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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
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第67話 月明かりの、その下で


 崖下から吹きあがる風が、岬の先端を揺らしていた。

 月明かりの中、白い花々が震え、ふわりふわりと花弁が舞い上がる。 

 

 どこか幻想的な光景を前にして、キオ達三人はただじっとそれを見つめていた。


「……待たせたの」


 ――声は、背後から聞こえた。

 

 波音へ被さるように、それは朗々と響き渡る。


「いえ、お気遣いなく」


 キオが振り向くと、そこには二つの人影があった。


 ひとつは老森人・エジン。

 そして、もう片方は――


「冒険者様もいらっしゃってたんですね」

「そんな堅苦しい言い方はしなくていいよっ! リュミエって呼んでね」


 ジェニーの声に応えたのは、『不屈の炎』のメンバーである、ハーフエルフの魔術師だ。

 結わえた金の髪をぴょこぴょこと揺らし、快活そうな笑みを浮かべている。


「こやつはまあ、立ち合いのようなものだ。気にせんでくれ」


 静かに、穏やかに。

 エジンの口調はよどみなく、そしてほんの少しも揺るぎが無い。


「祭りの『処理』として、すべきことが多くてな。こんな時間になってしもうたわ」

「なるほど、お疲れ様です」


 その言葉の裏にあるだろう意味を読み取り、キオは微笑む。

 傍らにいるジュールがぴくりと反応し、不安そうにこちらを見上げてきた。

 翠に輝く髪の毛をそっと撫で、キオはエジン達に向き合う。


(昼間は、あまり話が出来なかったからね)


