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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
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第62話 邂逅


 ――氷室を抜けた先は、白い壁に囲まれた回廊であった。


 光源は見当たらない。ランタンどころか、蝋燭ひとつ目に付かない。

 だというのに、周囲は決して暗くは無かった。

 

 壁そのものが、うすぼんやりと輝き、行く先を照らしてくれる。

 魔導具か、はたまた何らかの魔術によるものか。トルクには判断が出来ない。


(なんで、俺……)


 踏み込むたびに、足元からひんやりとした冷気が立ち昇って来る。

 しかし、思考はちっとも冴えやしない。まるで霧に包まれたような感覚であった。


(こんなところ、歩いてるんだ……?)


 前を進む、姫巫女の侍女の背を追いながら、トルクは夢うつつに独り言ちた。

 

 自然と視線が落ちる。まず目に付いたのは、やはりそれ。

 トルクの右手の中に握られ、むき身のままぶら下げられている――青白い刀身。

 重くも無く、軽くも無い。まるで自分の二の腕のように、違和感なくそこに在る。


(聖剣……そう、聖剣だよな。俺がこれ、抜いたんだっけ……?)


 つい、先ほどの光景を思い出す。

 図らずもこの剣を引き抜いてしまったその直後、トルクに向けられたのは――かつてない騒音だった。


 沈黙は一瞬。広間に集まった者たちの口から出たのは、怒号に悲鳴、歓声等など。あらゆる音の嵐が、聖剣の主へと迸った。


 生まれてこの方、大勢から注目を集めた経験など無い。そんなトルクにとって、氷室をびりびりと震わせるそれはもう、かつてない恐怖体験であった。


 

 けれども幸いというべきか、混乱が狂騒へと陥ることはなかった。

 姫巫女の『お静かに』という一言で、声はピタリと収まったのだ。


 だが、トルクにとってはそれで全てが解決したわけではない。

 準備があるから、と。姫巫女は裾を翻して悠然と去っていき、残されたトルクは別室へと案内された。


(そこで……こんな服まで着せられちまってよお)


 今、トルクが身に纏っているのは、着古したヨレヨレの短衣にズボンではない。

 蒼を基調とし、裾が膨らんだ何やら仰々しい服装であった。落ち着かないこと、この上ない。


(……俺、どうなっちまうんだろ)


 聖剣を抜いたというのに、高揚感など無い。まるで無い。あるわけが無い。


(だめだ、なにも考えらんねえ……)


 歓喜の念に優越感。そんなものは欠片も湧き上がらず、代わりに吹き込んでくるのは――言いようの無い恐れと、戸惑いだけ。


(……なんで、今更)


 その疑問が、どうしても消えてくれない。胸にわだかまってしまう。


 

 ――勇者。すなわち()()()()()



 それは冒険者にとって、ひとつの到達点。比類なき最上位の称号であり、誰もが憧れるもの。

 歴史上、その名を冠した者は数少ない。それを得たのは、誰もが偉業を為した傑物たちばかり。


 けれども、トルクはそうではない。

 為したから呼ばれたのではない。選ばれたから、そう呼ばれてしまったのだ。


 それはまるで、神話や伝説に語られる英雄だ。神が作り上げた武器を得て、超人的な活躍をする。

 自分がその一員になってしまった事が、どうしても信じられなかった。


(これで、俺は強くなったのか? はは、実感なんてねえや……)


 冒険者を辞め、商人を志すと決心した。そしてその一歩を、キオ達のおかげで踏み出せたのに。

 ようやく、長年の夢を諦められたのに。


 そのとたんに、予期せずそれは転がり込んできた。

 望みもせず、ほんの偶然に。まるで運命が呼びこんだが如く。

 仲間と一緒に戦える強さ。あれほどに欲し、自分にはついぞ持ちえないと断念したもの。

 

 それは、冒険者の究極ともいえる称号と共に今――トルクの、手の中にある。


(キオ――)


 瞬間、脳裏に浮かんだのは、あの優しい笑顔だった。

 いつものんびりとして、穏やかで。何者かになろうと必死で足掻く、そんなトルクの気持ちに寄り添ってくれた少年。


(おれは、どうしたら――)

 

