第56話 楽しい宴会
今週・来週は多忙のため、火曜日・木曜日の週2更新となります……!
8/17(月)からまた週3回更新に戻りますので、よろしくお願いいたします!
「いやーはっはっは! 大勝利だなっ!」
酒場に響く、高らかな笑い声。
トルクが陶器製の器を掲げ、嬉しそうに振り回す。
ちゃぷちゃぷと中身が跳ね、無精ひげを濡らしてゆくも、彼は全く気にしていない。
「今日は、パーっとやろう! パーッと! おーい! 酒も料理もじゃんじゃん持ってきてくれよ!」
椅子に背を持たれ掛かるようにして、トルクが店主へ声を張り上げた。
簡素な白い壁へとその声が反響し、周囲の視線がこちらへと集まってゆく。
「キオネードのおっさん、ずいぶんと調子が良さそうだなあ」
「まあ、あの炭酸水と焼き物の組み合わせは、病みつきになりそうだったしな」
「明日も、なんか売るのかねえ……」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
キオ達がこの島に来てから、あっという間に数日が過ぎた。皆の努力もあり、トルクの『商売』は連日好評。キオネードも飛ぶように売れたこともあり、中々の注目を呼び集めているようであった。
「うまい酒にうまい飯! 最高だな!! これもジュールやジェニー、そしてなによりキオのお陰だあっ!」
トルクが隣に座るキオの肩を抱き寄せ、喜色満面でほおずりする。
「器具や魔導具の手入れにもろもろの知識、どうやったか分からねえが、炭酸の生成まで! お前はほんっとうにすげえよ! 愛してるぜ!!」
そのままキスせんばかりの興奮具合に、ジェニーの頬がぴくりと引きつった。
「お酒臭い口を、キオに近づけないでください。汚らわしい」
「ちょっ!? 汚物扱いかよ!?」
キオをあっさりと引きはがし、少女は氷点下の眼差しでトルクを一瞥する。
「いえ、それは汚物に失礼かと。謝罪と訂正を求めます」
「汚物に対してっ!? おま、日に日に口が悪くなってねえか!?」
ギャアギャアと言い合うも、そんな二人の声に毒気はない。むしろ、どちらもそのやり取りを楽しんでいるようにさえ思えた。
「仲が良いですね」
そう苦笑するのはジュールだ。初めはそんな二人の間でオロオロするばかりであったが、ここ数日の間にすっかりと慣れたらしい。
こうやって少年は大人になるのかと、キオはうんうんと頷く。
「それにしても、本当に成功しちゃいましたね……」
「そうだねえ。売り上げも当初の目標額を上回ったし。トルクさんが喜ぶのも無理ないね」
そう言って、キオは眼前の二人へと視線を戻す。
彼らは円形のテーブルで隣り合わせに座り、ガツガツガツと料理を食べつくしてゆく。
あそこからなにをどうやって話が展開したのか、言い合いの末にフードファイトへと移行してしまったようだ。
「うわあ……」
感嘆とも呆れともつかぬ声を上げ、ジュールがジェニーたちを見比べる。
どちらも引かぬ、一進一退。二人のその目は餓狼の如く輝いていた。
「健啖っていい事だよね」
「そういう問題なんでしょうか……?」
「うん。見ていて気持ち良いし。あ、二人同時に次の皿に手を添えたね」
息もつかせぬデッドヒート。荒っぽく料理を貪るトルクに対し、ジェニーはあくまで上品さを崩さない。静かに奇麗に平らげてゆく。
見栄えの点では彼女の圧勝だ。しかし、お酒を飲み干す豪快さがトルクにはある。ごきゅごきゅと一気に喉を潤していく様は、中々にポイントが高い。
「あの、なんの評価なんですかそれ」
「いや、なんとなく」
審査員キオの偏見と独断による寸評を聞いて、ジュールがため息を吐いた。
「キオさんって、その……色々と感性が独特ですよね?」
「うん、ありがとう」
それを純粋な賞賛と受け取る。素直な所がこの少年の美徳だとキオは思う。頭を撫でてあげたい。
「わ、もう! みんな、ボクを撫ですぎです!」
そう言いながらも、彼の口元は緩んでいる。嫌よ嫌よも好きのうち、というあれであろう。
「にしても、トルクさんは凄いですよね。すぐに人と仲良くなるし、売り方も上手いし!」
これまでの『商売』を思い浮かべたか、ジュールが興奮気味に身を乗り出した。
「やっぱり、あの。冒険者よりもそっちに適性が、その」
「それはどうかなあ」
「え?」
未だに激闘を繰り広げるトルクたちを見ながら、キオは微笑んだ。
「トルクさんはね、商いを持ちかけたり交渉したりするとき、いつも不安がってるよ」
「まさか……」
ギョッとして、ジュールはトルクに視線を移す。フォークやナイフを乱舞させるその姿には、繊細さの欠片も見当たらない。
「失敗しないか、僕たちに迷惑を掛けないか。そればかりを心配してるんだろうね」
思考を読むまでも無い。彼の体から響く心音に、密かな発汗。それらのバイオリズムを測れば、自ずと答えは出るものだ。
「彼のそれは、決して才能だけじゃない。努力だよ。きっとさ、これまでもずっとそうしてきたんだろうね」
だからこそ、分かる。分かり過ぎるくらいに理解できる。
トルクが元居た冒険者パーティー。彼らが何故追放を決意したか。
(……同じ立場なら、僕もその決断をするかもね。トルクさんは優しすぎる)
船上で、海竜のブレスからジェニーとジュールを真っ先に庇った事もそう。
腰は引け、今にもへたり込みそうになり、涙と鼻水をまき散らしてなお――彼は、自分の身よりも二人を守ろうとした。
会って間もない、まだ友人ともいえないような二人を、である。
(それは、あまりに危う過ぎるね)
現在、あちらこちらで起きつつある事変。魔素が濃くなる地域が増え、魔物もそれに呼応するように現れ始めている。
そんな時、冒険の最中に危機が迫ったら? パーティーの誰かが窮地に陥ったら?