 氷室での一件を思い出す。

 トルクに関する衝撃的な言葉を述べた後、エジンはリュミエを連れ、その場を足早に離れていった。


 ――今夜。月が輝く頃、あの岬にて話そう。


 そうして、その言葉の通り――彼女は、この場所へ再びやってきた。

 その胸の内にあるのは真実を告げる覚悟か、それとも否か。


 しばし、キオとエジンの視線が虚空にて絡み合う。


「あの、えっと……これを」


 二人の間に満ちる、静かな圧に耐え切れなくなったのか。

 思い切ったように声を振り絞ったのは、ジュールであった。

 おずおずと前に出て、手に持つものを差し出す。


「先生の……その、奥様の遺品と聞いてます」


 手のひらの上にあるのは、小さな髪飾りであった。

 白い花弁を象ったそれは、この岬に咲く花々と同じもののように見える。



『――花を手向けてやりたくてな』



 この島を訪れる、そのきっかけとなった言葉。

 気難しい薬師の男が、珍しく決まりが悪そうにしていた、あの表情を思い出す。


 ――なるほど。確かに、この場所には相応しい物なのかもしれない。


「今さら、疑う事でもあるまいが……アンの縁者というのは、やはり真であったか」


 震える手で髪飾りを受け取り、エジンはしばし瞑目する。


「これはの、かつてケーレがこさえた手製のものだ」

「えっ!? それって――姫巫女様が!?」


 驚くジュールに、老森人が頷く。


「……うむ。アンは、幼い頃よりケーレの傍仕えをしておってな」


 言って、エジンは岬の向こうへと視線を向けた。

 その眼差しは、海原の先へ――どこか、遠くを見るように細められている。


「互いにな、良く物を贈り合っておったよ。あの二人は、本当の姉妹のように仲が良かったからのう」

「奥様と、姫巫女様が……」


 どこか呆然と呟くその声に、エジンは二度目の頷きを返した。


「この島を出るときに、これだけは持たせたのだ。思い出す事は有り得ぬが、せめて……と」


 奇妙な物の言い方に、キオは内心で納得する。

 それは、ここ数日の間に組み立てていた仮説を補う、何よりの証言のように思えたからだ。


 髪飾りを手に、エジンが一歩を踏み出す。


「――アンは、この岬で儂が拾った」


 その一言は確かな衝撃を持って、周囲を震えさせてゆく。


「獣に襲われたか、両親の遺体はひどく損傷しておった。その母親が最後まで抱きしめ、胸に包んで守っておったのが――アンであった」


 静かに、静かにエジンは語る。


「そうして儂はあの子を育てた。ケーレの傍仕えには、ちょうど良いかもと思ったのでな。健やかに明るく育ち、そしてあの子は――」


 その先を、彼女が告げる事は無かった。

 目を伏せ、口元を引き結び、ただただ風に吹かれるままに立ち尽くしている。


「……アンの事は、あたしも良く覚えてるよ。お日様みたいな女の子だったっけ」


 リュミエが、老森人の後を引き継ぐように微笑んだ。


「焼き魚が好きでさ。事あるごとに、ケーレ様に振る舞ってたっけ。はふはふ食べる二人が、なんだかおかしくてさあ」


 リュミエの瞳が、微かに潤む。

 彼女もまた、在りし日の光景を、この岬に見出しているのだろうか。

 キオは、二人の森人が浮かべる表情を眺めながら、そうして口元を緩めた。


「……アンさんは、素敵な人だったのですね」

「うん、間違いないね。それだけは間違いない」


 リュミエが躊躇いなく頷く。


「でも、あの子は。どうしてか島を出て――」

「――リュミエ」


 エジンが再び口を開き、少女を牽制する。

 バツの悪そうな顔をした後、リュミエは肩を竦めて一歩を下がった。


 そのやり取りが皮切りとなったか、五人の間に沈黙が流れる。

 二の句を継ぐ機会を測り損ねたかのように、誰もが口を閉ざしてしまう。


「……黙祷を、しましょうか」


 しばしの間の後、口を開いたのは――ジェニーであった。


「アンさんの魂が安らかになるよう、新たな運命の輪へと再び巡るように」


 否を唱える者はいない、いるわけがない。

 

 手を組む者、跪く者、目をただ伏せる者――それぞれの姿勢で、アンの魂へと祈りを捧げる。


(――アンさん。ヒューズは、貴女の息子さんは立派な青年に成長しましたよ)


 キオは彼女の顔を知らない。人となりも、まるで分からない。

 それでも掛けられる言葉はある。伝えたい願いはある。


 優しく、穏やかな時間が流れる中、五人はひたすらに黙祷を続けた。


 ――やがて、誰からともなく目を開く。


 息を吐き、体をぶるりと震わせ、そうして全員が立ち上がる。


「……エジン様。お聞きしたい事がございます」


 口火を切ったのは、今度もやはりジェニーであった。


「聖剣祭におけるトルクさんの役割と、その後の処遇。今ここで、はっきりと教えてくださいませ」


 そう、それが――それこそが、本題であった。

 

「一年を共にし、子作りをすると聞きました。お尋ねしたいのは、その先ですね」


 ジェニーに続き、キオもまた静かに問いかける。

 隔離世の間。そこではこちらでの一日が、一年に相当するという。

 

(『博士』と見た、大昔のアニメーション動画にも、そんなものがあったっけな)


 微かな懐かしさを胸に疼かせながら、キオはエジンを見据える。


「……聖剣を動かすには、一定の資格がいるのだ。それは、後天的に備わるものではない。ゆえに、我らはそれを欲しておる」

「聖剣の適格者を選ぶ条件、ですか」


 それを口に出しながら、キオは集めた情報(データ)を元に推測を立ててゆく。

 エジンが言わずとも、わかる。

 彼女らが秘匿している謎――その輪郭は、既に見えていた。


「……五十年に一度、姫巫女様は交代するそうですね」


 ゆえにキオは、別角度からの攻めに移行する。


「……っ!」


 効果はてきめん。反応を示したのは、リュミエであった。


「……未熟者め」


 ため息で応じるエジン。

 その表情には、確かな疲労が色濃く映っている。


「え、あっ!? いや、あの! なな、なんでもないしっ!」

「不思議ですね。姫巫女様は長命種だ。あの方も百歳を超えてなお若々しい姿を保っていますよね? なのになぜ、五十年ごとに交代する必要があるのでしょうか?」


 焦るリュミエを前に、淡々とキオは質問を重ねてゆく。


「あ、そういえばそうですねっ! 先代の……ええと、姫巫女様のお母さまってどこにいらっしゃるんですか?」


 ハッとしたように、ジュールが首を傾げる。

 だが、その質問は致命的であったようだ。


「……む」


 苦虫を嚙み潰したような、とはこの事か。

 いかにも痛い所を突かれたかのように、エジンは顔を歪めてしまう。

 迷い、悩むように目を伏せると、彼女は重々しく吐き出すように、口を開いた。


「先代は――『カミ』になったのだ」


 ――カミ? 神、だろうか?

