第59話 思わぬ再会
「うっは、これはすげえな……!?」
トルクが、感嘆としたような声を上げる。見渡す限りに溢れる人・人・人。まさしく大渋滞であった。
ジュールやジェニーも彼と同じ気持ちを抱いたようで、きょろきょろと周囲へ視線を飛ばしている。
今、キオ達が居るのはきっちりと整地された山道。その中腹だ。広がりのある空間の中に、人が雑多に詰め込まれている。
彼らの過半数は、革鎧やローブを身に着けた冒険者風の人々だ。聖剣がもし抜けたら、などと楽しげに談笑する者たちも少なくない。
その手には、串焼きや焼き菓子などが握られている。すでに出店があちらこちらに立ち並び、威勢の良い声が響いている。
「出遅れちゃったのかな……?」
少し不安そうなジュールの頭を、トルクががしがしと撫で回す。
「なあに、想定内さ。ちょっくら声を掛けてくらあ」
トルクが意気揚々と、出店が並ぶスペースへと歩いてゆこうとした――その時だった。
「……あ」
「……む」
ピタリ、と。トルクの足が止まる。その視線は、少し先に立つ鎧姿の男に向けられていた。
肉体年齢は二十七。短い茶色の髪と、精悍そうな顔立ち。頬には古い傷跡が斜めに走り、その目つきは鋭く――しかし、理知的な輝きを帯びていた。
彼は、広間に並ぶ列の外に居る。よく見れば、他にも同じように参列者たちの周囲には人影があった。
その誰もが、佇まいに一定の風格が見える。恐らくは、前にトルクが言っていた、祭りの警護をしている冒険者たちなのだろう。
そして、トルクと向かい合うようにして動きを止めたその男に、キオは見覚えがあった。
この数日、キオネードや焼き料理などを売りさばいているとき、その視線は離れた位置からこちらへ向けられていたのだ。
(……あの人は、やっぱり)
ひとつの確信を抱くキオの前で、トルクが気まずそうに目を反らした。
「……ゼノか。やっぱ、ここに来てたのかよ」
「ああ」
短く頷き、男――ゼノと呼ばれた彼は、トルクを見つめる。
「あいつらも……ああ、居るな。そりゃそうだよな」
「ああ」
返ってくる言葉は変わらない。揺るぎもしない。男はただ、凪いだ風のようにそこへ立つのみだ。
「……うわさに聞いた。上手くやっているようじゃねえか」
「っ!!」
ゼノの呟きに、トルクが劇的に反応する。
「へ、へへっ! そうだよ! 大成功だ! 仲間のおかげで、商いは連日大盛況だ! 見たか、ゼノ!」
トルクは偉そうに胸を張る。それが本意かどうかなど、センサーに頼らずとも良く分かる。トルクの頬は引きつり、背中がわなわなと震えていた。
「俺を追放したことを後悔させてやるって言ったろ!? 俺は、お前らが居なくてもぜんっぜん平気だからな! ホントだぞ!」
「……ああ、そうだな」
「ざまあみろってんだ! ミリアやリックたちにも言っておけよ! 俺は商人として大躍進中だってな! もう関わってくんじゃねえぞ!」
その言葉の裏にあるものを感じ取り、キオはジェニーと顔を見合わせる。
「……不器用なオジ様ね」
「だねえ」
その様子をオロオロと見ていたジュールも、キオ達の落ち着き払った様子を見て、何かを悟ったのだろう。口を挟むことも無く、トルクとゼノへ視線を向けている。
「じゃあな! せいぜい、頑張れよ!」
のっしのっしと大股で歩き去ろうとして――ふと、トルクは立ち止まる。
「……メシ、ちゃんと食ってんのか?」
振り向きもせず、背中越しにポツリと。その声が呟かれた。
「なんだ、お前。相変わらずの母ちゃん気質だな? 俺らの事よりてめえの事を考えろよ」
「う、うるせえっ! わかってるよ!!」
皮肉気に返すゼノの言葉はしかし、穏やかで安らいでいた。
その声音に宿るものに気付いたのだろう。トルクは身を震わせ、腕で顔を擦る仕草をした。
表情は見えない、分からない。それでもキオは、トルクの背中をじっと見守り続ける。
駆け出すトルクを、ゼノがそうして見送り――不意に、キオらへと視線を移す。
びくりと震えるジュールの肩を優しく叩き、キオは微笑んだ。
「……え」
呆然とジュールが呟く。ゼノが、頭を下げたのだ。キオ達三人に向けて、深く……深く。
「……大丈夫ですよ」
その後ろ髪を見つめながら、キオは声を掛ける。ハッとして顔を上げるゼノの前へと歩み出て、そうしてゆっくりと頷いて見せた。
「トルクさんは、大丈夫です」
返ってくる言葉は無い。ただ、握られたゼノの右拳が微かに震えているのが見えただけ。
――キオは、知っていた。
商売に勤しむトルクを見つめる、その視線の主たち。時には使いをやって、キオネードを購入して持ってこさせていた事も。
(……大事な、大事な仲間だったんですね、トルクさん)
そっと視線を巡らすと、こちらへチラチラと目を向ける冒険者たちの姿があった。
彼らが恐らく、ゼノと同じ『暁の刃』のメンバーなのだろう。
何人かは、出店の方に消えてゆくトルクへ心配そうな視線を送っている。
「……ああ」
フッと、ゼノが口元を緩めた。そうしてもう一度、頭を深々と下げて警備へと戻ってゆく。
その堂々とした足取りは、どこか迷いが晴れたようにも見えた。
「互いを大切に想っている人たちなのに、どうして……」
「大人ってね、見栄っ張りなのよ」
どこか、やりきれなさそうに呟くジュールの頭を、ジェニーが撫でる。
「どうしてか、大事なものを口に出すのが恥ずかしくなるの。簡単に言葉にすると、安っぽくなるって思うのかしら」
「……よく、わかりません」
「そうね。わからないわよね。今は、それでいいわ」
いつになく優しい声で、ジェニーがジュールの目元を拭う。
「まあ、素直になれないのを拗らせすぎると、あなたのお師匠様みたいになるから。程度の問題ね」
「……そうですね」
あの不愛想な薬師の事を思い出したのだろう。ジュールがくすりと笑って見せた。
仲睦まじい二人を見守りながら、キオは前を向く。
少しずつ、列が動き始めていた。
聖剣祭の本番は、その本命は――その名の通りに聖剣のお披露目だ。
誰もがそわそわと、熱に浮かされたような顔をしている。もしかして、ひょっとしたら。そんな期待に胸をときめかせているようだ。
キオのセンサーが、雑多な群衆の向こうにある祠を捉える。
その奥から感じられるのは、渦巻くような力の奔流。それに呼応するように、遠く海辺の方からも微かな鳴動が響く。
これから何が起こるのか。のんびり悠然と構えながらも、キオは警戒を怠らない。
「――みなさま、お待たせいたしました」
鈴の鳴るような声が響いたのは、その時であった。
一斉に、人々の視線が『そちら』へと集中する。
「これより、聖剣の儀を行わせて頂きます」
か細く小さな、しかし凜としたその声は、瞬く間に群衆の脳を揺らしてゆく。
ガヤガヤと煩かった広間が、しんと静まり返った。何処からか、虫の音だけがリンリンと響く。
「――今日という日を無事に迎えられたこと。それが、とてもうれしゅうございますわ」
姫巫女の柔和な笑みと共に、そうして祭りが始まる。
波乱に満ちた――聖剣祭が。
次回は8/17(月)に投稿いたします!




