげるとすれば――
「――今日も良い天気だねえ……」
そよそよと風に揺られてそよぐ草むら、そのさざ波に身を寄せて寝転ぶ。
暖かな日差しを浴び、太陽光をゆっくりと全身に充填させてゆくこの時間が、とても心地が良かった。
ここは村の景観を一望して見渡せる、小高い丘の上。キオのお気に入りの場所である。
そして十年前、初めてこの世界に現れたとき、彼女と出会ったのもまた、ここで――
「……すう、すう」
微かに聞こえる吐息を耳にして、傍らへと視線を向ける。
同じようにあお向けになって寝転んでいるのは、幼馴染であるジェニーだ。
空色の長い髪を草むらの海に浸し、幸せそうに眠りこけている。
「おにく……にく……汁がたっぷり……ぜんぶわたしのもの……」
もごもごと口を動かし、うえへへへと彼女は笑う。
ジェニーが案外と食いしん坊であることを、キオは良く知っていた。特にお肉に目が無いのだ。
お祭りの際など、ちゃっかりと良い部位を搔っ攫い、喜色満面で頬張っていた。その時の彼女は生粋のお肉ハンターであり、飢えたオオカミと化す。まさに餓狼である。
「可愛いなあ」
寝っ転がった姿勢のまま、キオは幼馴染の寝顔を眺めて顔をほころばせる。
もちろんこれも記録、記録である。彼女の姿はどんな時でも高画質で保存する。出会った時から今まで欠かさず続けてきた行為だ。
(……ふむ。もしかしてこれが僕の趣味、ってやつなのかな)
ある意味での盗撮行為を是として、キオは満足そうにうなずいた。一応、前に本人から許可を得た事もあるゆえ、これは正義だ。間違いない。
「……んにゅ」
と、不意にまぶたがぱっちりと開き、蒼い瞳がキオの姿を映した。
「おはようジェニー。睡眠状態はとても良好だったよ。素敵な夢でも見れたのかな?」
「……ええ。おはよう、キオ」
ジェニーは起き上がると手を払い、自慢の髪をさっそうとなびかせた。
「美しい湖のほとりで、動物たちと戯れていたわ。いななく白馬のたてがみを撫でて、彼を恍惚とさせたのよ」
「なるほど」
――馬肉か。
低カロリー・高たんぱく・豊富な鉄分と三拍子揃った素晴らしい食材だ。流石はジェニー、目の付け所が違う。
「……本当だから」
「うん」
キオの想像を察したか、ジェニーはサッと目を反らし、口元を尖らせた。そんな仕草も可愛い。可愛すぎる。
「ねえ、キオ」
「うん?」
その愛らしさについて語る仮想討論を二十パターンほど展開していると、不意にジェニーがキオの胸元へと手を触れた。
「体の具合は大丈夫? えねるぎーっていうやつ、戻ったの?」
「まだまだ、完全にはほど遠いかな。Phantom Lancerを使っちゃったし」
そうだね、と言ってあげれたら良かったのだろうが、あいにくとキオは嘘が付けない。
「再充填が完了するまで、九十日は必要かな」
「あのピカピカ武器? そんなに時間が掛かるんだ」
目を瞬かせるジェニーに、どう説明したものかとキオは腕を組む。
単なる重力制御や、光エネルギーを凝縮して放ったり展開したりと、それくらいなら大した消耗にはならない。
ただ、装備を選択して起動するような特殊兵装はまた別なのだ。
「この世界――この星の太陽は、成分が元居た場所とは異なるからね。変換効率があまり良くはないんだ」
くわえて、メンテナンス設備も存在しない。極少機械群によるセルフでは、どうしても相応の時間が掛かってしまう。
この先ももし、ああいった類の敵と遭遇するようならば、考えて戦わねばならない。無駄撃ちは禁物であった。
(……あれくらい強力な個体は、この十年で初めてだ。だから確率的に考えれば、同格の存在と接敵する可能性は低い-―はず、だけど)
どうも気になる。漏れた思念波を解析したが、あの魔神は何らかの危機感を抱いていた。
それは人間を対象として向けるものではなく、もっと超常的な『宿敵』の類への備えに思えたのだ。
「キオ? どうしたの?」
「ああ、ごめん。少しね、気になることがあって――」
と、そこで。キオは後ろを振り返った。
約十キロ先から、この村の方角へ向かって近づく何かが居る。
――四輪駆動の物体を引く、二つの生体反応。馬車の類だ。
乗り込んでいる人数と装備を探知・把握し、キオは警戒を解いた。
「あ、定期便が来たね」
「ホント? 頼んでいた缶詰はあるかしら」
「うん、ちゃんと積んでるみたいだよ」
ジェニーの瞳がギラリと輝く。年頃の娘が欲するような装飾品など、文字通りに目もくれない。
色気より食い気、それを体現するのがキオの幼馴染なのである。
「戻って準備しましょう」
「そうだね、皆に知らせないと」
太陽は真上を過ぎている。あのペースなら、村に辿り着くまで二時間は掛かるまい。
向こうも疲れているだろう。日が沈む前に手配を済ませておいた方が、手間が省けて良い。
「缶詰……オニク……」
その眼差しはすでに、歴戦の勇士の風格を備えていた。よほどに楽しみにしていたのだろう。
ジェニーの全身から、空気を震わさんばかりの圧が漏れ出している。
もちろん缶詰の一つや二つ、キオが『ひとっ走り』して入手することなど容易いことだ。しかし、彼女はそういう行為を好まない。
『キオはいいの、そんな事をしなくてもいいのよ。待つ時間もね、楽しみのひとつなんだから』
こちらの申し出に対し、ジェニーはそう言って笑っていた。
非効率なことを、楽しみに変えてしまう。
やはり人間は不思議だと、キオはそう思う。
「ね、キオ」
「なに?」
「今日、寝る前にまたアレを聞かせてくれる? ほら、天使さまのオトギバナシ」
恥じらう様に、ジェニーが身をよじる。
その上目遣いのお願いに、キオはこの世のどんなことよりも弱いのだ。
「うん、もちろん。ジェニーはあのお話が本当に好きだね。喜んでもらえて僕も嬉しいよ」
キオがそう頷き返すと、少女は嬉しそうに顔を輝かせ、花咲くように微笑んだ。




