第60話 疑惑
姫巫女による、厳かな祭り開始の宣言からしばらくして。途切れる事の無かった列の流れも、ようやくひと段落を見せつつあった。
山の中腹にある祠。そこへと進んでゆく人々を眺めながら、キオは樽を持ち上げた。
中身は空っぽ。なみなみと満たされていた液体は、内部にわずかな雫だけを残して消えている。完売であった。
「いやあ、今日はいつも以上に売れたなあ」
店じまいの支度をしながら、トルクがホクホク顔でそう言った。
「すげえなあ、キオネードってやつは。トルクっつったっけか? お前さん、中々に面白いものを考えたなあ」
「いやあ、俺じゃねえよ。作ったのも考案したのも、うちのキオ! コイツのお陰さ!」
話しかけてきた同業者に対し、トルクは誇らしげに胸を張る。
「うちの商品も置かせてくれて、ありがとよ。おかげで良く冷えたぜ」
「ああ、氷水は持ち歩くにはかさ張るからなあ。使わせてもらえて助かったぜ」
「本当にな。すげえ魔導具を持ってんなあ、アンタら」
それを見ていた周りの店主たちも、次々と声を掛けてくる。
「いやあ、お互い持ちつ持たれつってやつだ! 場所を空けてくれて、こっちこそありがとな!」
トルクは照れ笑いをしながら、彼らへと気さくに応じてゆく。
そう、店出しに出遅れても焦らなかった理由が、これだ。トルクは昨日のうちに、出店や屋台の店主たちと交渉をしていたのであった。
店の商品の一部を冷蔵保存するので、その代わりに場所の提供と確保を願い出る。
その目論見は、トルクの飾らない人柄もあって、見事に成功を果たしていた。
「どうするの、キオ? 売るものは無くなったけれど、引き上げる?」
「いや……」
キオはそこで、傍らに居るジュールを見た。
薬師見習の少年は、どこかキラキラとした眼差しを祠の方に向けている。
「せっかくだし、列に並んでみようか。選抜の基準とかも無いみたいだし、抜けるかどうか試してみようよ」
「いいんですか!?」
ぱああっとジュールの顔が輝く。
それを見たキオは、くすりと笑う。
ヒューズ達の影響もあり、彼が冒険者というものに対して、親しみと憧れを抱いている事は分かっていた。
「お祭りだしね。楽しまなきゃ」
「そうね、お祭りだものね」
この十年ほどで身に着いた、トスカナ魂がキオの中で静かに燃え上がる。
お祭りは正義。お祭りは楽しい。お祭りこそが娯楽の極み。それに同意するように、ジェニーもうんうんと頷いている。
「ヒューズや姉さんは、流石にここへ来てはいないですよね」
「距離があるしね。それに、彼らはこの聖剣祭の事を知らないんじゃないかな」
それは、ある種の確信であった。
実のところ、ここは『他国』に位置するのだ。
あの港町を含む一帯は、トスカナ村が属する国とは別。二つほど国境を跨いでいた。
熟練した冒険者の中には、魔導具や魔術などを駆使して移動距離を縮める方法を持つ者も少なくない。
であっても、ヒューズ達がこの島へたどり着くのは不可能に近いだろう。距離が遠く、時間が掛かり過ぎる。
それに、だ。そもそもからして、あるひとつの可能性についてキオは思い当たっていた。
「恐らくだけど、この祭りの存在は他国へは流れてないね」
「え? どういうことですか?」
「ジュール君は迷宮都市に居た時、聖剣祭について聞いたことがあったかな? どんな些細な事でもいいよ」
少年は目をぱちくりとさせたあと、ゆっくりと首を横に振った。
「だよね。それにボルトさんもそうだ。今回の頼まれごとをされたときも、この祭りについて一言も触れていなかったよね」
「あ……?」
虚を突かれたように、ジュールがハッとした。思いもよらなかった、という顔つきだ。
「……私も、聞いたことが無いわ。ヒューズも多分、知らされていないと思う」
「だよね、そうだよね」
ボルトがいくら口数が少なく、自分の内心を滅多に明かさないとはいえ、流石にこれは不自然だ。
妻の故郷で起こる五十年に一度の特別な祭儀。しかも命日と同じ日に、とくれば触れない方がおかしい。
「どういうことかしら? たまたま知らなかった――とは思えないし」
「ねえ、ジェニー。僕らはさ、この数日で色々な人たちから話を聞いたよね。で、それで気づいたんだけど……彼らはみんな同じ国の出身だった」
「それって、まさか」
そうだよ、とキオは頷く。
確かに、このモーストロへの海路はあの港町が直近だ。とすれば、あの国の住民たちが訪れる事自体は、疑問にはならない。
だが――その数が問題だ。伝説の聖剣を抜けるかどうか、なんてイベントは冒険者なら垂涎のはず。ましてや、冒険者同士の情報は協会を通じて支部へ速やかに通達される。それこそ、国を超えて。
だからこそ、この状況は不可解だった。
「情報が制限……いや、統制されてるのかもね、きっと」
憶測ではない。以前からキオは、この世界の在り方について違和感を覚えていた。
この島に渡り、あの姫巫女に出会ってから――それは明瞭な形となる。
(姫巫女が真なる『ヒト』であり、かつて『彼女等』がこの世界に数多と存在したとすれば……つじつまが合う)
あの浜辺で、彼女が発した言葉。それに従う人々。それを見た時に、キオは確信した。
「ねえ、ジュール君。例えばこの金貨だけどさ」
「え?」
キオは懐に虚数領域への入り口を作り、そこからコインを一枚取り出した。
「これ、金の含有量やそれによる価値の変動はあるにせよ、形状や彫り物はどれも一緒だよね」
「……っ!」
その言葉に、目を見開いたのはジェニーだった。
稲妻に撃たれたがごとく、彼女は金貨を凝視している。
「どんな国でもそれは変わらない。通貨が統一されている。そしてそのデザインも一切の変化が無い。新たな国王が即位した記念の時でも、新たに造幣したりもしない」
「えっと……?」
ジュールが首を傾げた。
「そんなの、当たり前じゃないですか。だって、国によってお金が違ったら、色々と面倒だと思いますけど」
「ジュール……」
ジェニーが自身の腕をさすりながら、薄気味悪そうな視線を彼へと向ける。
「こんな感じだね。僕たち以外は誰も疑問に思わないし、思おうともしない。どれほどの時が流れようとも、その発想自体が生まれないんだ」
恐らくは、遺伝子レベルでそれが抑制されている。魔術や神の奇跡が存在する世界であるから、魂にまで刻み込んでいるのかもしれない。
「この島での、聖剣祭という存在自体が……」
微かに、ジェニーの喉が鳴った。
「他国には漏れないように処置されているっていうの……?」
「恐らくね。そして、誰がそれを行っているのかも、まあなんとなくわかるよね」
ジェニーがそれに思い至らないのも無理は無い。彼女はトスカナ村から出る事は稀だ。
領主直下の街に出かけたりすることはあっても、他国へと訪れたのは今回が初めてなのである。
「だから、姫巫女様に会って話を聞きたいんだよね。人となりも詳しく知りたいし」
この島で過ごすうちに、キオの中でその思いは強くなる一方だった。
(何故なら恐らく、真人種族は……人間種族に対する絶対命令権を持っている)
もしも、生き残っている真人が他にも居たとして、彼らが悪しき考えを抱いたなら?
下手をすれば、世界を滅ぼすことだって不可能ではないのだ。
――ゆえに、見極めねばならない。
前へ、前へと流れてゆく人の波を眺めながら、キオはそう密やかに決意を固めるのであった。