恐らく、彼は――その身を投げ出して、仲間たちの盾になろうとするだろう。
怖い怖いと泣きながら、それでも恐怖に震える体に鞭打って、魔物たちの前に飛び出すはずだ。
いや、もしかしたらこれまでにも何度か、そういった場面があったのかもしれない。
死なせたくないのだ、トルクが自分たちを庇って無残に散るところを見たくないのだ。
だから、彼らは苦渋の末にその決断を下した。
優しい彼に、大事な仲間に。生きて幸福を掴んで欲しかったから。
「トルクさんはきっとね、誰かの為に勇気を振り絞れる人なんだよ」
「……はい」
ジュールも、思う所があったのだろう。真剣な目でトルクを見つめ、ゆっくりと頷いた。
(……ああ、楽しいな)
ジェニーにジュールにトルク。三者三様の食事風景を眺めながら、キオはそう思う。心から実感する。
こんなにも賑やかで、嬉しい日々が訪れるなんて。あの頃は思いもしなかった。
ジェニーも新たな友人と楽し気に会話し、はしゃいでいる。その口許が緩み、笑みを浮かべている。それはこの世界において人の縁に恵まれた、何よりの証拠であった。
(……だからこそ、壊したくない)
キオは密かに、そう決意を固める。
聖剣祭は翌日に迫っている。奉納品である伝説の聖剣が衆目に晒される日は、もうまもなくだ。
そして、それが近づくにつれて――この島を取り巻く異様な気配もまた、色濃くなりつつある。
キオが、そっと視線を巡らせ店の壁に――その向こうにある、夜の浜辺へ意識を集中する。
(――居る、ね。嘆いている、泣いている……)
あの、陽炎の如く揺らめく意識体たち。彼女らは苦悶に身を震わせ、ひたすらに啜り泣くばかりだ。
そして、それと連動するように、鼓動が響く。まるで、彼女たちの嘆きを味わうがごとく、低く緩やかな律動が続いている。
遥か深海の底。特殊な力場に囲われた領域に――超常的な『何か』が居る。この地に災いを招くであろう、『何か』が。
(手を出せないのが、少しもどかしいね)
下手な干渉は破滅を呼ぶ。迷宮都市の時と同様だ。キオがその気になれば封印を破り、中に居るであろう『それ』と対峙し消滅させる事は容易い。
だが、出来ない。キオの力は強大、なんてレベルではないのだ。この島を取り巻く事情と、封印の経緯と実態。それを知らぬままに振るえば、その影響が及ぶのは島だけに限らない。この星そのものが消し飛ぶことさえあり得るのだ。
(焦らない。驕らない。情報を集めて、すべきことを成す)
冷静に物事を測れることに安堵する。兵器である自分が、こういう時だけは有難いとキオは思うのだ。
この数日、商売を手伝う中、集まった人々から色々と話を聞き出せた。それらを加味し、順序立て――ひたすらに組み立ててゆく。
「うおっぷ……! お、お前は底なしかよ……」
「淑女の胃は無敵なのですわ」
「淑女ってすごい……」
三人の楽しそうな会話が、今もまだ聞こえてくる。
恐らく、この光景を人は幸福と呼ぶのだろう。
人ならざる最終兵器はしかし、大切な仲間たちの笑顔を前に、ただ嬉しそうに頷くのだった。




