第10話 手紙
「えっ、ヒューズからの便りが?」
「どうやらな、元気でやっているようじゃよ」
定期便が到着した、その夜のこと。
ジェニーへの読み聞かせを終えたキオは、村長から吉報を受け取っていた。
「それは何よりです。ジェニーも心配していたので。ほら、あんな別れ方でしたしね」
「うむうむ、懐かしいのう。あやつが村を飛び出してから、もう五年になるか」
皺の浮き出た顔をくしゃりとさせて、村長は微笑んだ。
「冒険者になる!なんぞと言って、ボルトから大目玉を喰らってのう。あの親子喧嘩は村の歴史に残るわい」
当時の事を思い出したか、村長は愉快そうに腹を抱えた。
しかしキオは、そのまなじりに浮かんだ涙を見逃さない。彼にとっては、村人たちはみな自分の子供のようなものなのだ。
(……ヒューズ、か。その名前を聞くのも久しぶりだなあ)
彼はトスカナ村に住む、薬師の息子だ。キオが初めて出会った頃はまだ、ほんの小さな子供であった。何処へ行くにもいつも、こちらの後を着いてきて、まるで実の兄のように懐いてくれていたのを思い出す。
『なあ、キオ! 練習に付き合ってくれよ! どんな武器が俺に向いているか知りたいんだ!』
電子頭脳がそれを是と判断したか、腕白そうな顔をした少年の顔が映像として展開される。
キオのメモリーにもまた、一連の出来事は深く刻まれていた。騒がしくも楽しかった、あの日々が。
『俺は親父みたいになりたくない! もっと広い世界が見たいんだ! なあ、頼むよキオ!』
――そう、そうだ。彼は目標に向かって真剣で、どんな努力も惜しまなかった。
「なんとあやつめ、槍技能の二級検定に合格したらしい。冒険者として一人前になったのじゃなあ」
「へえ」
意外、というわけではなかった。ヒューズには確かに槍の才能があったのだ。
けれども、さも当然と受け入れもしない。嬉しそうに頷く村長と同じく、キオにもまた喜びの感情が湧き上がってくる。
「二級を得たなら、十分に熟練した腕前だと認められたわけですよね?」
「そうじゃな、そう言えるじゃろうな。大したもんじゃて。三級のまま冒険者人生を終えるものも少なくはないというのに」
この世界においての冒険者たち。彼らの格や習熟度を判断するうえで用いられるのが、各種の技能資格らしい。
三級から始まるそれは、その冒険者がどれほどに信頼が置ける技能者なのかを図る、大事な指標であるそうだ。
「そういえば、ゲイルさんたちは一級を保持してたそうですね」
「あの方々は特別じゃよ。各々の得意とする技能で、とはいえ……六人の誰もがそれを成し遂げている。比べてはヒューズがかわいそうじゃて」
なるほど。確かにヒューズもまだそこに達するまでにはいかないだろうが、彼はゲイルよりもずっと若い。もう今年で二十になるはずだ。
とすれば、年齢から考えても大成できる可能性は高いと見積もれるだろう。
もしかしたらこれが贔屓目、というものかもしれないが、キオはそう信じたかった。
「そこでじゃな。良い機会であるし、祝いの品も渡したい。キオや、お使いを頼まれてはくれんかのう」
「はい、喜んで」
迷いなく、即座に頷く。キオもまた、久しぶりにヒューズに会いたかったのだ。
「それでヒューズは今どこに?」
「それがな、迷宮都市の方に居を構えているらしい。ここから西へずっと行った場所じゃな」
記憶されている地図と名称を照らし合わせる。結果はすぐに出た。
――迷宮都市トロン。トスカナ村からは随分と遠い。通常の手段で赴くなら、優にひと月以上は掛かるだろう。
だがもちろん、キオがごく普通の移動手段など使う必要もない。
「わかりました。では、明日にでも出発いたしますね」
「そうじゃ、ジェニーも連れてやってくれるかの? あの子にも良い経験になるじゃろうて」
「わあ、いいですね! きっと喜びますよ」
彼女と一緒に出歩けるなら、それはキオの望むところでもある。
普段は口に出来ないような、美味しいものや珍しいものをいっぱい食べさせてあげたい。
今ならちょうど、そのアテもある。換金出来るならば良い機会だろう。
「小遣いとな、それと身分証も用意しよう。村の連中の土産については……」
「そうですね、余裕があったら何か見繕いますよ。例のアレ、引き取ってもらえるか確かめたいですし」
「すまんなあ。キオは本当に良い子じゃのう」
労わるように頭を撫でられ、キオは微笑んだ。
「そうだ、ボルトさんにはどうします?」
「うむ……あやつはなあ」
とたんに、村長の顔が苦渋に歪む。いかにも悩み、迷っているような素振りである。
その理由もしかし、キオにはなんとなく察しがついた。
「手紙の内容を話そうと思ったのじゃが、すげなく追い払われてしまったよ」
「なるほど」
「まったく、良い年をして意地を張りおるわ。仕方のない奴らよな」
重々しいため息が吐き出される。ヒューズの父親の事も、彼はその生まれた時から知っているのだ。
なんとか良い形で仲直りをして欲しいと、そう願っているのだろう。
「出かける前に、僕からもお話をしてみますね」
「手間を掛けてすまんのう……無駄に終わりそうな気もするがなあ」
その可能性は高い。確率の問題など持ち出さなくても、良くわかる。
あの親子は決して憎しみ合い、嫌い合っているわけではない。
だというのに、ここまでこじれてしまうのだから不思議なものだ。
(人間って難しいなあ)
どんな相手に立ち向かうよりも、誰かの心を解きほぐすことの方がよっぽど難敵である。
何度となくため息を吐く村長に寄り添いながら、キオはそんな風に思うのであった。




