表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
59/66

第57話 氷室にて



 ――静謐が、その空間を包み込んでいた。


 ぽっかりと開けた祠の奥、広々とした空間に『姫巫女』は凜と座す。吹き付ける風は冷たく、肌が凍てつきそうなほどに寒々しい。白無垢へと浸透してゆく『それ』を感じながら、ケーレは瞼を開けた。

 

 四方を囲む氷の壁が視界に映る。座した膝から沁み込む冷気をしかし、ケーレは気にも留めない。



「――いよいよ、明日だな」


 その声は、背後から聞こえた。

 どこか諦念にも似た、それは哀切を帯びた声。

 

 ケーレは微かに吐息を吐き出す。後ろから現れた人物が誰かなど、考えるまでも無い。


 ――ここへは近づけぬようにと、皆には言い含めておいたのに。

 

 ケーレは氷の地面に両手を添え、くるりと反転して『彼女』へと向き合った。

 

「大婆様、ここへ来てはなりませんよ。お体に障りましょう」

「ふん、老人扱いするでないわ」


 老森人エルフ――エジンが眉を上げ、大股気味に歩み寄ってくる。

 

「はしたのうございますよ」

「お前も、言うようになったの」


 純白の長袖に身を包んだエジンは、ケーレの目の前まで足を進め――そうして、ピタリと立ち止まった。

 

「……覚悟は、出来ておるか」

「はい、しかと」


 ケーレは微かに目を細めた。

 自分を見下ろしているはずの老女の姿が、どうしてかひどく小さく思えてしまったからだ。

 

「大婆様、お嘆きになられることは何もございませんよ」


 ケーレは膝立ちになり、皺が寄った頬をゆっくりと、ゆっくりと。労わるように撫でた。

 

「お母様も、そして祖母も。皆、このお役目を務めておりました」


 そうして、ニコリと微笑む。

 

「私の番が来た。それだけの事でありますゆえ」

「……お前の母と、同じ言葉を吐くのだな」

「まあ、嬉しゅうございますわ」


 震える頬を、ケーレは優しくなぞった。

 かつて、子供だった頃。彼女のそれへ顔を擦り付け、きゃあきゃあとはしゃいでいたのを思いだす。

 

(――あれからもう、百年近くが経ちましたのね)

  

 早いのか、それとも遅いのか。短命の種族とも異なるケーレには、判断が付かない。

 

「心配なのは、ただひとつだけ。お相手が、きちんと見つかるかどうか……」


 ケーレの懸念はそれであった。五十年前は、駄目だった。ゆえに『予定』に狂いが生じてしまっている。

 本来なら、ケーレは既に子を産み育てていなければならなかったのに。

 

「……四百年ほど前にも、一度あった。それに儂も母から聞いたが、更に五百年近く前にも、な」

「ええ、存じております」

「案ずるな、そんな事は二度と巡らん。いつも、いつもそうであった」


 そう言いながらも、老エルフの口調には疲労が色濃く滲んでいる。

 その胸中に渦まくものを、少しでも晴らしたい。そう思い、ケーレは両腕を伸ばすも――するりと避けられてしまう。

 

「たわけが、お前のような小娘に慰められとうないわ」

「大婆様……」

「体を労わるのはお前の方こそだ。『本祭』には万全の態勢で臨まねばならん」


 その言葉を口にした途端、エジンの表情が強張る。

 老婆は目を伏せ、拳を微かに震わせた。その姿が、ケーレの目にはなんとも痛々しく映り込む。

 

「……不確定な要素がある。この間、話した来訪者の事を覚えておるか?」

「はい。アンの縁者であるとか」

「うむ。そう名乗っておったな。少女の方はともかく、少年の方は――得体が知れぬ」


 エジンの言葉に、ケーレも頷く。

 彼女の古代魔術をあっさりと跳ね除けたという、その少年。いったい、何者なのか。

 この島に害を及ぼす事は無いと、そう告げていたそうだが――

 

「……外見に、覚えがございます。大婆様がお会いになったという日の、まさにその夕刻。そのお二人を含む四人連れが、浜辺の方におりました」


 その中の一人、最も年齢が上であろう男性を脳裏に浮かべる。彼が顔を真っ赤にしてすっころび、ケーレが手を差し伸べた事も記憶に新しい。

 

「……何をおかしそうに笑っておるのだ?」

「いえ、少し思いだしてしまいまして。悪い方々のようには見受けられませんでしたが」

「さて、な。儂もそう思いたいがな」


 エジンはまた、重々しくため息を吐きだした。


「明日の夜な、儂はもう一度そやつらと会おうと思う」

「……はい」

「これがどんな運命を招くか、分からん。分からんが、せめて……」


 その先は、言葉にならなかった。

 エジンは首を振り、そうしてケーレに背を向ける。


「そういえば、ケーレ。お前はなぜ、あの日に浜辺へ向かった?」

「え?」


 そのまま去るかと思いきや、彼女は予想だにしない言葉を紡ぐ。

 

「珍しい事だ。お前は里の人間にも、なかなか姿を見せたがらないというのに」

「いえ、それは……」


 それは……なぜ、だろうか。

 

「……祭りに訪れた方々へ、ご挨拶を申し上げたくて。もしかしたら、その中に……」

「そう、か? まあ良い、母を偲ぶのもほどほどにせい。明日に障らん程度に、戻るのだぞ」


 ケーレが頷く気配を察したか、今度こそエジンは歩き出す。

 

 そうして、その姿が消える直前――彼女が何かを呟いた。氷の壁に反響するようにして、それはケーレの耳に届く。

 

「……アン」


 その名を、ケーレも舌に載せた。

 

 

『――ケーレ様! ほら、今日はご馳走ですよ! こんなに立派なお魚が!』



 耳の奥でうねる様に、懐かしい声が反響する。

 

「……ふふ」


 笑みを一つ零すと、ケーレはすくりと立ち上がった。

 そうして、懐から『それ』を取り出す。

 それは、ささくれの一つも無い真っ白な木の枝。かつて、自分の傍仕えだった――アンから渡されたもの。

 

 

『――ケーレ様! これ、いい出来ですよねっ!? 見てください、この形状! 大したものでしょ!?』



 枝を手に、ケーレは舞う。

 静かに、ゆるやかに。白無垢の裾を翻し、ふわりふわりと体を揺らす。

 

 

『――ケーレ様、今日。里の女の子たちが、熱心に話しているのを聞いちゃいました! え、どんな話題かって? それは……』



 元気が良く、騒がしい娘だった。

 まるで太陽のように明るくて、そこに居るだけで皆を笑わせてくれた人だった。

 

 


『――は……ってしたことがありますか……?』


 

 再び、笑みが零れる。そんなものは無い。あるわけが無い。恐らくは歴代の姫巫女たちの誰もが、得る事の無かったもの。得る必要の無い感情。

 

「母様、間もなくです。私も必ずや、お役目を果たします」


 声が上ずる。足をくるりと回転させながら、アンの笑顔を振り切るように、亡き母親を想う。


 ――そうせねば、溢れてしまいそうだった。


 懐かしい、本当に懐かしい名前を聞いたから、だろうか。

 

 だからこんなにも……胸が締め付けられるのだろうか。

 

 

『――ケーレ様は……恋って、したことがありますか?』



 今は亡き友人の笑顔を心に閉じ込めて、ケーレは静かに舞い続けた。



次回は8/11(火)に投稿します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