第11話 親子の確執
「あいつの事など知らん」
開口一番、彼はキオにそう告げた。
いつもながらのむっつりとした顔と、それに合わせた低い声。
にべもない、とはこのことか。二の句も継げず、キオは黙り込んでしまう。
何か言わなければならない。せっかくの機会なのだ。親子の仲を修復……とまではいかずとも、その取っ掛かりくらいは見つけたい。
そんなキオをどう思ったか、目の前の男――薬師ボルトは腕を組んだまま身じろぎもしない。
彼ともまた、十年来の付き合いだ。こうなったら一歩も引かないのは分かっていた。
それでも何かを告げねばと、思考回路をフル回転させる。しかし答えが導かれるよりも早く、キオの隣に居る少女が反応を示した。
「そうですか。じゃあ、私たちはこれで」
ジェニーはあっさりとそう言ってのけると、背を翻した。
見惚れるくらいの即断即決ぷりだ。キオは思わず視線を左右に動かし、両者の姿を見比べてしまう。
「いくわよ、キオ」
立ち尽くすキオを促すように、袖が引っ張られる。
「あ、うん。ボルトさん、それじゃあまた」
「……ああ」
素っ気ない返事と共に、壮年の薬師が小屋の中へと戻ってゆく。
それを見届けるよりも早く、ジェニーはグイグイとキオを引っ張り歩き出した。
同時に、背後で戸が閉まる音が響く。いつもより、ほんの少しだけ勢いが強い。それがいかなる意味を持つのか、今のキオには分からなかった。
「良かったのかなあ、あれで」
「良いも悪いも無いわ。他人があれこれと言って心変わりするようなら、とっくに仲直りしてるもの」
「それはそうだね」
ぐうの音も出ない正論に、キオは納得するしかない。
「ヒューズに会って、近況を確かめたら報告だけはしてあげましょう。これはあの親子の問題であって、私たちが余計な口を挟む事じゃないわ」
「なるほど」
さすがはジェニー、理に適った意見である。
「手紙が書かれたのは、一か月くらい前よね。その間にアイツが迷宮の土と化していなければ――まあ、話くらいは聞けるでしょ」
そう言って、少女は肩を竦めた。なんともドライな発言だが、特にキオは驚くこともない。
彼女は情に厚く世話焼きではあるが、死生観は案外と冷めている。基本的には理性の子なのだ。
「それより、サッサと準備を済ませて出発しましょう。早くお肉――ヒューズに会いに行かないと」
さっそく基本が崩れ、彼女の本能が目を覚ます。
ジェニーの背から、餓えた狼の幻影が立ち昇るように見えた。センサーの故障であろうか。
「うん」
下手な答えは返せない。嘘はつけないが、沈黙は出来る。余計な言葉は二人の間に不要なのだ。
キオは静かに頷くと、村長の家へと向かって歩き出した。
☆ ☆ ☆
「――この辺でいいかな。降りるよ」
「ええ、お願い」
抱きかかえている少女の返答を待ち、宣言通りに実行する。
出来る限りゆっくりと、慎重に。そうしてキオ達は地上へと着地した。
降り立ったのは街道沿いの林の中。周囲に人影が無いのは確認済みだ。
「探知魔法は大丈夫?」
「うん、ここなら範囲外だよ。そのぶん少し歩くけど」
「ちょっとくらい運動した方が、食事が美味しく楽しめるわ」
論理的に欲望を肯定する。清々しいくらいのお肉ハンターっぷりに、キオは感心するしかない。
そうして歩き出して、小一時間ほどが過ぎたころ。ようやく目的の場所が姿を現した。
「ね、アレかしら」
「そうだね、アレが迷宮都市だね」
競り上がった丘の上に立ち、ジェニーが指をさす。その先に在るのは、天へとそびえる門構えだ。
遠目にも分かるほどの威容。トスカナ村とは比べ物にならないほどの大きさだ。
その門の向こう、都市部の辺りだろうか。幾条もの白煙が立ち昇っているのが見えた。火事、というわけではあるまい。工房か、それとも料理によるものか。どちらにせよ、その規模は桁違いだ。
「へえ……街よりもずっと凄いわね。領主様の館が何十個入るかしら」
彼女の言う街とはトスカナ村を統括する、地方領主のおひざ元の事だ。