 

 翻訳機能が十全に働いてないのか、それともニュアンスを誤訳しているのか。

 キオには、その言葉の意味が判別できない。


「それは、どういう意味なのですか?」

「……すまんが、これ以上は言えぬ」


 キオの問いかけに、エジンは首を振る。


「トルク殿の身に、危険は無い。それは確実に約束しよう。聖剣に選ばれた者の義務は、子を為すこと。それだけだ」


 その言葉に、リュミエが顔をしかめた。

 先ほどから彼女の反応は、隣に居る老森人とやや異なる。

 もしかしたら、とキオは思う。知識量に差があるのかもしれない。


「そなたらが何者なのかは、分からぬ。だが祭儀の邪魔はせんでくれ。それだけをお願い申し上げる」


 深く、深く。エジンは頭を下げる。

 これ以上の追及をしてくれるなと、その姿勢が物語っていた。


「全てを教えて頂けるなら」


 だから、キオは――その決断を下す。


「僕の素性も、お話します」

「キオ――」


 目を見開き、ジェニーがキオの裾を引っ張る。

 だが、今回ばかりは譲れない。

 この島で起きつつある『なにか』と、海底に封印された『それ』

 

 放っておけば災厄と化して、多大な被害を及ぼす可能性が高い。


 なにより――トルクの身が、心配だ。


「そなたの素性を、だと……!?」

「はい。そして出来うる限りのお力添えを致しましょう」


 キオは断言する。

 エジンが悪人でないことは、もう明白だ。

 これまでの会話での脈拍や発汗、それらが起こす生体反応から、良く分かる。


「む、村人くん? え? なに、なにを言ってんの?」


 戸惑うリュミエを前に、しかしキオは躊躇わない。

 

「貴女がたは、秘匿をする側だ。だから、こちらの気持ちを分かって頂けると思います」

「む……」


 エジンが、迷う素振りを見せる。


「そなたが、只者で無いのは分かる。だが、余計な手出しをしてくれるな」

「エジン様、キオさんは――」

「たとえ、どれほどその少年が強いとしても、ダメなのだ」


 老森人は、苦渋に満ちた顔で、首を横に振った。


「力では、どうにもならぬ。あれはそう、もはや現象なのだ。人の身でどうにかなるものではない」


 その視線が、眼下に――その更に向こうにある、海の底へと向けられた。


「それに、儂はこれ以上を告げられぬ。盟約があるゆえ」


 ひどく疲れたように、エジンは再びため息を吐く。

 その口ぶりには、長く重苦しい積み重ねがあるように思える。


 ――盟約。それはすなわち、なんらかのプロテクトか。

 

 話したくないのではなく、話せない。

 だとすれば――


「ジェニー、ごめん」

「えっ」


 それだけで、こちらの意図を察したのだろう。

 弾かれたように振り向く幼馴染の少女を視界に留め、キオは――思考探索機能を開放する。


 迷宮都市での騒動以来だ。しかも、悪意や敵意を持たぬ人間に使用するのは――それこそ、何年ぶりか。


 ジェニーの顔が、ほのかに青ざめる。

 それを見た瞬間、キオの胸の奥で火花が散った。


(……ごめんね、本当にごめん)


 彼女は、キオが兵器に引っ張られるのを何より嫌う。

 しかし、手段を選んでいる場合では無い。そう判断した。


 視線がエジンのそれを射抜くと同時に、プロセスは開始される。

 衝撃も苦痛も感応も、何一つ相手に与える事は無い。


 異世界人であろうと、人体の構造自体はほぼ同じ。

 脳に走るシナプスと、絶え間なく明滅する電気信号。いかなる魔術の使い手であっても、それを抑え込み偽装する事は不可能だ。


 光と共に、膨大な記憶が奔流となって押し寄せる。

 それは、数百年の間に積み重なった想いの粒子だ。


 ――しかし、キオは怯みもしない。


 これが相手の尊厳を害する行為であると知りながら、冷静に冷徹に判断を下してゆく。

 雑多なメモリーを掻き分け、より分ける。


 ――これ、か。


 思考の奥の奥、エジンが必死に堪え、秘匿しているその記憶。

 祭儀に関する情報を選別し、サーチし――そして、キオは『それ』に辿り着いた。


「――なるほど、そういう事でしたか」

「……っ!?」


 キオの頷きに、何かを察したか。

 エジンが驚愕の眼差しでよろめいた。


「聖剣の適格者が必要な理由。そしてそれを見出す手段。姫巫女が交代せねばならない、その真実は」

「そ、そなた……い、いったい……!?」

「申し訳ありません、エジンさん。非礼はお詫びいたします」


 キオもまた、先ほどのエジン同様――いや、より深く頭を下げた。

 だが、これで理解した。全てはそう、繋がっていたのだ。


「真なるヒト――真人種族。トルクさんは、その血を潜在的に濃く継いでいるのですね」


 

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