第58話 トルクの述懐
――聖剣祭のその朝は、抜けるような青空と共に訪れた。
「よし、よおし……! 問題なく動くな。今日も頼むぜえ『冷蔵庫』ちゃん!」
トルクは自身の部屋にこもり、丹念に入念に魔導具の点検を行っていた。
もちろん、知識はさほども無い。見栄えがするように箱を磨き、汚れをふき取るだけ。
あとはただ、動作に異常が出ていないか、異音がしないかなどを確認して頷くのみである。
「精が出ますね、トルクさん」
そこへ、キオがひょっこりと顔を出す。この数日ですっかりと見慣れた顔の少年に、トルクは心からの笑顔を見せた。
「おうよ! なにせ、大切な商売道具だかんな! 手入れは大切だぜ!」
「ですねえ」
のんびりと頷きながら、キオが魔導具へと手を触れて、あちらこちらを撫でまわしてゆく。
理屈は分からないが、彼がこうするだけで細部の点検なども出来るらしい。不思議なものだと、トルクは思う。
「うん、大丈夫ですね。問題なく動いてますよ」
「やっぱりそっか! じゃあ今日もキオネードを売りまくれるな!」
その言葉に、トルクは大いに舞い上がる。なにせ、連日大好評の代物だ。キオネードはもう、この島中に広まり始めたといっても過言ではない。
あの気の強い少女もこの結果には大満足をしているようで『ゆくゆくは増産して村の名物に――いえ、大々的に売り出して、その名を世界中に広めて……ふふふ……くふふ……』などと黒い笑顔を見せていた。
「今日はなにせ、聖剣祭の当日ですものね。材料の仕入れも出来ましたし、数量も確保。質も申し分ないかと」
「へっへっへ、そうかあ! うっひょう、楽しみだなあ!」
「これも、この魔導具を手に入れて整備をしていた、トルクさんのお手柄ですねえ」
のんびりとしたキオの賞賛に、トルクはむず痒い気持ちとなってしまう。
――ある学者によれば、この世界の全ては魔力でかたち作られているのだという。
その力の大小はあれど、人間たちは誰しも生きているだけで無意識に魔力を行使している――らしい。
それを目に見える形で魔法として放ったり、身体能力を向上させるには特別なセンスと鍛錬が必要である。けれど、一部の魔導具はあらかじめ魔力を保存する機能があり、一定の動作によりそれを汲み上げて、効果を発揮させることが出来るのだ。
たとえば目の前の、この魔導具がそう。
「大金をはたいた、甲斐があったなあ」
愛おしそうに箱型の魔導具へほおずりする。まさかここまで役に立つとは、トルク自身も思わなかった。
『これ』との出会いは偶然。狙ったものではない。
ある魔導士がねぐらにしていた廃墟を探索中に、トルクたち『暁の刃』が入手したのである。
埃をかぶった倉庫らしき場所。その奥に、『これ』はあった。
仲間の一人が傍にあった文書を読み上げたところ、迷宮都市から流れてきたという魔導具であると判明。
しかもそれが、物質を冷蔵・冷凍保存出来るものと分かり、一行は色めきだった――のだが。
「その時点で既に故障していて、機能が発揮出来なかったんですよね?」
「そうなんだよ。売っ払おうかって意見も出たんだけど、なんかもったいなくてさあ」
それに、これがあれば食料や水を長期保存して遠くまで持ち歩けるのだ。
重量と大きさはそこそこあるが、工夫すれば携帯も不可能ではない。
仲間の中には、暑さが苦手な獣人もおり、彼のためにも冷えた飲食物を提供したいとトルクは考えてしまったのだ。
「あいつらを説得してさあ、そして自腹を切って知り合いの魔導技師に声を掛けたんだが」
「でも、期待したほどの結果にならなかったと」
「まあなあ。動きはしたし、少しは冷えたんだが……それだけでさあ」
そんなものでは、持ち運ぶにはかさ張るだけだ。大きな口を叩いた手前、仲間にも結果を言い出せず、そうこうしているうちに追放されてしまったのだ。
「一応、これも餞別にってもらったんだけどさ。手放さなくて良かったぜ」
「ですねえ」
相槌を打ち、キオはニコニコ笑う。
他意を全く感じさせない、ノンビリとした声。
その笑顔を見ているだけで、体から力が抜けていくようだ。
(……ほんと、不思議なやつだよなあ)
中肉中背・平凡な顔立ち。彼はどこからどう見ても、そこらに居るような村人だ。
だというのに、こうして魔導具の修繕やキオネードの調合も行い、果てには原材料すらも、どこからかあっさりと仕入れてきてしまう。
それでいて、全く偉ぶるところもなく、当たり前のように飄々としているのだ。
世間知らずなように見えて、妙なところだけ知識が深い。
トルクよりも年下のはずなのに、ふとした時には、ずっと年上のように思える事すらあった。
彼が何者なのか。それらを疑問に感じないのか、といえば否だ。
だが、それよりなにより、トルクには大切な事があった。
(――キオは、いいやつだ)
それは間違いない。それだけは間違いないのだ。
だったら、その他の事など……どうでもいいではないか。
返せないほどの恩もあるし、そのうえでトルクは純粋にキオに好意を抱いていた。
(俺は、キオが好きだ。ジュールやジェニーが好きだ。だったら、それでいいじゃねえか)
パタパタと、扉の向こうで足音がする。キオを追いかけて、ジェニーたちがやってきたのだろう。
耳に響くその音が、何故かとても胸を弾ませる。
――今日はきっと、素晴らしい日になる。
その確証を胸に抱き、トルクは勢いよく扉を開いた。




