第12話 迷宮都市トロン
簡単な説明と荷物検査を終えたのち、キオ達は都市の内部へと足を踏み入れた。
「へえ……」
微かな驚きと共に、ジェニーが目を見開いた。そのまま、きょろきょろと物珍し気に周囲へ視線を巡らしている。
「……凄いわね」
彼女の感想も良く分かる。見渡す限りにずらっと並ぶ店舗や屋台、行き交う人の波。まるでお祭り騒ぎである。
都市の外周部の時点ですでにこれだ。中心部はどれほどに賑わっているのだろうか。
「ヒューズはどこにいるか分かる?」
「うん、もう探査してあるよ。『アレ』もまだ持っていてくれているみたいだから、やり易かったね」
エネルギーの消費を抑えるため、キオは普段センサーの範囲も規模も絞っている。
人が多い場所ならなおさらだ。
しかし、今回は目標があるから、昔馴染みを特定する事に余計な労力は必要なかった。
「うん、ここから西の方角に居るね。地下へと広がる大きな建造物――その近くにいるみたいだ」
恐らくそれが、噂の迷宮なのであろう。この都市がその名を冠として頂く要因となったもの。
しかしヒューズがそこに潜る様子はなく、むしろその場所から遠ざかろうとしているように思えた。
ただ、一人ではない。もう一人と同行しているようだ。冒険者仲間であろうか。
「たぶん迷宮探索の帰りかな? そのまま市街区らしき方向に進んでいるみたいだね」
「ふうん……怪我とかしている様子は?」
「足取りに支障は無いかな。少なくとも、重傷は負っていないだろうね」
「そ、ならいいわ」
安心したようにジェニーがそっと息を吐く。
「どうする? さっそく会いに行こうか?」
「そうね、合流できるようにこちらからも向かいましょ。その途中で宿の候補も見繕っておかないと。まあ、ヒューズに紹介してもらえるのが最良だけどね」
なるほど、正論である。
おのぼりさんのように見えて、彼女のしっかり者っぷりは変わっていないようだとキオは安心した。
「……む」
そうして歩き出してから少し、ジェニーの足がピタリと止まる。
尋ねずとも、原因ははっきりとしていた。四方八方から押し寄せてくる、料理の匂いのせいである。
様々な露店が立ち並ぶ一角をキオは達観の眼差しで見つめた。どうやらアレらは旅人の胃袋を刺激する効果を狙っているらしい。
肉汁と果実を混ぜ合わせたソースが、じゅうじゅうという音を立てて鉄板の上で乱れ舞う。それを絡めた串肉が、見る間に食べごろへと変じてゆき――
「グルゥゥゥ……クォォォ……」
――いけない。彼女の内なる野獣が目を覚まそうとしている。
眼光鋭く、歯ぎしりと共にその唸り声がキオの耳を叩く。年頃の女の子がしてはいけない顔へと変貌している。
このままでは餓えたオオカミによる、食べ歩きグルメ紀行が始まってしまうだろう。そうなればもう、昔なじみに会うどころではない。
「落ち着いてジェニー。ご飯はもう少し後にしようか。ヒューズに会って、それからゆっくりと……ね?」
「ガウ」
良いお返事であった。
流石はジェニー、理性の子。己の本能をなんとか飼いならしている。
その獣性が解き放たれるより先に、目的を果たさねばなるまい。中々に歯ごたえのあるミッションであった。
☆ ☆ ☆
「――あそこにも宿があるみたいだね」
ヒューズと合流すべく歩き出してからしばらくして、キオは少し先に見える建物を指さした。
これでもう、見つけた宿の数は十件を超えている。その数もまた、トスカナ村とは大違い。領主直轄の街とも比べ物にならなかった。
「やっぱり、田舎とは賑わい方が違うわね。目星をつけるだけでも大変かも」
「一応、料金やサービスなんかは記録して、それぞれに比較をしてあるから、良さそうなのから選ぼうか」
とはいえ、判断基準が少し難しい。やはりここは、ヒューズの助言を仰ぐべきだろう。
ジェニーに不自由な思いをさせたくはないのだ。
「……キオ。なにか様子が変じゃない?」
「そうだね、少し揉めているみたいだね」
ジェニーの指摘通り、宿の前で複数の人間がなにやら言い合っているのが見えた。
成人した男が三人。そしてそれに囲まれているのは、まだ幼い男の子だ。
肉体年齢は十二歳。短く切り揃えた緑色の髪の下、その瞳はぴったりと閉じられている。
「おい! 手伝ってやろうって言ってんじゃねえか! ひっく」
「そうだそうだ、その代わりにお前の姉ちゃんを紹介しろって」
「なあ、呪われ子クンよぉ? 素直に善意は受け取るもんだぜぇ?」
その呼気から、アルコールの反応が多分に検出された。どうやら昼間から飲酒をしているようだ。いわゆる質の悪い酔っ払いというやつであろう。その脳は、過度な熱に浮かされているようだ。
