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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
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第63話 祭りの後に



「トルクさん、大丈夫でしょうか……?」


 ジュールが、不安そうに氷室の奥を見る。

 聖剣が収められていたはずの台座は空っぽ。刀身が直立していた名残すら見当たらない。

 トルクがそれを引き抜き、『勇者』となったのだ。そして姫巫女の侍女たちに連れられて、どこかに出ていってしまった。

 

「そうだねえ」


 キオは是とも否とも言わずに、周囲を見回す。

 あれだけ集まっていた人々は、もうほとんど残っていない。姫巫女に促され、祠の外へと歩き去っている。

 

「……すごい騒ぎだったわね」


 ジェニーがぽつりと呟く。彼女の言う通り、聖剣が抜かれてしまった直後はもう、筆舌に尽くしがたい大騒動であった。

 まさしく悲喜こもごも。怒号と悲鳴に、歓声まで。あらゆる声が木霊し、暴動一歩手前になりかけた。

 

「姫巫女様の一言で、収まったけれど……やっぱり、あれもそういう事かしら」

「だろうね」


 姫巫女が声を発した瞬間、広間は水を打ったように静まり返ってしまった。抗えるはずもない、それは絶対的な――『支配者』の言葉。

 

「トルクさんのお仲間さんたちも、えっと。なんか、その」


 ジュールが気まずそうに祠の入口へ目を移す。

 その向こうにはまだ、何人かの人影があった。それなりの武具に身を包んだ冒険者風の男女たち。

 その中には、トルクの昔の仲間――ゼノの姿があった。周囲に居るのは恐らく、そのパーティーメンバーであろう。

 

 彼らもまた、トルクが聖剣を手にしてしまったその時、驚愕に目を見開いていた。

 あまりの衝撃に、開いた口が塞がらないようであり、慄き震えていたのをキオは思いだす。

 彼らが広間を出て行く時も、足元もおぼつかずにフラフラとしていたようだ。

 

 

『……おめでとう、なんて。言えないよね』



 『暁の刃』の一員らしき、猫耳の少女は魂が抜けたような声で、そう呟いていた。

 

「いやあ、すっごいね! さっきのオジさんさ、村人クンたちの仲間なんでしょ!?」


 悲痛な様子で出ていった『暁の刃』の面々とは対照的に、半森人の少女・リュミエは興奮気味に拳を握りしめていた。

 

「あの人なに? ものすごく強い冒険者とか!? あまりそうは見えなかったけど」

「うーん、そうですねえ」


 なんと言えば良いものか。下手な返答は、トルクの名誉に関わる気もする。

 キオが答えに窮していると、ジェニーがそっとその袖を引っ張った。

 

「……キオ」

「うん」


 彼女が何を言いたいか、聞かずとも分かる。その足音は、少し前からキオの耳に届いていたのだから。

 ジェニーの視線が向いたその先には、白装束に身を包んだ一人の老森人の姿があった。

 ゆっくりと、しかし確かな足取りで。彼女はキオ達に向かって歩み寄ってくる。

 

「あ、大婆様!!」


 ぴょん、と。文字通りにリュミエが跳ね飛ぶ。

 

「……リュミエか。久しいな」

「はい! ええと、二十年ちょっとくらい? とにかく、お久しぶりです!」

「そなたが、ここに居るという事は……そうか、選定の時期か。長に気を遣わせたようだの」


 なにやら頷き合う森人二人を見て、キオは首を傾げる。

 選定。確か、リュミエは先ほどもそんな言葉を口にしていた。

 

「まあ、良い。その話はあとでな。今は――」


 エジンの眼が、キオ達を捉える。

 

「えっと、あの……?」

「ジュール君、この方が前に話したエジンさんだよ。アンさんの関係者なんだって」

「あ、そうなんですか!」


 ジュールが慌てて、ぺこりと頭を下げる。

 

「ボクは、ジュールです! トスカナ村で薬師見習いをしています!」

「彼はアンさんのご主人の、弟子なんですよ」


 補足するように紡がれる、キオの言葉。それに反応したのは、意外な事にリュミエであった。

 

「え、アンって結婚してたの!? あ、いやでもそっか! 二十年以上前だしね!」


 目をキラキラとさせ、リュミエはずずいっとキオに詰め寄る。

 

「ねえねえ、アンの旦那さまってどんな人!? 格好いい? 強い? 魔術とか使える?」

「薬師さんですよ。ちょっと気難しいけど腕は確かです」


 のほほんとそう答えながらも、キオの意識は氷室の奥――トルクが連れ出されたそこを掴んで離さない。

 

(……確かに、ジュール君の言う通りに心配だな)


 そんなキオの心境をいざ知らず、リュミエは興奮気味に捲し立ててゆく。

 

「気難しいの!? いやでも、アンの性格ならそういう人こそ合うのかな!? 明るい子だったもんね! もう会えなくなっちゃったから、心配してたんだよ! でさ、でさ! 子供とかは――」

「――冒険者様、その辺で」


 リュミエの声に割って入ったのはジェニーだ。

 ニッコリと微笑みながら、さりげなくキオの前へと出て庇ってくれる。

 

「アンさんは、二十年前に亡くなりました。出産のときに、母体へ負担がかかり過ぎたらしく」

「え……」


 リュミエが、ショックを受けたようによろめく。


「そん、な……アンが……?」

「はい。その生家がこちらだと聞いて、私たちはこの島に参りました。彼女が遺した息子が、冒険者として一人前になり、伴侶にも恵まれたので……そのご報告も兼ねて」


 エジンの眉根が、ピクリと動く。

 しかし、彼女が口を開くより先に、リュミエがなんともいえない仕草で、項垂れてしまった。

 

「そっか……アンの子供は冒険者になったんだね。血は争えないのかな。あの子、それに憧れてたから」


 自嘲気味に、しかしどこか懐かしそうにリュミエは微笑んだ。

 

「あたしともさ、冒険譚なんかのお喋りをしたっけなあ。ケーレ様も交えて、三人でね。楽しかったなあ……」


 昔日を尊ぶような眼差しには、優しい光が宿っているように見えた。


「死んじゃったんだ。そっかあ……」

「はい、ちょうど二十年前の今日だと聞いています。だから――」


 ジェニーが引き継いだその言葉に、しかしリュミエが固まった。

 

「――今日? 聖剣祭の、()()()?」


 戸惑ったような声が漏れ、リュミエの顔がエジンに向いた。少女の表情は何故かぎこちなく、強張っているように見える。

 

 

「……そのようだな」


 エジンが口を開く。その言葉にはどこか悲痛な、物々しさが感じられた。

 

 薬師の妻の死に、なにか思う所があるのだろうか。二十年前の、この日。聖剣祭の本祭と重なるこの時に、なにか。

 

「あの、それがなにか……?」


 同じことを感じたか、ジュールがおずおずと尋ねるもエジンは首を横に振ってしまう。

 

「いや、大したことではない。気にせんでよいぞ」


 それ以上、語る必要なしという事なのだろう。引っかかるものはあるものの、追及しても益はなさそうだ。

 

「それで、トルクさんはいつ戻ってくるのでしょうか?」

 

 キオは気を取り直して、別の質問をかぶせる。

 

「……今日は、こちらに泊まって頂く」

「えっ!? 宿泊するんですか!?」


 ジュールが驚いたように、氷室の向こうを見やる。

 

「うむ、そうだ。トルク殿、といったか。彼には勇者の役割を果たしてもらわねばならん。それで……」

「それは、トルクさんの意志に沿うものなのでしょうか」


 キオの言葉に、エジンが顔を微かにしかめた。

 

「無理強いは止めてくださいね。トルクさんは優しいから、頼みを無下にしたり出来ないんですよ」

「……キオ?」


 戸惑うように、ジェニーが袖を引く。その声音には、ほんの少しだが驚きが入り混じっているようだ。

 

「あの向こうで、姫巫女様とお二人で。何をなさっているんでしょうか?」

「……っ!?」


 エジンが目を見開く。リュミエもまた、忙しない仕草で顔を動かし、キオと彼女の間で視線をさ迷わせていた。

 

「む、村人クン!? え、なにを言って」

「トルクさん、緊張されてるみたいですね」


 のんびりと、しかし断言するように。キオはそう言い放った。

 

