第68話 古の盟約
――思えば、おかしな事は幾つもあった。
例えば、シーサーペントの襲撃である。
魔物避けの聖水を撒いているはずなのに、海竜の群れは平然と船へと襲い掛かってきた。
まるで、狙いを定めているかのように――である。
その後、キオは聖剣祭前後の数日間を調べたが、同じ処置をした船が襲われた事は無かった。
そして、浜辺へ姫巫女が姿を現したのもそうだ。
エジンの記憶を探ったが、彼女がそんな気まぐれを起こした事は無い。
彼女の体内に巡る血――因子のようなものが呼び合った、とすればそれにも理由が付けられる。
これすなわち、トルクの血脈は真なるヒトにごく近い性質を持つ、という推測が補強される。
「……聖剣は、それの判定器だったのですね」
淡々と事実を突きつける。
キオの言葉に、もはやエジンは声も出せずに震えるばかりだ。
「真人種族に近い血を持つ者を探り出し、その代の姫巫女と掛け合わせる。そうすれば、ある程度は純度を保てるわけだ」
「む、村人くん……? アナタ、いったい」
物も言えなくなった老森人の代わりに、リュミエが一歩前へと踏み出した。
「なんで、そんな事を知ってるの? そこまでは、あたしだって……」
「エジンさんの記憶を読ませて頂きました」
「……へ?」
目を瞬かせるハーフエルフの少女を他所に、キオは再びエジンへと向き直った。
「とても良く出来たシステムですね。代々、姫巫女を存続させていくため、効率的に特化させている」
「キ、キオさん?」
感心して頷くキオに、ジュールが唖然としたように声を掛けてきた。
「で、でも……今まで聖剣に選ばれた人は一人も居なかったって」
「記憶を消されたのさ」
事も無さげにそう言って、キオは足元へと目を向けた。
「この島に来るとき、黒と白の力が全土に絡み合っているように見えた。あれは、一種の魔法陣だったんだと思う」
「……なるほど。島に入り、そして出るときに特定の記憶だけを消去される、と。恐らくは聖剣を少しでも動かせたーー『適格者』に関する事だけを」
ジェニーが腕を組み、しかし納得がいかないというように首を傾げた。
「なんで、そんな回りくどい事をするのかしら? 聖剣に選ばれた勇者が出た事を隠す、だなんて」
「それはきっと『盟約』とやらに関係があるんだろうね」
びくり、と。エジンの体が跳ねた。
「もっと言えば、真人の血を引くものを見出すにも条件があるんだろうね。特定の国、特定の場所。そして、あるいは――特定の人種」
「そなた、は」
目を剥き出し、わなわなと震えるばかりのエジンを前に、キオはゆっくりと首を振った。
「トルクさんがどうして、そこまで純血に近かったのかは分かりません。けれども確か、曾祖父さんが高名な冒険者と言っていたから、その辺りに関係があるのでしょうか」
真実は不明だ。
だが、それよりも大事なものは、この先にある。
「そなたの、言うとおりだ……聖剣の勇者とは、次代の姫巫女を産ませるための伴侶。はるか遠い昔には、此度のように聖剣を引き抜いた者も居たそうだ」
そして、と。エジンは言葉を続ける。
「あの港町を含む国一帯は、かつてこの島から逃れた『ヒト』が祖となり、血を撒いた。そう伝承には継がれておる」
「へえ……?」
「それは、その国ばかりではない。古き世界が焼かれた後、人々はそうして再度の繁栄を遂げていったそうだ」
興味深い話だった。
薄々と勘づいていたが、現在の人間種族の大元はやはり、真なるヒトであったらしい。
キオはそれを深掘りしたい衝動をこらえつつ、先を促した。
「そうして、この地から散らばった『ヒト』は――その血の中に『盟約』の証を潜ませたのだ。儀式に必要な、証をな」
「儀式……ですか」
キオは、岬の向こうへと目を向けた。
波間に揺られ、悲痛に蠢く影がそこに在る。
「ではやはり、あちらの方々がその犠牲者なのですね」
「なんだと……!?」
ハッとして、エジンがキオの視線を辿る。
だが、いかに古代魔術に通じた老森人といえど、その思念体まで見出すことは出来ないらしい。
せわしなく動く眼差しは、その末端すら捉えられていなかった。
「そなたは、何が見えておるのだ……!?」
慄く声が、耳朶を打つ。
「古い古い神様が、海の底に眠っているのですね。それも、とても力の強い神だ。世界創造に関わっていたとしてもおかしくないほどの、大物が」
「う……っ」
よろめくエジンを、リュミエがサッと支える。
「な、なにを言ってるのさ!? さっきから変だよ! ねえ、村人くん!?」
「すみません、リュミエさん」
ぺこりと頭を下げると、キオはそっと自身の裾へと手を伸ばす。
そこには、細くしなやかな指があった。
強く、強く裾を握りしめている幼馴染の手を、そっと撫でる。
「大丈夫だよ、大丈夫。僕はまだ、大丈夫だ」
「キオ……」
心配げな声に微笑みを返し、そしてキオは頭を巡らせた。
向かう視線のその先は、あの小山。
氷室の中に在る――この世ならざる地。
「隔離世に、行かせてくれませんか?」
「なんだと!?」
「あそこに居る神様を封印し続けるのか、それとも抹殺するか。どちらが良いのか、少し確認したい事が出来ましたので」
さらりと言ってのけ、キオは微笑んだ。
その思考の中に浮かぶのは、『彼』の姿。
お人好しで不器用で、いつだって自分より他の誰かを優先してしまう、愛すべき仲間。
「トルクさんに……会わせてください」