周囲の人々も男の子を気の毒そうに見るも、割って入ろうとはしない。その理由は、恐らく三人組の容姿にあるのだろう。
彼らはみな、獣の姿を有するたくましい体躯の持ち主であった。
虎に似た顔の男とサイに似た男、そしてトカゲのような姿の男。二足歩行する人型の獣――いわゆる獣人と呼ばれるものたちだ。
厳つい様相の者が多い種族だが、実のところ粗暴なものは少ない、らしい。
鎖帷子などを纏った恰好からして、彼らは冒険者なのだろうか。特に好戦的な気質の連中なのかもしれないと、キオはそう思う。
『衛兵を呼んできた方がいいんじゃないか?』周りからそんな声がちらほらと聞こえるが、三人組は気にもしていない。
それどころか男の子が手に持っている水の桶を無理やりに奪い、愉快そうに笑っている。
トスカナ村の人々は悪酔いを滅多にしない。だから、こんなふうに子供を囲んでなぶるような真似をする人間をキオは見たことが無かった。
「ジェニー、いいかな?」
「目立たないようにね」
幼馴染の了承を得て、キオはゆっくりと四人の方へと歩み寄る――と。
「アンタら、何をしてるんだい!」
「うるせえな、すっこんでろやババア」
騒ぎを聞きつけたか、宿の中から中年の女性が飛び出してくる。その手に鉄製の円形型調理器具を握り、今にも振り降ろさんばかりに興奮していた。
――怪我とかしちゃマズいよね。
傷害沙汰に発展するまさにその前に、キオは騒動の真っただ中へと滑り込む。
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」
「あん? なんだおま――」
中年女性を押しのけようとした虎獣人の前に立ち、その肩をぽん、と叩く。
≪――皮膚浸透中和・アルコール分解≫
「……お、あ?」
たちまちに酔いが醒め、虎男がぽかんとした顔で立ち尽くす。
「おい、どうし――んお?」
「なにやってんだ、てめえ――りゃ?」
同じように、近寄って来た他二名にも同様の処置を実施。正気へと戻った三人組は、互いに顔を見合わせて黙り込んでしまう。
「――あら、あれが衛兵さんかしら。誰かが呼んだのね」
とぼけたようなジェニーの声が響き、獣人たちの背が跳ねる。酒気が抜けたことで、周囲の状況に気づいたらしい。
彼らは気まずそうに頭を掻き、やがてその恐ろし気な表情をくしゃりと歪めた。
「ちょ、ちょっとしたおふざけじゃねえか……!」
「おい、行こうぜ」
そそくさと立ち去る獣人たち。それなりに良識を持ち合わせてはいたらしい。お酒の飲み過ぎとは怖いものであると、キオはそう思う。
ただ、少し気になることがあるとすれば、ひとつだけ。
酒気が分解されたあとも、彼らにはほんのわずかに――興奮めいた熱が残っていた気がする。
怒りや欲を煽りたてるような、なにか。先ほど門をくぐる時に感じたものに、少し似ていた。
それがこの都市特有の雰囲気によるものなのか、やはりキオにはまだ判断が付かない。
「大丈夫? はい、これ」
「あ、ありがとう……」
水桶の取っ手を、キオは男の子の手に握らせる。さきほど、どさくさ紛れに奪い返していた物だ。
「アンタ、いま何かをしたのかい? 急にアイツら、様子を変えちまったけど」
「彼、酔っ払いをあしらうのが上手いんですよ」
キオは嘘が付けない。不思議そうに首を傾げる中年女性へ向かって、代わりにジェニーがにっこりと微笑んだ。
ちなみに、衛兵がこちらへ駆け寄る気配は無い。彼女お得意の虚言であろう。
「そうなのかい? まあ、なんにせよ助かったよ! ありがとうねえ」
嬉しそうに破顔する女性に、キオは頷き返す。
なんにせよ、荒事に発展せずにことを収められて良かったと、心からそう思う。
「――ジュール、大丈夫!?」
声が響いたのは、その時であった。
(……ああ、そろそろ着くころだったね)
こちらへと走り寄ってくる若い女性の姿が視界に映る。純白の法衣に軽装の革鎧を身に着けた、恐らくは男の子の血縁者。
ジュール、と呼ばれた彼と同じ奇麗な緑色の髪、それを肩の辺りまで伸ばしている。しなやかな肢体はしかし、よく鍛えられていて隙が無い。
肉体年齢は十九歳。その姿から判断するに、恐らく彼女こそが――
「……キオ? キオか!?」
ややあって、女性の背後から驚いたような声が上がる。
良かった。少しのトラブルはあったが、自分たちは探し人に無事巡り合えたらしい。
「久しぶりだね、ヒューズ」
女性を追うようにして現れた青年に、キオは笑顔を向けるのだった。