領主とはいってもいわゆる貴族階級ではなく、地主に近い扱いらしい。とはいえその館もそれなりに立派なわけで、だからこそジェニーの驚きも頷けるものであった。
「とても貴重な体験をさせてもらってるね。村長さんには感謝しないと」
キオもまた、この世界にやってきてから今まで、これほどに巨大な都市は見た事が無い。
「そうね。お小遣いもくれたしね」
ジェニーもまた深く深く同意を返してくれる。
精神探査を行うまでもなく、彼女の脳内はご飯でいっぱいなのだろう。
それ以上の言葉を重ねず、キオは目的地を目指して再び歩き出す。
「おにく……おにく……♪」
田舎村で鍛えた少女は健脚である。
弾んだ足取りのままペースを落とすことも無く、やがて門の手前へと到着した。
「いろんな人たちが行き来してるわね。混じっていきましょ」
「うん、そうだね」
街に近づくにつれて、人の数も増えてゆく。その光景もまた、村とは大違いだ。
煉瓦と鋼で組み立てられた門へとゆっくりと歩み寄り、キオ達は列に並ぶ。
「次――二人連れか。初めて見る顔だな。身分証は?」
「これです。トスカナ村から来ました」
ジェニーが前に出て、門番に向かい二人分の身分証をかざす。
各村の長のみが発行できる、木札だ。定型文と共に印章が捺印されている。
「トスカナ……? 少し待て、確認を――うん、合っているな」
門番の傍らに居る、もう一人の男が水晶球を持ち上げた。印章確認用の魔導具だろう。
それを見て、門番が首肯する。
「ずいぶんと田舎だな。目的は?」
「冒険者の友人に会いに来ました。二級の技能検定に合格したそうで、そのお祝いにと」
「ほう……! それはまた、将来有望だな」
こちらの背格好を見て、その友人も年若いと判断したのだろう。
感心したような口ぶりには、特に疑念の色は無い。
「二人だけで旅をしてきたのか。その割には軽装だな」
「田舎出身ですから。身軽な方が楽ですの」
澄ました顔で、ジェニーが答えた。
キオ達は一応、背負い袋を身に着けている。火打石や寝具に携帯食料など、中身もきちんと入れていた。
それでも足りなかったろうか。キオもまだ、この世界の常識には疎い所がある。
「一応聞いておくが、お前たち二人の関係は?」
「そん――」
「将来を誓い合った仲ですわ」
少年の声を遮り、ジェニーは素知らぬ顔で虚言を吐き出す。
――おかしい。村長の孫娘とその従者、という設定だったはずなのに。
キオが疑念を抱くも、しかし少女の弁は止まらない。
「彼とは幼馴染同士で、ずっと一緒に居ると約束してくれまして……ね?」
「はい」
ジェニーの機転が冴え渡る。なるほど、とキオは感心してばかりであった。
同意を促した部分にウソは無い。ならば沈黙をせず、否定をしなくても良いのだ。
キオの内心を悟ったか、ジェニーは更に腕を絡めてピタリと寄り添ってくる。迫真の演技であった。
(凄いな、ジェニー……! うっとりと紅潮した表情まで偽装して、更に心拍数すら自力で跳ね上げるなんてッ!)
幼馴染の底知れぬ才能に戦慄を禁じ得ない。
もはやそれは流石という表現ですら足りず、キオは頷くことしか出来なかった。
「なるほど、今流行の婚前旅行というやつか。羨ましい限りだ」
苦笑と共に、男は手を門の向こうへと指し示した。
「ようこそ、迷宮都市へ。二人の行く末に運命神の加護があらんことを」
その聖句を背に受け、キオ達はゆっくりと歩きだす。
――瞬間、ふわりと風が吹く。春の柔らかな香りに混じり、焼けた鉄の匂いが漂う。実体は無い、だが確かに熱を帯びたそれを感じ、キオは一瞬立ち止まった。
「……ふむ」
都市の奥深くから漂う、揺らめく炎のごとき熱気。それが常なるものかどうか、キオには判断が付かない。
「キオ?」
「ああ、ごめんね。少し気になることがあって」
「そう、必要なら聞かせて」
簡潔に言い切り、ジェニーはキオの腕を取って前を向く。そうだ、迷うことはなにもない。だって彼女が傍に居てくれるのだから。
可憐な幼馴染みに笑みを返し、キオは迷宮都市トロンへと足を踏み入れるのだった。