 センサーは、氷室の向こうにある回廊を正確に捉えていた。その奥まった部屋のひとつ。そこに、二つの生体反応がある。


 ひとつは姫巫女。そしてもう片方はトルク。だが、彼の方の様子がおかしい。

 動悸が激しく、脈拍も上昇。相当のパニックに陥っている。

 

「彼になにか、危害が及ぶようなことは――」

「キオ、落ち着いて」


 ジェニーの声に、キオはハッとする。

 

「すみません、失礼な事を」

「……いいや。心配するのは当然であろう」


 キオの謝罪に対し、エジンは探るような眼差しを返す。

 

 ――なんだろう? 僕は、どうしてこんな風に焦っているのだろうか。

 

 原因を探ろうと、思考データをサーチするも、はっきりとはしない。

 ただ、トルクのあの困ったような笑顔を思い出すと、いてもたってもいられなくなるのだ。

 

 不思議な感覚であった。この世界に来てから――いや、元の世界でも感じた事の無いもの。かつて、『博士』たちに向けたそれとも、同じではない。

 

 庇護欲にも似ているが、違う。かつてヒューズに感じ、今ジュールに対して抱いているものとは明らかに異なる。


「エジンさん。お話をして頂けますか? 『勇者』が――トルクさんが為すべきお役目とは、なんなのでしょう」


 押し黙ったキオに代わり、口を開いたのはジェニーであった。

 幼馴染を背に庇い、空色の髪の少女は――毅然と老森人に向かい合う。

 

「それは」

「大したことでないとは、言わせません」


 ぴしゃりと言い放ち、ジェニーは圧を強める。こうなった時の彼女は強い。トスカナ村最強である。

 

「今、ここで。嘘偽りなくお答えください。私たちはトルクさんの仲間です。知る権利があるはずですわ」

「そ、そうですよ!!」


 今まで困惑していたジュールもまた、姉貴分に応じるように声を張り上げた。

 

「トルクさんは、大丈夫なんですか!? 教えてください!」

「そなたらは……」


 エジンが目を見張る。なにか、こちらの様子に思う所があったのだろうか。

 

「……エジンさん、お願いします。僕は()()()()()取りたくありません」


 キオが、ジェニーたちの意思を引き継ぐ形で静かに告げる。

 思考を読む事は容易い。その思惑の奥の奥まで引き出す事も不可能ではない。

 だが、出来ればその口から聞かせて欲しかった。意にそぐわぬ形での情報収集は、対話には程遠い。

 

「そなたは、何者なのだ――」


 あの夜に問われた言葉。それを改めて、エジンは己が舌に乗せて放つ。そうして、キオにはそれが、二つに重なって聞こえた。

 

 ――魔術言語。恐らくはこちらの思考に干渉するもの。

 

エジンの手に、小さな杖が有った。祭具のように見えるが、それは魔導具の一種なのだろう。エジンの発した言葉と同時に薄く先端が輝く。以前に防がれた経験から、補助具で増幅(ブースト)を掛けるつもりだったのかもしれない。


 だが、それすらもキオには通じない。もちろん、傍に居る二人にもだ。

 防御機構が瞬時に働く。古代の秘奥義であろうそれも、結び付くことはない。不可視の糸は宙に溶けるように消えてゆく。

 

「……これも防ぐか。恐るべき男よな」

「え? え!? 大婆様、今まさか魔術を……?」


 目をぱちくりとさせるリュミエを他所に、エジンは重々しい溜息を吐いた。

 

「……嘘は申しておらんよ。今日一日はこちらへ戻らん。泊まるのも本当だ」


 だが、と。老森人は告げる。

 

「向こうでは、違う。時の流れが異なる。あの二人は、これより子作りと出産、そして短期間だが育児もしてもらう」


 思いもよらぬ言葉に、キオ達は顔を見合わせた。

 

「出産? え、育児?」

「そうだ。そして、これこそが聖剣祭の、真なる『本祭』である」


 戸惑いを超えて混乱し始めたジュールを見据え、エジンが頷く。



「これより一年間。トルク殿と姫巫女は――あの場所で、共に暮らして頂くのだ」

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