「――勇者様、こちらでございます」


 すがるようなその思いは、突然に響いた声に遮られた。


「へ、は、はいっ!?」


 いつの間にか、目的地に着いていたらしい。

 侍女は恭しく頭を下げると、脇に退いて『それ』を手のひらで示した。


「えっと、この部屋に、その。姫巫女様が待っているんです?」

「はい」


 それは、周囲の壁と同様に簡素な作りの扉であった。紋様のひとつも刻まれていない。

 その左右には、へこんだ取っ手が見える。恐らくは横開きに動かすのだろう。


「ここが、姫巫女様の――寝所にございます」

「……へ?」


 思いもかけぬ言葉。だがそれを問いただすよりも早く、扉が開かれた。



 そこは、意外なほどに狭い。四方が青白い壁でおおわれ、幾つかの家具が壁に備え付けられている。

 目を引くのは、中央にあるベッドだ。トルクの、ひざ丈ほどの高さのある白い寝具。


 そして、その前に――薄い衣に身を包んだ姫巫女が座していた。


「――ようこそ、御出で下さいました。ご足労をおかけいたしまして、申し訳ございません」


 鈴の鳴るような声が、耳をきいんと震わせた。

 その細い肢体にぴたりと張り付いた、白い布地が目に入る。下の肌が透けて見え、体の線がくっきりと分かってしまう。


 ――ごくり、と。自然と喉が鳴る。唾を呑み込む音がやけに大きく響いた気がして、血の気が失せていくのが分かる。


「あ、あの! えっと、その!」


 何か、言わなければ。そう思うのに、気ばかりが焦ってしまい、言葉が出てこない。


(ああ、くそ! なっさけねえなあ……!)


 もどかしくて、恥ずかしくて仕方がない。

 トルクにはこれまで、ついぞ恋愛経験というものが無かった。


 もちろん、かつてのパーティー内にも女性は居た。だが、彼女たちは大切な仲間である。異性として見た事など一度もない。


 ゆえに――こうも美しい女性と一対一で向かい合うことなど、生まれて初めてであった。


(いい年して、本当に俺ってやつはよお……)


 とことん自分が情けなくなるが、それでもせめてもと矜持を示そうとする。

 背筋を正し、ぎこちなくともトルクは声を張り上げた。


「あ、あのっ! お呼びいただいて、その! 光栄です! お、俺は……」

「……ご尊名を、頂戴してもよろしいでしょうか?」


 つっかえそうになる言葉を、ケーレが優しく引き取った。

 遮るでもなく、促すように。柔らかな口調で、そう尋ねてくれる。


「は、はひっ! トトト、トルクと申しますですっ!」

「トルクさま……」


 にこりと、姫巫女が微笑んだ。口元を緩め、まなじりを下げる。

 それは、まさに花が咲くような――可憐な笑顔。


「は、ひゃっ! は、はふ……!」


 思考が飛ぶ。頭が真っ白になる。

 四肢が震えて、立っていることさえままならない。


「トルクさま、私はあなた様にお願いしたき事がございます」

「お、ねがい?」

「はい」


 紅い瞳がトルクを射抜く。

 それを見ているだけで、胸の奥に得体の知れない衝動が湧き上がってきた。


「まま、任せてくださいよっ! な、なんでもしますぜ!」


 どん、と。自身の胸を叩いてトルクは笑う。


「勇者の、えっとなんか使命ですか? やりますよ! 俺ぁなんでもやります!」


 そんな安請け合いを、しかしトルクは気にしない。

 目の前の、この美しく可憐な女性の願いを叶えてあげられるなら、なんでもしてあげたい。

 そんな気持ちが、止まらない。


「では、これより本祭を務めたく存じます」

「ほん、さい?」


 はてな、とトルクは首を傾げる。

 島の住民たちや祖国の伝承でも、そんな話は聞いたことがなかった。


 ――聖剣を抜く試しをして、それで終わりではないのだろうか。

 

 涼やかな居住まいはそのままに、ケーレが指を揃えて、深々と伏す。

 見覚えの無い仕草だ。森人が行う、独特な礼の仕草であろうか。

 そんな風にトルクが戸惑っていた、その時であった。


「私と、今ここで。契りを結んでくださいませ」

「……へ?」


 ちぎり。ちぎりとはなんだ。ビリビリとなにかをちぎるのか。

 頭に言葉が入っていかない。意味が浸透しない。


 そんなトルクに、姫巫女はあくまで穏やかに、そして柔らかい口調で告げる。

 恥じらいも、畏れも。なにも感じさせない、たおやかな声で。



「――私は、トルク様のやや子を孕みとうございます」


 

次回は来週、火曜日に投稿いたします

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